goo blog サービス終了のお知らせ 

おおたまの「内モンゴル、時々北京的生活雑記」

おおたまが内モンゴルと北京を行ったり来たりする中で見たこと、聞いたこと体感したこと等を、徒然なるままに記す雑記です。

司馬遼太郎「草原の記」

2012-02-21 22:34:00 | 本(中国・モンゴル)
今日の棋盤井は晴れ。
朝方の気温は-11℃、日中の気温はナンと+9℃迄上昇。
う~ん、コレはココ棋盤井にも本格的な春が訪れつつある、っちゅうコトでありますなぁ。
今日は南風が吹いて、日中はホントに暖かかった。
ダウンじゃ暑い位でした。さて、

司馬遼太郎大先生の「草原の記」であります。


超有名な司馬さんのコトなので、皆さんはご存知だと思いますが、このお方は大阪外国語大学でモンゴル語を専攻されていたのであります。

空想につきあっていただきたい。
モンゴル高原が、天にちかいということについてである。


と言う出だしから始まるこの物語は(流石に、ツカミはバッチリです)、司馬さん自身のモンゴルに対する個人的な強い思い入れ、憧憬から書かれている部分と、第二次大戦当時、自身が兵役で当時の満州国四平と言うトコロで軍事訓練を受け、後に東満州の石頭と言うトコロに駐屯していた久留米戦車第一連隊に赴任していた時の部分、1973年(当時司馬さん50歳)とその17年後の1990年(当時67歳、亡くなる6年前)の二度、憧れのモンゴル高原(外モンゴル)を訪れた際に接待係として案内してくれた「ツェベクマさん」(当時、名門のウランバートル・ホテルに渉外係として勤務)と言う一人の女性の数奇な運命を辿った人生のコトを中心に書かれている部分から成っています。
流石に偉大なる歴史小説家のセンセイでいらっしゃいますので、その様々な場面でモンゴルの歴史、出来事、エピソードが散りばめられており(特に、寡欲で実にモンゴル的なオゴタイ・ハーンのおハナシは誠にオモシロい!)、非常に読み易く、ナニやらご本人に語り掛けられているかの如く感じる読み物であります。
ヒトに拠っては、この作品を叙情詩と迄言う人もいるほどであります。

この物語の中心人物であるツェベクマさんの人生は非常に数奇でありまして、元々はロシア領のブリヤート共和国に生まれ、幼くしてロシア革命の争乱を避ける為に避難したと思われる当時の満州国ハイラル近辺にあるソロン旗と言うトコロで青春を過ごし、結婚・一児を儲けた後にフフホト文化大革命の荒波に揉まれ、最後は中国から子供だけを連れて逃亡し、一旦ブリヤートの親戚を頼むものの最終的には当時のモンゴル人民共和国に落ち着くと言う、モンゴル高原の中での4つの草原を転々とし、歴史と各国の政権交代等に翻弄された壮絶で、そして波乱万丈の人生だったのであります。

先に触れた、このモンゴル人を代表する寡欲な大ハーンでもあるオゴタイ・ハーンが、どこ迄ホントに言ったのかは良く分からないけれども、司馬さんはオゴタイの言として、以下を紹介しています。
ナニやら随分と哲学者めいた無常観を語っていますが、真実を語っているようにも思います。

財宝がなんであろう。金銭がなんであるか。この世にあるものはすべて過ぎゆく
永遠なるものとはなにか、それは人間の記憶である
なぜあなたは財産をたくわえているのです。人間はよく生き、よく死なねばならぬ。それだけが肝要で、他は何の価値もない。あなたは、財産が人間を死から守ってくれるとおおもいになっているのか

そして、この物語の主役のツェベクマさんは、歴史に翻弄され乍ら辿り着いた4番目の草原ウランバートルの地で、中国からモンゴルに「北帰」(?)し、26年振りに再会を果たした旦那さんを自らの腕の中で看取り、最後は郊外の草原に戻ってゲルで牛二頭と共に暮らしたと書かれています。
まるでオゴタイ・ハーンの言うモンゴル人の寡欲さを体現したような生き様であり、物欲のカタマリである日本人や中国人にはとても真似出来る生き方ではないのかも知れません。
司馬さんの願いを聞き入れてツェベクマさんが彼女の半生を語った後に、司馬さんが彼女に対して「ツェベクマさんの人生は、大きいですね」と言うと、彼女は「私のは、希望だけの人生です」と切りかえすように答えたのだそうです。

そして最後に、司馬さんが懇請して掲載されたと言われる、劇作家の山崎正和氏による毎日新聞の書評では、以下のように分析・解説されています。

政治には裏切られつづけ、故郷も夫も奪われ、終生、不遇に甘んじながら、草原の天幕にもどった彼女はしたたかに明るい。彼女に苦痛はあっても絶望感がないのは、人間の歴史の真の支配者にありえず、この世にあるものはすべて過ぎゆくと、彼女の体内の血が教えているからにちがいない。

いうまでもなく、モンゴルは著者にとって年来のこころのふるさとである。それに満腔の感情移入を示して書かれたこの本は、著者のもっとも底深い歴史観を洩らしている、と見ることができる。平安朝から明治にわたって、日本の歴史を作りそのなかに生きる人間像を描きつづけた著者は、かつて、必死に生きる男を高所から俯瞰する感覚が好きだ、と述べたことがある。この言葉の真意が、けっして人間を小さく見る傲慢にあるのではなく、むしろ歴史そのものへの無常観、苦い諦念にあったことを『草原の記』ははしなくも告白しているように思われる。

モンゴルの悲しい歴史、モンゴル人の思想・生き方、そして司馬遼太郎と言う人物及びその歴史観を知るには、大変良い本であると思います。
是非一度、読んでみて下さい(字も大きいし、ページ数も少なく、且つ平易な文章で分かり易く書かれておりますので、非常に読み易い本でありますよ)。

因みに、この書の中で度々登場する鯉渕信一教授と言うお方は、司馬さんと同じ大阪外国語大学モンゴル語学科出身で、開高健「オーパ、オーパ!!」(モンゴル編)にも登場する鯉渕教授なのであります。
色んなトコロで繋がっていたんですねぇ。
また、この主人公であるツェベクマさんは「星の草原に帰らん」と言う本も出されていたのですね(鯉渕さんの日訳?)。
こりゃ、買わなきゃ。

おススメっ!



楊海英「続 墓標なき草原」

2011-11-08 22:17:00 | 本(中国・モンゴル)
今日の棋盤井は晴れ。
朝方の気温は-2℃、日中の気温は昨日よりは上昇し+7℃迄となりました。
段々と最高気温が一桁台に定着しつつあります。
今日は風邪を引いて半日寝込んでいました。
喉に炎症があったようで、発熱あり、気だるい一日でした。
風邪引いて寝込むなんて、相当に久し振りで、記録を繰ってみても(Diet Noteを見ても)3年半振りでしたかな。
いやいや、気が緩んどる。自己管理がなってない。気を引き締めねば。さて、

以前ココで楊海英さんの「墓標なき草原」((上)(下))をご紹介したコトがあります。
その後、この本は2010年12月に第14回司馬遼太郎賞を受賞され、楊海英さんの約20年に亘る日本でのご活躍が正当に評価されたのだと思います。

そして、その「墓標なき草原」から約2年。
その著作は様々な方面の日本人、取り分け作家の藤原作弥(このヒト、何故か元日銀理事でしたね)先生(このお方は幼少の砌、満州の内モンゴル北部に住んでいた)や、多くの新聞社や雑誌、そして多くの学生らに読まれ、評され、研究をされて、著者の目的でもあったと思われる、内モンゴルに於ける戦争時代の日本の影響、悲しい歴史、悲惨な現状等をある程度の日本の人々に知らしめるコトが出来たのだと思います。

そして、本年8月末。
更なる調査、インタビュー等を経て、完成したのがこの「続 墓標なき草原」であります。


この中で語られている内容については、多くを語れないし(このお国に於いては発禁的な内容ですからなぁ)、先にご紹介の「墓標なき草原(上・下)」の延長線上にあるおハナシなので、その詳細を語りますまい。
でも、大半を占めるメジャーな民族に支配される少数民族の悲哀、悲惨さ、凄惨さは、もう悲しい位に、読み続けるコトが出来ない位に伝わってきます。
嘗てユーラシア大陸の大半を支配し、世界の2/3を占めていたとも言われる誇り高き草原の民の国、モンゴル帝国の末裔達が、清朝中華民国・日本統治下の満州国を経て、列強たちの勝手な(?)取り決めであるヤルタ協定によって中華人民共和国に組み入れられ、分断された後に、メジャーを占める民族によるアノ手コノ手、半ば騙しのような政策、奸智やら狡計などにより、牙を抜かれ、虐げられ、為す術もなく奴隷へと成り下がらざるを得なかった悲しい歴史。
嗚呼…。

今回の「続」編に於いては、それだけに止まらず、現在進行中の「西部大開発」、少数民族に与える影響、恩恵の無さ、経済による少数民族支配の現実なども含め、延いては文化的ジェノサイドについて、少数民族の視点から見事に描かれているのであります。

翻って我が身。
彼らの故郷でもある内モンゴルの土漠地域(と言っても、元は豊かな草原地域)に於いて、そのメジャー民族と一緒になって草原を掘り返し、西部大開発の波に乗って利益を貪る会社に身を託し、ソコから生活の糧を得ているこの生活。
斯かる事実、実態を知ってしまった以上、非常に複雑な心境なのであります。

そんな自分に出来るコトはと言えば、こう言う事実があるコトを一人でも多くの方々に知って貰うコト、ぐらいなのでしょうか。
中国ビジネスに関係する人、内モンゴルやモンゴルに縁のあるヒト、日本の近現代史や中国の少数民族政策などに興味のあるお方、是非一度読んでみて下さい。
特に、中国や内モンゴルでビジネスに係るヒトは必読の書であります。



加藤嘉一「中国人は本当にそんなに日本人が嫌いなのか」

2011-05-31 22:42:00 | 本(中国・モンゴル)
今日の棋盤井は晴れ。
朝方の気温は+11℃、日中は+23℃迄上昇。
午後からは風が吹きまたまた黄砂を巻き上げておりましたが、全体としては比較的穏やかな一日でありましたな(もうそろそろ黄砂の季節も終わる筈なんですけどねぇ)。さて、

先月初旬から下旬に掛けて棋盤井に長期出張されていたMTさんから教えて戴いた加藤嘉一さんの書いた「中国人は本当にそんなに日本人が嫌いなのか」。


著者の加藤さんは2003年に高校卒業後、単身で北京大学に留学、その後中国の様々なメディアに登場し、開設した中国語のブログも3ヶ月で500万アクセス、今では5,500万アクセスにも及び、今では「中国で最も有名な日本人」と迄称されるようになった26歳のお兄ちゃん(バカにしている訳ではありませんので、誤解無きようお願いします)。
また、最近では日本のマスコミでも頻繁に登場されているようで、「ワールドビジネスサテライト」・「朝まで生テレビ」(2010年11月「緊急激論!日中関係と朝鮮有事!!」)・「AERA」(2011年1月号「中国に勝った 100人の日本人」)・「日経ビジネス」等に出演したり、連載コラムを持っていたりするようです。
因みに、彼のオフィシャルサイトはコチラfacebookはコチラ(中国からは風呂串経由でないと閲覧不能ですが)。

この本は、元々昨年9月に中国で出版された「中国、我誤解你了吗?」と題された本を母体として大幅に加筆・修正したモノで、言わば日本での凱旋デビュー作なのだそうです。
2003年から8年間、彼が中国の様々な階層の人々と会い(因みに、2008年5月の訪日直前の胡錦涛国家主席とも面談)、議論し、体感した様々な事象を、等身大に、そして率直に語った日中関係論です。

若い乍らもしっかりとした考えも持っているし、どちらかに偏った見方もなく、双方の言い難い部分もズバリと指摘していたりして、中々真っ当なご意見を開陳しておられると思います(自身の主義主張が無い、との批判はあるようですが)。
タイトルは売れ線ネライで(?)やや刺激的なモノとなっておりますが(させられている?)、色んなヒトの意見を吸い上げた生の声、生きた中国の人たちの考え等も反映させた、まずまずの日中関係論の本だと思いますので、中国のビジネスに携わるヒト、中国に住むヒトは、一度読んでみては如何でしょうか?

今後、彼が真の意味での「日中の架け橋」として大活躍することを期待してます。



服部真澄「龍の契り」

2011-04-26 22:09:00 | 本(中国・モンゴル)
今日の棋盤井は薄曇りのち晴れ。
朝は強い北風が吹いており、気温も+3℃迄低下。
まだまだ寒いですね。日中は+15℃迄上がりましたが、やっぱり風が吹いていたので、然程暖かい一日ではありませんでした。さて、

移転前の北京の古本屋の「CLOBER」さんで購入した服部真澄さんの「龍の契り」。


この本が最初に出版されたのは、今から15年以上も前のコトで、以前から薄々「香港返還」についての小説であるとの認識はあったものの、ついつい読まずに本日に至ってしまっていたモノであります。
この小説は、その香港返還の2年前の1995年に上梓されたものでありますが、ロンドン・香港・ワシントン・北京と舞台を移し、登場人物としてもイギリスの情報部員、ゴルトシルト家(ロートシルト家=ロスチャイルド家を想定した模様)、中国政府、アメリカCIAワシントン・ポスト、日本の外務省、それにソニーをイメージしたと思われる日本の会社「ハイパーソニック」社等、様々な人々が、様々な思惑で出て来、まさに国際的スパイ小説、謀略小説、陰謀バナシ、それにどんでん返し連続の小説であります。

ナニよりも驚くコトは、この壮大なストーリーの構想者、着想者、表現者が、当時新人であったと言うコトでありましょうか。
確かに歴史を紐解いてみると、ナニやら英国が99年の租借期限到来時にすんなりと返還に応じるのは不自然な感じがしないでもなく、この小説に書かれているようなコトがホントにあったのではないか、と思わされてしまうほど、歴史に対する分析力、洞察力、そして豊かな創造力と想像力に感服してしまうのであります。

しかしまぁ、この展開、そしてこのテンポ。
この作家のその後の作品は読んでいないけれども、このヒトやるなぁ。
構成力、文章力、取材力、大したモノであります。
そして、その真髄にあるのが、単なるスパイ小説でもなく、アジアへの愛がヒシヒシと感じられるコトでありましょうか。

ロスチャイルド家がどれだけ世界征服を企んでいたのか、毛沢東が、蒋介石が、そして宋家の三姉妹を生んだ宋財閥がどこまでこのハナシにホントニ絡んでいたのか、トウ小平がホントのトコロはどうであったのか、ソニーの大賀典雄さん(先週、他界。R.I.P.)がホントにソコ迄やったのか(ヤル訳ないが…)、まぁその辺は全てフィクションであることは間違い無さそうだとしても、エンターテイメント作品として、またアヘン戦争以降の中国近現代史をなぞる歴史モンとしても、近年稀に見るオモシロい作品でありましたかな(ちょっと、日本の外務省を登場させているのは、無理な設定、と言う気がしないでもありませんが、ソコは服部さんの日本への思い入れ、でしょうか)。

最近行った中国国家博物館に陳列されていた、香港返還(中国側から言わせると、香港回収)に係る記念写真も、中々に感慨深いモノとしてより一層印象に残りましたかな。




おススメ!



小島晋治・丸山松幸「中国近現代史」

2011-03-08 22:34:00 | 本(中国・モンゴル)
今日の棋盤井も晴れ。
朝方は-6.0℃迄下がりましたが、日中は昨日並みの+5.0℃近く迄上昇。
キモチの良い一日でありました。さて、

小島晋治丸山松幸の「中国近現代史」。


古い本です。第1刷が1986年4月とあるから、今からもう四半世紀も前の本。
流れとしては、浅田次郎の「中原の虹」・「マンチュリアン・レポート」と来て、ココで一旦アタマの再整理と系統付けを行うべきであろうと考え、以前から買って置いてあった(所謂、積読?)この本を読み始めたと言うワケ。

小説では無く歴史書なので、アヘン戦争から中華人民共和国の成立、トウ小平改革開放迄の歴史を淡々と、そして簡潔な文章で綴っているモノであり、所期の目的である「中国の近現代史の整理と系統立て」、と言う観点からは充分に役割を果たしており、中々良い本だと思います。

が、若干中国側に偏り過ぎている部分も無きにしも非ずであるし、お堅い文章であるので、アタマに入り難いと言う難点はあります。

ただ、改めて中国の近現代史を眺め直してみると、本当に苦難の時代・激動の世の中でありましたし、良くもまぁ、西洋諸国の列強や日本に最終的に食い散らかされずにお国として纏め上げたモノだと、感心することシキリである一方、当たり前のコトだけれども日本の近現代史とも密接な関わりを持ちつつ表裏一体の関係にあり、誠に興味深いモノがありました。

しかしまぁ、当時の日本の世論としては已むを得なかったのかも知れないけれども、当時の日本は明らかに中国を侵略しているし、現地で悪いコトも沢山やっておりましたなぁ、改めて。
当時の日本の対中政策はかなり我儘な行動であり、やっぱりこの点については現実を認めて、謙虚に反省をせねばならんな、と改めて思い至らされました。
また、中国の人達の対日感情が芳しくないのは、コレらの歴史を振り返ってみれば、已むを得ぬコトではあるし、また当然のコトでもあろうかと思います。

そうは言っても、お互いに何時までも過去に拘って前に進まぬのでは新しい未来等はあり得ないので、双方共にお互いのコトを今一度再認識した上で、未来志向に立ち、共に手を携えて行かねばなりますまい(と言うか、それ以外の道はあり得ないのではないか知らん、と思う次第)。

と言うコトを考えさせられた、中々良い本です。
古い本ではありますが、是非どうぞ。