自民党の高市政調会長が佐渡金山の世界文化遺産の推薦を巡って、韓国の反発を気にしていてはいけない、「日本国の名誉に関わる問題」と述べたのは、記憶に新しいところだ。岸田総理は推薦決定の判断を下した。
登録されようが、されまいが、佐渡金山の歴史的価値が変わるわけでもないと思うが、ユネスコがちゃんと判定を下せばいいだけだ。
一連の報道では、「日本国の名誉に関わる問題」という安倍や高市らの反発が前面に出ていた。背景に韓国人にとっては強制労働の場所という問題があるわけだが、僕が気になっていたのは、そういう「日本国の名誉に関わる問題」とみなしてしまう日本の政治的無意識である。僕が想起したのは、聖徳太子の有名な言葉であった。
ちょっと振り返らせてもらう。時のヤマトの権力者厩戸皇子(聖徳太子)は遣隋使に国書を持参させ、当時の中国の隋の皇帝煬帝に贈った。その文面が有名である。
「日出る処の天子、書を、日没する処の天子に致す。恙なきや。」
隋の煬帝は当時の日本を「東夷」程度に見ていた。中国は「中華」、日本は「東夷」である。日本の中でも、同じような見方があり、蝦夷や熊襲は「東夷」。日本はまだまだ未開の地のようなもので、下に見られていた。その「東夷」が「天子」と称するわけだから、「皇帝」と並び称するという程度の意味をもつため、煬帝は激怒したという。
それから少し時が経ち、推古天皇は言葉を選んで次のように送っている。
「東の天皇、謹みて西の皇帝に白す」
この時点で天皇という言葉ができていたのかどうかには歴史学的には疑問があるようだが、当時のヤマト朝廷は「倭」と言われないようにしようとしながらも、中国の下にあるという態度を示した。この時点で中国と朝貢関係を維持しようとしたのである。
このような流れから見えるのは、日本はイキってしまうという国の特色を持つのではないかと思うのだ。厩戸皇子(聖徳太子)は気負ってしまったのだと歴史学者の網野善彦は指摘していたように記憶している。
このように日本は他国に対して気負って見せて、「日本国の名誉」を主張しようとする政治的無意識を有するのではないか。加えて、強国にはサッと態度を変えて、隋に向けた虚勢を転じてしてしまうような従順というこれまた政治的無意識を併せ持つのではないか。
現在の日本の権力の中枢自民党保守派は虚勢と従順を相手国で使い分けているように思うのは、僕だけだろうか。
今回の佐渡金山の報道の経緯から、同様の構造を見出し、勝手なブログなので、勝手に解釈させてもらった。