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メグノメ

遷延性意識障害の母と紡ぐ日々

すみれ

2014-01-17 23:55:50 | Weblog
新しい年も、明けてもう半月すぎた。


年末、学校の試験から解放されてから、
年賀状はうまかな…と、ゆらりゆらり、きたる新しい年を思っていたら、
浮かんだのはすみれでした。

去年は、バラだったんだ。
凛と背筋を伸ばして立って、ぱっと咲く感じ。
あたらしいことが始まる年だったな。



勢いよく土ぼこりをあげて馬が駆け抜けるとき
その脚もとに在るすみれをおもえるような
そんな一年にします。





ことしも、どうぞよろしくおねがいします。







満月のつぎの、2014年1月17日に。
満月の夕/ソウル・フラワー・ユニオン






チミビョウとキュウジョウ

2013-07-15 23:59:30 | Weblog

drawing by:いちねんせいのまー画伯





「軍隊はいらないというなら、もし攻めてこられたとき、どうするの?」



という質問に、ふと、
『治未病(未病治)』という、東洋医学の有名な考え方があたまに浮かんだ。


上工治未病、中工治已病。
(上工は未だ病まざるを治し、中工は已に病みたるを治す。)
                   ―『難経』七十七難
優れた医者は、病気になる前に治し、
並の医者は、病気になってしまってから治す。
ということ。



家のそうじでも、そうだなあ。
ちゃんとやる人は、毎日、汚れる前にきれいにしてるから、
汚れるヒマなんてないんだ。
たくさん汚れてしまってから落とすのは、大変だし、汚れが残ることもある。


こじれて悪化した病気を治したり、
汚れきった部屋をきれいに磨いたりすれば、
「わぁ!すごい」「ありがとう!」「良い腕してるね!」
ってなる。
お金も入ってくるかもしれない。

だけど、ひどい病気にならない状態をずっと続けたり、
部屋をきれいなまま保てるほうが、
ずっと大変だし、尊い。
それなのに、それは変化が目に見えてこないので、
人に気づかれることが少ない。
感謝されたり、ほめられたりすることも少ない。



日本国憲法第九条は、後者の役割に似てるんだな。


戦争できる状態にしておいて、
他国から自国を守ったら、そりゃ目立つし、
「うちの国すごい!」「守ってくれてありがとう!」「万歳!」
とかなるかもしれない。
お金もいっぱい動くねえ。


だけど本当は、争い合うような状況をつくらないほうが、
ずっと大変だし、尊い。
積み上げてきたものなしには、実現し得ない。
それなのに、それは目に見えないことなので、
人に気づかれることが少ない。

それを実現しているのが、九条だと思うのだ。




すると、冒頭の疑問へのこたえは、こんなふうに見えてくる。


並のくには、戦争できるようにしておいて、軍隊で守る(ふりをする)。

一流のくには、戦争をつくらない。


てか。





”戦争をつくらない”て書いたら、そういえばこんなえほんがあったことを思い出した。
戦争のつくりかた











War Again - Balkan Beat Box








Starting Over

2013-04-08 23:39:31 | Weblog


入学式でした。

この4月から3年間、夜間の専門学校に通って、
鍼灸師をめざす。

授業に出るため家を離れる5時間くらい、
母のことや家のことは父がやってくれる。(父、目下修行中…)

この写真の道を、自転車で通う。
ケータイでも、まあまあ撮れるんだね。
省エネモードみたいなのを解除する方法がわからず
画面上何も見えないままシャッターを切ったので
構図もへったくれもないけど、
だいじなのは、これがはじまりの朝の色だっていうことなので、
まあいいや。

鍼灸や東洋医学に関心を持つようになったのは
言うまでもなく、これまでの母との日々があったからで。
はっきりとしたきっかけは覚えてないけど、
母の意識を回復させる方法を追い求める中、もしくは母がいろんな身体の不調と出会うたび、
手当り次第に本やネットの情報を読みあさり、
そんな中で現代医学とはまったく違う視点に目を開かされ、ひかれていったんだと思う。

現代医学では「病気」をみる一方、
東洋医学では「人間」をみる。

治すのはあくまで本人の自然治癒力であって、
鍼灸の役目はそれをサポートすることであって、
つまり治すのは鍼灸師ではなく患者自身であるという。

病気を敵、つまりやっつけるべき対象として攻撃するのではなく
鍼灸の役目は、病気を受け止めたうえで身体全体のバランスを整えるのだということ。

ほかにも、いろいろ、うんうん、とうなずきながら本を何冊か読んだのだけど、
母や、母の入院中に出会った患者さんたちへの医療に対して、
「もっとどうにかできないのだろうか」ともやもやしていたことへの応えが
あちらこちらにちりばめられている。
わくわくする。

現代医学は、もちろん必要。
同時に、母や、ほかの病気や障害を抱える人たちを支える「手」のひとつとして
東洋医学が身近にあれば、より、いのちは豊かになるんじゃないかと思うようになった。
だから、それを学んで、実践する人になりたいと思ったのだ。

と同時に、東洋医学の考え方には、わたしが関心を持ち続けてきた
社会の様々なギスギスを解きほぐすヒント、
「平和」のヒントがたくさんひそんでいると感じる。

だから、
Be the change you want to see in the world  -Mahatma Gandhi
ね。
こんな世界ならいいのになあ、と思うなら、
そんな世界になるように、自分が変わってみれば?
って。


絵とか、音楽とか、ものづくりとか、ダンスとか、文章とか、表現する人に憧れる。
言葉をつくし、アクションを起こし、突き進む人も、すごいと思う。
わたしにとっては、この「鍼灸」がわたしなりの表現になれば、最高だな、と思っている。
年齢性別人種肩書き国籍諸々とびこえて。

まだ何もやってないのに、ごちゃごちゃ言うのはこれくらいにしておこう。

目を覚ませ、暗記脳!
いっぱい勉強するぞー!



さあ、いこう。





Ton Rêve - ZAZ




東北回想 ~にじとまどか

2013-03-11 22:49:53 | Weblog

photo by Cotomono



雨がふったから 虹もかかる



9月に訪ねた、仙台の”まちの工房まどか”のカレンダー表紙のことば。

No Rain, No Rainbow (雨が降らなければ 虹も出ない)
という言葉を知って、いい言葉だと思ったけど
Noではない、より肯定的な言葉を使いたかったので
Only Rainbows After Rain
にしたのだ、と
スタッフのTさんが教えてくれた。

”まどか”は、知的障害のある人たちが働いているところ。
太陽の光が、さしこむというよりは、やわらかくつつみこむような、
全体がぽかぽかあかるい場所だった。
そこにいるひとたちの笑顔も、さいこうにまぶしかった。
お茶もできるパンやさんがあって、ギャラリーがあって、
作業をする場所があって、ぜんぶぐるりとつながっているので、
作業する人たちと訪れる人たちはまざりあうようだ。
これは、震災後にあたらしく生まれ変わった、”まどか”。

震災前は荒浜地区にあった。
(”荒浜”と聞くと、震災直後に衝撃的なニュースを繰り返し聞いていたので、
わたしもその地名はよく覚えていた。)
当時の”まどか”は崩れ、そこにいた人たちはみな避難したけれど、
職員の方がひとり津波に巻き込まれて亡くなった。
後日、その時の恐怖を思い出すから”まどか”には行けない、
という方もいたそうで、心の傷は計り知れない。

カレンダー6月は、青い色。
絵の具で一面、ただ、青で塗られている。
「なみ」だそうだ。
描いた方は、津波を目の当たりにして、吐き続けていたと、
その介抱をしたTさんが、涙ぐみながら話してくれた。
澄んだ青のなかに、1年半の歳月がつまっている。

Tさんが、カレンダーの絵を描いた人たちのことを「画家さん」とよんでいるのが、
わたしはとても気に入った。
よく施設で言われるように「利用者さん」でもなく、
かっこよさげな「アーティスト」という横文字でもなくて、
「画家さん」「画家さんたち」とよんでいる。
それ以外の部分でも、
障害者の就労・自立支援のためだから、ということではなく、いいものをつくる。
健常者と障害者、もしくはスタッフと利用者の目線の高さは同じ。
そしてそのことをたのしんでいるという様子が、さまざま細部からよく伝わってきた。
たとえば、カレンダーのデザインは、お金がかかってもちゃんとプロに任せる。
商品のまゆ玉細工は、一定の品質をクリアできるよう、ひとりひとりテストがある。
それでいて、指先の細かい作業がニガテな方にでもきれいにできるよう、
使う道具などに工夫がこらしてある。
荒浜にいたときとは、お客さんの層がちがうので、それに合わせた商品開発をする。
などなど。
やわらかくあたたかくつつみこみ、ひとりひとりのほっぺたを明るく照らしているものは、
太陽の光だけではないんだな。


photo by やまちゃんいっしょに歩こう!プロジェクト


ここに連れてきてくれたやまちゃんが、
ほかの地から東北へ来た人を案内するとき、たいてい、さいごにここを案内するのだ、
と言っていた。
ここには希望があるから、と。

たしかに、4泊5日の間、津波になめられた沿岸部を車で走り続け、
暮らしを壊された場所をたずねてまわって、どこか気持ちは沈んでいた。
たしか3日目の朝、車窓の外につづく光景に、ふいに
「もうイヤだってば!」と心が悲鳴をあげた瞬間があった。
すぐに、理性をとりもどしたけれど、これが自分のすむまちだったらどうだろう。
わたしには、帰る場所があるけれど。
逃げることのできないくるしさを思った。
そして、”まどか”に出会った。
虹は出るのだと知った。
ひとりひとりの雨は、どうやったらひとりひとりの虹になるのか、に、思いを馳せる。
逃げることのできないくるしみは。


震災発生の何日後だったかおぼえてないけれど、
病院から帰りの車の中で、ラジオから聞こえた言葉にはっとしたのを覚えている。
復興支援のイベントか何かで、チャラっとしてると思い込んでいた、イケメン俳優が言ったのだった。
「つらい目にあった方たちは、これから、今まで以上にしあわせになる権利があるのです。」
というような内容だった。
もっと、うまい言葉で言っていたと思うけど、わすれてしまった。
それを聞いて、復旧復興なんてことを、遠くに居るわたしたちが言うのは、おこがましいな、と思ったのだ。
これから、被災した方たちは、当然、わたしたちよりもずっとずっとしあわせになるのだ。


3月11日、あらためて誓う。
わたしは、わたしの手に責任を持つ。
All you need is love.








にじ







カレンダーは、まだここで手に入るのかな?











2013年2月28日

2013-03-01 01:31:35 | Weblog



さあ,2月はおわり。

変わっていくね。

変わっていくよ。



2月のおわり1日前の確信。

お母さんはお父さんといっしょがいちばんいいにきまってる。

わたしはただの居候。

ここはお父さんの城。
ここはふたりの場所。
みんなの場所だけど、やっぱりふたりの場所。
わたしの居場所だけど、わたしの居場所ではない。
ともに在る場所。
世話する場所じゃない。
ともに在る場所。
生活する場所。


もやもやをがしゃんとこわしたら、
それが見えた。
ストンとおちた。


変化は、すこしずつすこしずつ。
わくわくするよな、さみしいような。







父、41年間おつかれさまでしたの日。
今までこの家でみたことないくらいたくさんの花束の香りでむせかえる居間にて。
カメラは完全にこわれたので(カメラ、7、8年くらいおつかれさま)、
せっかくのお花だけど、記憶の中だけに。






どうか、ふたりにおだやかな日々がつづきますように

どうか。
どうか。
おねがいします。






"Spiegel im Spiegel" by Arvo Pärt








夜のおでかけ

2013-01-22 00:05:57 | Weblog



日曜日、ひさびさ、夜のおでかけ。
解放、解放。
ライヴ、ライヴ♪
踊ろうマチルダ。

ダークな曲もけっこうあるのに、なんだかずっと笑顔になってしまう、
ふしぎすてきなライヴだった。
たぶん、全身全霊を楽器と声にぶつけ、飾らずにそのまんまで語る彼からは、
何かあたたかいものが出てたな。

ああー、音楽だなあああああ~。





そのうち、アコーディオンの小春ちゃんと一緒の、この編成のライヴを観たいなあ。




出身地の福井は、原発や関連施設がいっぱいあるんですよ、と話した後、
「自民党政権下の曲です」と冗談めかしていいながら、こんな曲を演った。
「この町の行く末」





この動画いいかんじね。







月も星もきれいだった。
いい夜をありがとう。



今日も、あきもせずリピートリピートでマチルダ。
聴けば聴くほどしみてくるな、これ。










たまにはテレビ

2013-01-20 02:17:04 | Weblog




昨日、テレビをつけると偶然、
さまざまな障害のある人たちが避難生活をいっしょに体験
みたいなことをやっていた。(再放送あるみたい)
わたしが観たのは、最後の方の、ほんの15分くらいだったけど。

観た時は、(おそらく)全身麻痺の人が、床にどう寝るか、というところだった。
自分で身体を動かすことができない人は、褥瘡(じょくそう)=床ずれの心配があるため、
誰かがこまめに(この方の場合2時間おきに)身体のむきを変えてあげなければならない。
それは、ほかの人は知らないことだったので、たいへん驚いていた…
という場面だった。
「そんなに驚く?」と思ったわたしは、「母にとって体位交換が必要なのは当たり前」
という認識になっていたことにはっと気づいた。
そうだ、ちゃんと言葉に出さなきゃ、伝わらないこともあるよな…と再確認。
6年前のわたしも、そんなこと知らなかったはずだ。
わすれないように、ここに記録。

参加者たちは、徐々に役割ができていった様子。
聴覚障害のある人と身体障害のある人は、互いに耳と手足を”共有”する。
自閉症で早朝の体操がかかせないという特徴は、避難生活者たちの運動不足を解消。
「1人ではできなくても、2人以上いればできることもある。」

そんな中で、印象的だったのは、ある弱視の女性のことだった。
VTRを観終わったスタジオで、「わたしにはできることが何もなかった」と言っていた。
堅い床で寝たことで体調を崩し、マッサージが本職の視覚障害のある男性にほぐしてもらっただけ。
確かに、その一面から見れば、何もできなかったと言えるかもしれない。
でも、それまで「視覚障害者にはできることが少ない」と無力感に苛まれていたそのマッサージ師の男性は、
その女性の苦痛をやわらげることができたことで、誇らしげな表情に一変していた。

「何もできない」は「ない」んだから、目に見えない。
でも、その「ない」に、わたしたちはどれだけ生かされているだろうか?
目に見えないものは、本当に「ない」のか?
人間のちからが、試される。





わたしの母も、「何もできない」のかもしれない。
でも、今でも、いや、今この状態だからこそ、わたしの最高の教育者である。
わたしは、この歳になって!母に日々育てられている。





首をかしげたり、う~ん、とうなって固まってしまうようなニュースが毎日踊っている。
ある一面から見て「できない」「不適格」とされた者を排除することは、誰のためになるのだろうか?
上に立つ人の意向に合わなかったら、排除?
そこには、薄っぺらいニセモノしか残らない。
それから、尊厳死、出生前診断、脳死判定…むむむむむ。






この世の中に、むだないのちなど、ひとつもないよ!





それに、白か黒かを決めつけてその場で楽になるのではなく、
グレーを認めて連れて行く勇気が、今、だいじだと感じる。







たまにはテレビもいいね。
こないだは、録画を頼まれがてら観たダイオウイカに、別世界に連れて行ってもらったし、
今日は、鵬翔の高校サッカー優勝に感動したし。
(しかしながら、選手たちよりもむしろ、62歳の監督のここまでの年月を思って感情移入してしまったわたしは、おばちゃん…?)










*****メグメモ 「近々ある、そのほか気になる番組」

偶然知った、気になる番組ふたつ。

『終(つい)の住処(すみか)はどこに 老人漂流社会』1月20日(日)午後9時00分~9時49分  

『きくちゃんの詩 長崎より』1月23日(水)再放送 午後1時5分~1時34分 
 ”きくちゃん”こと平田喜久代さん、わたしはこの記事の笑顔、このページ開いた瞬間にずきゅーんとやられました。そしてこの言葉。
〈手も足も動かないけれど、呼吸器はいつもくっついているけれど、こんなにうれしい日はやってくるのです。お母さん私を産んでくれてありがとう〉
『青空 あなたの物語』という特集は、いい記事が多いな。


















年末年始

2013-01-13 15:06:34 | Weblog


いつもの年末なら、妹が帰省すると「あ、そろそろ正月だ」と感じるところだけど、
今年はビザのなんやらかんやらで帰国できなかった。
手がたったの2本では、普段通り母の手伝いをしながら大掃除も元日用の料理の仕度も…
なんて、遅々としてすすまず。
ようやく、一応ひと段落して、まだ片付ききらない食卓のすみっこで
”夕食”の年越しそばをすすったときに、ちょうど年が変わりました。
おめでとう。

元日は、姉一家がうちにやってきて、おせち料理をだらだらつついたり、
ちびっこ達とたわむれたり、またつついたり、たわむれたり。
うれしかったのは、お屠蘇をほんのすこし母の舌にのせ、
「おいしい?」とたずねると、しっかりとうなずいたこと。
なんなら、普段の飲み込みの練習に使うゼリーも、お酒でつくっちゃうかー?

年が明けてからようやく気持ちに余裕も出てきたところで、
去年ってどうだったっけ?と振り返ってみたけれど、ほとんど記憶がない。
ためしにこのブログをさかのぼってみたけれど、気が向いたときに、
ぽつり、ぽつりと書くだけなので、ちっとも参考にならない。
とくに、年明けから、夏くらいまでのことが、もうほんとに思い出せないんだなあ…
わたしは、ちゃんと生きてたのかなあ。
母の健康状態に関する記録は、毎日なんらからの形で記してきているんだけど、
わたし自身は、ただ毎日目の前のことにその都度対面しているというかんじで、
連なりとして認識できていないんだろう。
その点、夏以降、母の体調が比較的安定していて、遠出を何回かできるようになってからのことは、
意識的に記録もしているし、思い出せることも多い。
連なりを認識し、継続するためには、その連なりを乱す、何らかの”点”がいるのだな。
「介護」する人たちにとって、これはけっこう重要なポイントだと思う。
いのちは、留まることなく生き続けるのだものね。
(写真は去年打った点のうちのひとつ。スペイン、サンセバスティアン。)

母のそばに戻ってきて6年経ったことになる。
2年間の、病院での付き添い。
4年間の、自宅でのカイゴ生活(そのうち、入院もけっこうあったけど)。
自分自身の今までのあらゆる”生き方”の中で、
母の手助けというミッション(?)を生きる”いま”が、イチバン迷いがないと感じている。
たとえば、学生時代の部活や、就職してからのいろんな仕事。
どれも好きで、自分がやりたいと思ったことをやってきたと自信をもって言える。
だけど、常に迷いはあった。
迷いというか、揺れというか。
ひとと比べたり、周りの評価を気にしたり。
いつも、自分でいいんだろうか、これでいいんだろうか、ここじゃないのかも、と惑いがあった。
今は、自分しかいない、これしかない、ここがわたしの場所、とまっすぐに思える。
もちろん、自分のふがいなさに苛まれることは日常茶飯事で、ぜんぜん足りなくて、
自分の成す”仕事”への不満は尽きない。
同じやり方を続けるだけではダメだということだろう。

さて。
どうしましょうか、2013。
どうなるでしょうか、へび女。


記憶がないことで、記録のたいせつさを認識したため、あわてて記録ちっくな日記とあいなりました。
ま、きっと続かないけど。

ことしもよろしくお願いします。








1001のバイオリン(1001 violins) THE BLUE HEARTS

























東北回想 ~アコーディオンとひまわり

2012-12-23 00:15:23 | Weblog



アコーディオンにはまっている。
聴くのも、弾くのも。


9月の東北へも、アコーディオンを持って行って、2箇所で弾く機会をいただいた。



ひとつは、ちんどんスタイル
石巻で、仮設商店街「復興マルシェ」での催し告知をぶんちゃか練り歩き。



もうひとつは、気仙沼の「ワークショップひまわり」、作業の合間時間に3曲。(上の写真。)
へ、へたくそすぎた…
それなのにとっても喜んでもらって、たくさん笑顔をもらって、たのしい時間を過ごした。
へたくそでごめんなさい!ありがとう。お礼に、かならずもう一度(リベンジに!)参ります…
という気持ちは、いまわたしがアコーディオンを練習するための、いちばんの糧になっている。

ワークショップひまわりは、障がいのある人たちが、パンやお菓子の生産などの作業をしているところ。
2011年4月には、より海に近く便利なところに完成した新しい施設に移る予定だったが…
その直前、3月大震災で、そのできたてピカピカの建物は被災、炎上して無に帰してしまったという。

スタッフJさんは、にこにこの笑顔でゆっくりと会話につきあってくださった。
その中で、わたしの境遇を少しお話すると、
「在宅の障害者たちが支えあって逃げられるしくみをつくらなければならない」と
眼に強く強く力がこもった。

わたしと同じように、母親を娘が介護していたケースを話してくれた。

母親は娘に「逃げなさい」と言った。
娘は、母を置いて逃げた。
逃げた後、父親や周りの人たちから「どうして置いて逃げたのか」と責められたという。

東北滞在中、決して泣いてはいけないと、ずっとのみこんできた涙が、
この話しを聞いたときだけは、たまらずJさんの前で溢れ出た。
その困難な状況が、それぞれの人たちの気持ちが、自分のことと重なり合って容易に想像できたからだ。


支えあって逃げられるしくみ…
正直、まだ考えが及ばない。

やっぱり、もう一度ひまわりへは行かなければ、と思っている。
もうちょっと勉強して、よくよく考えて、もう一度、お話をしに。
もうちょっと練習して、レパートリー増やして、アコーディオン弾きに。




photo by やまちゃん
http://walknskk.blog.fc2.com/




*****メグメモ 「ひまわりのクッキーとパウンドケーキ」
お世話になったからって言うわけじゃなく、ほんとにおいしい!素朴でやさしい味がします。
アーモンド粉100%のパウンドケーキって、えーちょっと重たそうかな…と思ったけれど、食べたら意外、しっとりだけどほどよくふんわり感もあって、ファンになりました。
訪ねたときは、ちょうどクッキーを放射能測定に出した後で、「どうだった?」と結果を尋ねるまなざしは、真剣そのもの。放射能が不検出だと証明するものがなければ、お客さんには安心してもらえない。こうして日常の隅々にまで原発事故の影響は染み渡り、生産や加工に携わる人たちの苦労は並大抵ではないことが垣間みられ、心が痛みました。
こうして、安心して使える食材で、愛情たっぷりにつくられているクッキーとパウンドケーキ、メール、電話、faxで注文できるそうです。
ワークショップひまわり*商品一覧

※12/23文章一部訂正