MY LIFE AS A DOG

ワイングラスの向こうに人生が見える

ダニエル・シュミット

2006年09月21日 14時00分59秒 | 映画

スイスの映画監督ダニエル・シュミットが喉頭がんのため死去したというニュースをネットで知りました。

ダニエル・シュミットの映画にはちょっとした思い出があります。大した話ではありませんが少し書くことにします。

かつて、ダニエル・シュミットの代表作の一つ「ヘカテ」を観た時、僕の評価はそれほど芳しいものではありませんでした。もちろん、悪い映画だとは思いませんでしたが、手放しで褒めちぎる気にもなれませんでした。手っ取り早く言うと「可もなく不可もない」映画だと感じたわけです。

しかしその後、敬愛する映画批評家(本人はそう呼ばれることを好まないようですが)、蓮實重彦氏の書いた短い評論を読み、自分の認識が甘かったことに気付きました。

蓮實氏は「映画『ヘカテ』を理解し得ない者は映画的教養がない」と言い切っていました。

彼はこう書いていました。一部抜粋します。

「時代物の高級車が止まる一流ホテルの玄関を俯瞰する夜のショットの美しさ。まるでハリウッド映画のセットを思わせるその夜景に興奮し得ない者に、このダニエル・シュミットの新作は理解し得まい。(中略)映画「ヘカテ」は、それを見るものに教養を要求している。しかし、教養とは知識ではない。ひたすら画面を見ることに徹しうる教養が必要とされるのだ。たとえば、謎の女ヘカテが初めて登場する瞬間の、テラスで彼女の髪が風に揺れる場面に感動しうる教養が要求される。そのとき流れていた音楽に無防備に自分をあずけうる教養。領事館に出入りする女秘書や同僚の言動に、それが映画にほかならぬが故に共感しうる教養。そして、彼女が世に言う美女であるか否かとは無関係に、謎の女ヘカテを演ずるローレン・ハットンの表層的な美しさに息をのみうる教養。ここで人は、ハリウッド流のメークアップもなく、髪型の統一もないままに、どうして彼女がこれほどまでにアメリカ映画的な美しい存在たりうるかに感動しなければならない。(中略)後半、画面がいきなりモノクロームに変わる旅のシーンに心を奪われる教養。船の階段を下りてくる彼(ヘカテの恋人の男性)の足どりに涙しうるのは教養以外の何ものでもあるまい。」

早い話、蓮實氏は「『ヘカテ』を理解できない者は愚か者だ」と言っているわけです。

これを読んだときは、少なからず落ち込みました。もちろん、彼のいうところの「教養」のなさに恥じ入ったということもあります。しかし、今ひとつは、蓮實氏が指摘した、(教養を必要とする)シーンのいずれもが、事実、とてつもなく映画的美しさに満ちたものであって、それらに素直に感動しうる教養を身につけるためには、おそらくその先何百本、いや何千本もの映画的記憶の蓄積が必要になるに違いないことを即座に直感したからでもありました。

以来、『ヘカテ』のローレン・ハットンの美しさに息を呑みうる瞬間が訪れることを心待ちにしつつ映画を見るようになりました。

ダニエル・シュミット。享年64歳。

おわり。

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3 コメント

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ヘカテ (latifa)
2006-10-19 14:21:43
こんにちは、ヘカテをご覧になられている方いらっしゃるだろうか・・と、検索してこちらに辿り着きました。

蓮見さんが、そんなにヘカテを褒めていたなんて、初めて知りました。

実は私はヘカテはお気に入りの映画なのですが、自分は頭が悪いもんで、難しいことは、さっぱりわからんので、、、

こちらで、ヘカテの良さ?を具体的に文章で読むことが出来て、へ~なるほど・・・と、勉強になりました。



こちらのブログ名になっている「MY LIFE AS A DOG」という映画も、かなり好きな映画でしたし、ふと左を見てみたら、これまたマイベスト3映画である「みつばちのささやき」が・・・。そんなこんなで、コメント残したくなってしまいました^^  
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蓮實でした(^^;) (latifa)
2006-10-19 14:22:43
すいません、上でミスってしまいました。蓮實サンの間違いでした。
返信する
lafinaさん (kazu-n)
2006-10-19 15:22:14
こんな人知れず細々とやっているブログを見つけていただいてありがとうございます。



ヘカテのあの雰囲気。いいですよねー。結局のところ蓮實御大がおっしゃっていたのもあの雰囲気のことなんだと思います。

せっかくlafinaさんからコメントもらったので、僕も今度もう一回見直してみることにします。



それからlafinaさんがブログに書かれているように「ラ・パロマ」。あれを観たときはぶっ飛びました。レナート・ベルタのキャメラがいいんですよね(多分ヘカテもそうだと思いますが)。



しかし、個人的にはなんといっても「トスカの接吻」。あれは本当に素晴らしかった。



ちなみに、今度ダニエルシュミット追悼上映会が開催されるようです。以下に情報をのっけときます。





10月21日(土)アテネ・フランセ文化センター



 ダニエル・シュミット追悼上映

 17:00〜 蓮實重彦氏による講演

 18:00〜 上映『人生の幻影』(1983)



お問い合わせ:アテネ・フランセ文化センター TEL:03-3291-4339

公式サイト:http://www.athenee.net/culturalcenter/



http://flowerwild.net/2006/10/post_7.php



ということで、また遊びに来てください。
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