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ペンネーム牧村蘇芳のブログ

小説やゲームプレイ記録などを投稿します。

禁断の果実 第19話

2025-01-30 20:46:23 | 小説「魔術ファミリーシリーズ」ウェストブルッグ1<禁断の果実>完

 ビルが碇を地面に叩きつけた。
 何度も激しく。
 土塊が宙に舞い、視界が遮られる中で
 戦闘が始まるかと思われた。
 しかし、
「こ、こんな馬鹿な!」
 全てが消え失せていく。
 ヴェスターの魔法で出現していた、
 小さな無数の気泡に土塊が触れる度に、
 それらは次々と消えていく。
 そして最後には、白銀の雪が降りしきるような
 美しい世界が再び支配していた。
 ヴェスターが走り、
 一気に間合いを詰めて攻撃にうつる。
 ビルの碇と白銀の剣が激しくぶつかり合い、
 その度にヴェスターの剣が刃こぼれしていった。
 パワーでは、やはり破壊神となったビルが
 一枚上手なのか。
 時々、辺りを微塵に粉砕する
 ヴェスターのレクスタン剣術も、
 ビル自身を粉砕するまでには至っていない。
「どうした?
 10分で済ませられるのか?」
 ビルの挑発する台詞が、
 この場にいる皆を嘲り笑うかのように耳に響いた。
 それでも、ヴェスターの表情は余裕のそれだ。
「10分、待たなくてもいいですかね?」
 剣先のスピードが増した。
 それでもヴェスターに息切れはない。
 まだ、死闘を楽しんで、
 遊んでいるのに気付いた
 ビルが怒りの表情を露わにした。
「貴様ぁ!
 破壊神になった俺をなめてやがるのか!」
「はい。」
 ヴェスターの攻撃が、
 徐々に破壊神の攻撃をうわまっていた。
 ビルの体に、無数の切り傷が増えていく。
 傷の回復スピードが、早くも限界に達していた。
「こんな、こんな馬鹿な!」
 薬の量が足りなかったとでもいうのか?
 破壊神としての力が十分に引き出せない。
 何故だ?
 全てはアニスの仕業とも気付かず、
 ビルの精神集中が不安定になりだしていた。
 ヴェスターは、その一瞬の隙をつく。
 凄まじい斬撃と共に、
 またもビルの腕が斬り落とされた。
 ビルの傷口に、落とされた腕に、
 白い気泡が触れてきた。
 ビルはそれに構わず、落とされた腕を拾い、
 再びくっつけようとした。
 が、
「さ、再生しねえ!?」
 先程の様に、元通りにならないのだ。
 腕は付くが、動かない。
 それに、体の切り傷にも白い気泡が付着し、
 傷の回復を阻止しているようだ。
 痛みは感じなかったせいで、
 気付くのが遅すぎたのだ。
 全てを無に帰す白き魔法。
 通称、“アンチ・マジック”と呼ばれる魔法だ。
「私の出番はもういいですね。」
 ヴェスターが、ビルに背を向け歩き出す。
 ビルは恐怖していた。
 付いたと思った腕も結局付かず、
 ボトリと地に落ちたが、
 その腕を拾おうともしない。
 アンチ・マジックは、
 元国王アレフ・リブ・ガーディアにしか
 使えなかったと言われる幻の魔法だ。
 それを何故この男は習得しているのだ!?
 まさか、このヴェスターという男は・・・。
 剣とレイピアが激しくぶつかり合う
 アガンとフォルターの間に、
 ヴェスターは平気で割って入った。
「ヴェスター殿!?」
「この場の抑えは私に任せて、
 あなたは止めを刺してきなさい。」
 アガンは、
 フォルターの攻撃を抑えるのに精一杯で、
 辺りの状況を把握出来ないでいたのだ。
 片腕のビルを見つけ、驚愕した。
 そして、
「ヴェスター殿、感謝します。」
 礼を言うや、ビルに向き直る。
 その間、ヴェスターは
 フォルターの攻撃を抑えながら、
「ドール。」
「何でございましょうか、主様。」
「母さんのところに行って、
 破壊神の効果を解除する薬品を
 貰ってきて下さい。
 1つあればいいです。」
 1つ、ときた。
 フォルターだけ解除出来れば十分らしい。
 最後の最後まで、ビルはヴェスターに
 なめられっぱなしであった。
 そもそも、解除する薬なんてあるのか?
 おそらくは、フォルター自身が
 アニスに依頼していたワクチンがそれなのだろうが、
 それは完成しているのだろうか。
「承知いたしました。
 しばらくお待ち下さい。」
 相変わらずのご丁寧な台詞で、
 その場を去っていった。
 そしてケイトといえば、
「暇だなぁ。
 外に逃げようとしてくれないかなぁ?」
 一番暇そうに、黒豹とのんびり見学していた。

「いよいよ決着だな。
 何か言い残すことはあるか?」
「・・・。」
 ビルは無言だ。
 覚悟を決めたかのような表情だ。
「貴様は決して許せぬ存在だ。
 たった一撃で死を与えるような、
 甘い事はしない。」
 ビルは、今になってようやく気付いた。
 あの、常にクールなアガンが
 本気で怒っていることに。
「フォルター様を操り人形にした罪は重い。
 身をもって知れ。」
 アガンの黒き剣が、
 ビルの碇と激しくぶつかり合う。
 互いの体は傷つかず、
 武器と武器だけが弾け、金属の音が響く。
 それが何度続いただろうか。
 ビルの碇が少しずつボロボロになっていくのに、
 アガンの剣はまるで新品のままだ。
 そして、ビルの動きが徐々に鈍くなってきていた。
 無限に回復する破壊神の力を秘めたビルに、
 疲れが生じるとは思えない。
 だが、確かにアガンの方は
 スピードが落ちないというのに、
 ビルの方は足取りが妙なほどに遅くなっていた。
「な、何故だ?」
 これにはビル自身が驚いていた。
 アガンの方がスピードが安定している分、
 ついにビルの体にダメージを与えはじめていた。
 その攻撃を受ける度に、足が、体が重くなっていく。
 これが、アガンの魔力によるものだと気付かずに。
 通称、ブラックホールと呼ばれるこの魔力は、
 相手に多大な重力をかけることで
 不動の状態にしてしまう事など朝飯前の技だ。
 この魔力の最も恐るべきところは、
 この重力で相手そのものを叩き潰すことにある。
「うぎゃあ!
 お、俺の手がぁ!」
 ついに重力に耐えきれず、ビルの手が潰れた。
 紙のようにペラペラになっていく。
 碇が地面に落ちた。
 アガンの漆黒の鎧が一瞬、光を見せた。
 重力の力が増していく。
 潰れた両手が再生する間もまく、
 腕までもが潰れていく。
 ビルがたまらずに逃走を図った。
 しかし、そこにはケイトと黒豹がいた。
 ケイトが呪文を唱える。
 唱え終わるまでの間、
 黒豹がビルに襲いかかった。
「邪魔だぁ!
 どけぇ!」
 威勢のいいのは声だけだ。
 両腕が使い物にならぬ破壊神など、
 もはやただの人間以下だ。
 更に日向に出た瞬間、
「こ、こんな馬鹿な!」
 ビルの体全体が硬直し、動けずにいた。
 ビルの影が無い。
 地を見た瞬間、ビルは蒼白となった。
 そこに黒豹となったフレイアの鋭い爪が、
 やわな片腕を切り裂き、右足を食いちぎった。
 ビルの悲鳴が裏路地に響く。
 そこにケイトの魔法が炸裂した。
 激しく音を立てて炎が出現し、
 ビルの体を焼き始めた。
 死ぬまで終わることのない、
 魔界の炎がビルの全身を包む。
「・・・。」
 もはや、ビルは声すら出ない。
 何故だ?
 何故、かつては国を3つも滅ぼしたと
 言われた破壊神の力が、この程度なのだ?
 ビルの目線に、錬金術師アニスの姿が映った。
 表通りの喫茶店でお茶した後で
 ドールに呼ばれたというところだろう。
 クスクスと笑っていた。
 全てが計画通りだったとでも言いたげに。
 まさか、あの時、手に浴びた強酸の霧は、
 破壊神の力を抑える為に
 果実に降りかけていたのか!
 そして、先程の霧獣の攻撃も、
 全ては破壊神の力を無くす為の手段だったのか!
 まさか、昔、薬品で破壊神の力を止めたという
 伝説の一族は、あの女の本家・・・。

 アニスが、ビルの目前で、
 ビルの操り人形にされた破壊神、
 フォルター男爵に液体の薬を頭からかぶせた。
 すると、数秒後・・・。
「うっ!
 こ、ここは? 私はいったい・・・。」
 ここはどこ、私は誰とでも言いたげな
 フォルターにヴェスターは、
「どうぞ、止めを。」
 と、剣先で燃えているビルを指し示した。
 もはや、ビルは虫の息であった。
 少しも動こうとしない。
「かたじけない。」
 我にかえったフォルター男爵は、
 愛用の剣レイピアで、
 ビルの心臓部をひと突きにした。
 魔界の炎が消えた。
 ビルであった人型のものが、
 炭となって静かに地へと崩れ落ちた。
 人形娘が
「アリサさんをお呼びしてまいります。」
 と、灰に語りかけ、またその場を去った。

 アリサは、事の一部始終を人形娘から聞くと、
 ソルドバージュ寺院へと立ち寄り、
 骨壺を手にしてきた。
 骨壺を、蓋をしたまま地へと置き、
 ゆっくりと呪文を唱える。
 すると、骨壺の蓋が静かに開き、
 壺の中へと灰や骨が入っていった。
 呪文の詠唱が終わると、
 蓋は静かに閉じていた。

「これで、全て終わったんですね。」
 後からアリサと共に来たルクターが、
 どこか寂しそうに言った。
「憎しみは、憎しみしか生まないのに、
 何故破壊を求めたのかしら?」
 同じく後から来たテリスも、
 寂しげな色があった。
 元はフォルター男爵の下にいた
 同胞故の想いであろう。
「許せなかったのだろうな。
 両親を殺した、この世界そのものを。」
 アガンはクールな表情のままだ。
 が、その心情はいかなるものか。
「運が無かったな。
 まさか、レクスタン剣術の使い手が
 2人もいるとは思いもしなかったろう。
 そして、破壊神を食い止める
 ワクチンが存在したことも。」
 フォルター男爵が、
 ウェストブルッグ一家の皆に、
 深々と礼をした。
「この度は、数々の無礼がありながら、
 ここまで協力していただいたこと、
 深く感謝する。
 ありがとう。」
 これに対してヴェスターは、
「いえいえ、お気になさらず。
 私もまさか最後のレクスタン剣術の
 伝承者に会えるとは、
 思いもしませんでしたよ。」
 と、明るく陽気な声で語った。
 暗い雰囲気の一番似合わない男であった。
 アガンが一歩、歩み寄る。
「師から聞いていました。
 名前は教えていただけませんでしたが、
 恐ろしく強い兄弟が、短期間で
 我が剣術を習得していったと。
 ヴェスター殿には、兄か弟が?」
「ええ。
 冒険者をやっていた兄がいます。
 ただ“西の対戦”で行方不明になりましたがね。」
「・・・そうでしたか。」
 ようやく、アガンが納得の表情を見せた。
 ヴェスターは、なつかしそうに語った。
「あなたは、若き日の兄に似ていますよ。」
 アガンは、酒場でのギルの台詞を思い出していた。
 酒場のギルが語っていた、行方不明になった男とは、
 目の前にいる者の兄上だったのだと。
 と、いうことは、あのギルは六英雄の一人なのだろう。
「六英雄の四人は、全員がこの国に健在なのですか?」
「いえ、一人死にました。
 白銀の国王アレフ・リブ・ガーディアは。
 今は娘のエレナが女王を勤めています。
 残り三人は、今も健在ですよ。
 真紅の魔剣士セイクレッド・ウォーリア。
 彼は今、この国の王宮護衛団の総責任者です。
 重戦斧のギル・ジル・キルジョイズ。
 彼は今、キルジョイズの酒場のマスターをしています。
 女神の癒し手サリナ・ステイシー。
 彼女は、ソルドバージュ寺院の大司教です。
 そして、そこにいるアリサは、彼女の愛娘ですよ。」
 名を口にされたアリサが、
 ニッコリと笑みを見せた。
 美少女の笑みの裏が、
 実は武術の天才だなど、誰が信じるだろう。
 フォルター男爵はヴェスターを見た。
「今回の件、国も承知ですか?」
「ええ、予言者が3人もいますから。
 たぶん全て熟知でしょう。」
「では、私と現国王の謁見の場を
 与えてもらいたいのだが、
 お願い出来ますか?」
「それは構わないですが、何故?」
「これだけのことを国内でしでかして、
 無言で領地に帰る訳にはいきませんからな。」
 フォルター男爵の目には、
 どこか覚悟の色があった。
「では、参りますか。」
 それを見ても、
 ヴェスターの明るい声色は変わらなかった。

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禁断の果実 第18話

2025-01-29 18:37:56 | 小説「魔術ファミリーシリーズ」ウェストブルッグ1<禁断の果実>完

 その、とっくの昔の数分後、
「父さん?」
「おや、ケイトも来ましたか。」
 路地裏の酒場入り口で親子が出会った。
 酒場の四端に
 裏結界器が淡い光を放っているのが見える。
「光加減からして、あと30分で作動するわ。」
「どれどれ。」
 父ヴェスターが魔法を唱えた。
 すると、裏結界器の魔力が跡形もなく消失し、
 ただの置物と化してしまった。
「これでよし。」
 相変わらずノンビリ口調のヴェスターに、
 ケイトが不安な表情を見せた。
「いいの?
 もし、万が一・・・。」
「万が一は有り得無いですよ。
 ケイトはここで待機していなさい。」
 ケイトの目つきが、キッとなる。
「冗談じゃないわ!
 まだ借りを返していないのよ。」
 ケイトはそう言うや、
 さっさと扉を開けて中に入る。
 そしてそこで見たものは、
 妹キャサリンの鞭で擦り傷だらけにされ、
 挙げ句の果てに
 魔獣ケルベロスの炎に炙られて殺された
 スーレンの死体であった。
 目の前の現実を、
 やむなく受け入れて肩をガックリと落とす。
「どうしました?」
「キャサリンに先を越されたわ。
 せっかく魔法瓶まで用意して来たってのに!」
 ヴェスターがケイトの肩をポンとたたく。
「ま、運が悪かったんですよ、きっと。」
「フレイアめぇ~、どこ行ったのよアイツは!」
 ケイトは、魔力を精神集中して
 使い魔の居場所を探った。
 ここの地下だ。
 しかも食事中のようだ。
 誰の影を喰らっているんだか。
 地下への扉へ向かおうとした時、
 そこにはヴェスターがすでにいた。
「ここは私に任せなさい。
 ケイトはここに入ろうとする人を
 食い止めて下さい。
 私の剣術の凄まじさは知っているでしょう。」
 そう言っていると、
 地下でもの凄い爆音がした。
 それのすぐ後に、
 階段を駆け上がってくる音が響く。
 ヴェスターは、ケイトを外へ促した。
 逃げ足の早いタイプなら、
 玄関は死守せねばならないからだ。
「ハァ、ハァ、ハァ。」
 息を切らしてビルが出てきた。
 後からフォルターが追いかけてくる。
「あのアマァ、どこ行きやがった!」
 ビルの皮膚が焼けただれている。
 破壊神の回復能力など無視したかのようだ。
 まさか、回復出来ないのか?
 ヴェスターは、玄関を塞ぐように立っている。
「貴様、そこをどけろ!」
「残念ながら、どくわけにいかないんですよ。
 あなたが、麻薬の首謀者ですね?」
 そしてヴェスターは、
 後ろのフォルターに下がる様に声を掛けた。
 が、フォルターはそれを拒否した。
「どなたかは存じぬが、
 祖奴は私が制裁せねばならんのだ。
 手出しはせんでもらいたい。」
 これにヴェスターは
 アッサリと受け入れる声を上げた。
「分かりました。
 じゃ、外で待っていますんで、
 終わったら呼んでください。」
 ヴェスターが出ていこうとする背に、
「まてえ!
 貴様にはこれをくれてやる。」
 スーレンの死体に、
 死体奴隷薬が降り注がれる。
「カーター家の死体奴隷薬ですか。」
 スーレンの死体がムクリと起きあがる。
 そして、巨槍を手にヴェスターに襲いかかったが、
 すべては一瞬で終わった。
 ヴェスターの白銀の剣が一振りされたかと思うと、
 轟音と共に死体は塵芥と化し、
 その奥のカウンターまでもが吹き飛んだのである。
「まさか、その技!」
「レクスタン剣術か!」
 破壊神2人が驚愕した。
 まさか、あの剣術の使い手が
 2人も身近に存在するとは!
 そして、当の使い手は、
「じゃ、ごゆっくり。」
 外への扉を開け、
 のんびりと出ていってしまった。
 今の剣術の一端を見せたことなど、
 歯牙にもかけていないように。
 そしてここでまた、一対一に戻った。
 互いの剣がうなりを上げて攻撃する。
 傷が出来たかと思えば、瞬く間に再生し、
 そしてまた傷を作り出し、また再生し・・・。
 しかし、それでもアニスの与えた傷だけは
 再生していなかった。
 きりがない。
 互いが同じ薬で生まれた者なら、力も互角。
 こうなると、武器の違いで決着がつくかと思われた。
 だが、細身の剣レイピアの先端が碇の突起部に触れた時、
 激しく両者の武器が砕け散った。
 両者は即座に素手による攻防に移る。
 その素早さは、何者にも例えがたい動きをしていた。
 蹴り、殴り、互いの血飛沫が舞う。
 そんな緊迫の中で、ビルが不敵な笑みを見せていた。
 ビルが、攻撃用にとっておいた薬品全てを四散させた。
 シュウシュウと音を立てて蒸気が上がり、
 フォルターの皮膚が焼けただれていく。
 ビルは得意の薬品で決着をつける気だ。
 対してフォルターは、得意の魔球で攻防する。
 蒸気で足元の視界が遮られている中、
 ヒョコヒョコと逃げるように扉に向かう黒猫がいたが、
 2人とも気付かなかった。
 ビルの影が無くなっていることにも、
 もちろん気付いていなかった。

 外では、ヴェスターとその娘ケイトが
 表通りの喫茶店でお茶をテイクアウトして持ってきていた。
「なんか、緊迫感ないな~。
 いいの父さん、このままで。」
「いいんじゃないですか。
 どうやら母さんの薬品も活躍していたようですし。
 それに使い魔のフレイアが“あの”中でしょう?」
「・・・あの馬鹿タレ。」
 そんなことを言っていると、
 扉を内側からカリカリする音が聞こえた。
「噂をすればなんとやらね。」
 ケイトが扉を小さく開けると、
 黒猫フレイアが慌てた様子で出てきた。
 ケイトは、ちょっと中を覗き込むと、
 軽くため息をして扉を閉めた。
「どうでした、中の様子は?」
「まぁ~だ、やりあってるわ。
 あれ、フレイアは?」
 ヴェスターは、何も言わずに指さした。
 そこでは黒猫が小便していた。
「トイレだったの?
 一番緊張感の無い奴ね~。」
 ヴェスターは、表通りの方角に目線を移した。
「お客が来ましたね」
「え、誰?」
 人形娘ドールと、暗黒騎士アガンであった。
「お客様を一名お連れ致しました。」
 まるで自宅での会話のようだ。
 アガンもまた、
「御邪魔いたします。」
 生真面目2人組の完成である。
 ふざけたような台詞の連続であるが、
 この2人の雰囲気に冗談という感覚はない。
「アガン様。
 こちらがもう一人の使い手、
 ヴェスター・リー・ヴェストブルッグです。
 ヴェスター様、こちらは最後のレクスタン剣術の使い手
 アガン・ローダー様です。」
 ヴェスターは、優しい顔つきでアガンを見た。
 魔界で作られた漆黒の甲冑と剣を装備した男を。
 この武具は師のものに間違いない。
 それはドールも認めていた。
「レクスタン郷は、逝きましたか。」
「はい。
 私如きに、この漆黒の甲冑と剣を託されました。
 私の特異な魔力を存じ上げて。」
「なるほど。
 師に一番近い存在だったのかもしれませんね、
 あなたは。
 私の魔力では、その甲冑も剣も
 無力になりかねませんから。」
「ところで中の様子は?」
「2人で決着をつけたいそうです。
 ですので私たちは席を外しました。」
 話していると、
 突如として扉がゆっくりと開きだした。
 現れたのはフォルターだ。
「・・・何だ、貴様ら。
 死ににきたのか?」
 フォルターの目つきがおかしい。
 足に地がついていないような、
 どこか浮いた雰囲気がした。
「フォルター殿、まさか・・・!」
 フォルターのそれが、突如として殺意に変わった。
 手には、ビルが与えた巨大な碇がある。
 まだ使用していないものを掛け壁から取ってきたようだ。
 武器に汚れがない。
 轟音と共に地面が裂け、地の破片が宙に舞った。
「フォルター殿!」
 アガンの声が届かない。
 アガンは攻撃せず、剣で受け、
 必死に何度も名を叫ぶが、それも叶わなかった。
「クックックッ、この薬は本当に良く効きやがる。」
 酒場の入り口で、ビルが不気味に笑っていた。
「ビル!
 貴様、フォルター殿に何をした!?」
「奴隷薬の一番強いやつを与えたのさ。
 この薬には体力回復の効果もあるから、
 破壊神になった俺らでも抵抗出来ねえんだよ。
 もっとも俺は抗体ありだがな。」
「・・・俺ら・・・だと?」
「おっと、勘違いすんじゃねえよ。
 フォルターが破壊神になったのは、
 あいつ自らの行いだぜ。」
 フォルターがアガンに襲いかかる中、
 ビルの前にヴェスターが立ちふさがる。
「あなたを倒す為に
 破壊神になる覚悟を決めたのでしょう。
 その方の意志は、私が継ぐとしますか。」
 ビルが、ヴェスターに剣を抜く間も与えず、
 碇を振り上げて強襲する。
 壁から更にもう一本手にしてきたようだ。
 ヴェスターはそれを寸ででかわし、
 間合いを取るや呪文を詠唱する。
「貴様、魔法剣士か?」
 ビルが、襲いかかろうとした矢先、
 突如バランスを崩した。
 ビルの視界が、一瞬真っ白になったのだ。
 目をこすり、辺りを見る。
 すると、中空の途中途中に白い気泡が出来ていた。
「なんだ、幻か?」
「これが幻に見えますか?」
 ヴェスターが剣を抜いて構えた。
 そちらから来いとでも言いたげに、身構える。
 ビルが碇を振りかざした。
 ヴェスターがその攻撃をよけ、
 瞬時にしてビルの左腕を斬り落とした!
 だが、それでもビルに不安の色は見られない。
 ビルは、落とされた左腕を拾うや、
 斬られた肩にあてがった。
 みるみるうちに再生し、左腕は復活した。
 ヴェスターはほくそ笑んでいた。
 今の一連の行動は、全て予定通りであったのだ。
 腕が斬られても、また安心して再生出来るという
 安堵感を敵の心理に焼き付かせる為に。
 これで敵の防御は、
 己の再生能力に過信するあまり、疎かになる。
「レクスタン剣術も、
 破壊神の力には無意味のようだな。」
 ビルは豪語していた。
 ヴェスターの思うつぼだ。
「剣術で倒しても良かったんですがね・・・。」
 剣を片手で構え、彼はにこやかに語る。
「あなたには、
 この世の地獄を見せてあげますよ」
 白い気泡が、数え切れない程に出ていた。
 小さく、天から無限に降りしきる様は、
 まるで真冬の白銀のカーテンだ。
「アガン、でしたか。
 あなたはフォルター殿を抑えていて下さい。
 あなたほどの実力者なら、
 殺さずに防御しきることは可能でしょう。」
「心得ました。
 が、一つ願いがあります。」
「心配せずとも、
 止めは貴方にお任せしますよ。」
 なんという会話だ。
 彼らは既に勝つ気でいるのだ。
 破壊神相手に。
「この俺を本気で殺せると思っているのか。」
 ビルの脅しなど、どこ吹く風。
 アガンとヴェスターの顔色は自信満々もいいとこだ。
 その上、ケイトまでが
「あんたみたいな貧弱な破壊神は、
 私でも勝てるわよ。」
 魔法瓶の蓋を開け、中の液体を両手にかけた。
 黒猫フレイアが側に寄ってきてチョコンと座り、
 目をつぶる。
 ケイトは両手で印を結び、呪文を唱える。
 魔法使いのそれではない。解魔術だ。
 手からは先程の液体が常温で蒸発している。
 解魔術と呼ばれるそれは、
 封印されたものを安全に解き放つ事を
 目的とした魔術である。
 古い時代に封印された壺の封印を安全に解くのは、
 もっとも代表的な解魔術だ。
 これと相反しているのが封魔術で、
 こちらは主に封印するのを目的としている。
 ちなみに、魔力のこもった剣を作るのにも
 封魔術は必須とされており、
 キャサリンの得意分野でもある。
 ケイトは、何に封じた、何を解き放つ。
 黒猫フレイアの体が、モコモコと太りだした。
 否、体全体が大きくなってきていた。
 黒豹のようなしなやかな体に、
 獲物を狙う紫の瞳は獰猛に輝いていた。
 牙の鋭さも魔獣ケルベロスに劣っていない。
 魔界にしか生息しないと言われる、
 ヘル・キャットだ。
 その中でも凶暴と名高い
 ブラック・ヘル・キャットに違いない。
「ブラック・ヘル・キャットか!」
「食事も済ませていたようだしね。
 あなたがここから
 逃げだそうとした時のための保険よ。」
「食事だと・・・?」
 ビルは、ケイトの台詞が理解できずにいた。
 ケイトが、ニヤリと不敵な笑みを見せる。
「ここから逃げるには日の差す方角しかないわ。
 逃げ出せば分かると思うけど、
 間違っても逃がさないからね。」
 ケイトが、魔法使いの呪文を唱える。
 外には絶対に出られないように結界を張った。
 全ての準備が整ったのを確認したヴェスターは、
「じゃ、10分で終わりにして、お茶会にしましょうか。」
 最後の最後まで、緊張感の無い台詞で剣を構えていた。

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禁断の果実 第17話

2025-01-28 20:38:39 | 小説「魔術ファミリーシリーズ」ウェストブルッグ1<禁断の果実>完

 ケイトの妹キャサリンは、
 酒場に辿り着いていた。
 大きめの革袋を背に、
 右手には八本の触手が伸びたような
 八又の鞭を持っている。
 八又の鞭は
 “エイト・ヘッデッド・ドラゴン”
 と呼ばれる、非常に稀少な武器だ。
 八本の先端には邪龍の牙が装着されており、
 攻撃力は数ある鞭の中でも上位に位置する。
 命中精度も良く、
 敵に次々と攻撃が当たる様は、
 まるで鞭そのものに意志があるかのようだという。
 キャサリンは、
 まず酒場の外周四カ所に裏結界器を設置し、
 それの魔力を解放した。
 これで、今から一時間後には
 酒場“セイル”が完全消滅する。
 中にいる者がいれば、
 当然それらも全て。
 裏結界器の発動を確認していると、
 子犬の姿で魔獣ケルベロスがやってきた。
 が、キャサリンは魔獣を外で待機させ、
 己のみが中へと入った。
 中央に、氷の魔女スーレンが
 立ちはだかっている。
「貴女を殺しに来ました。」
 滅多に聞くことのできぬ、
 キャサリンの真剣な声。
 革袋を背負ったまま、鞭をしならせる。
 衝撃を受けた床に亀裂が走り、途端に砕けた。
 床の破片が中空に舞い、
 スーレンの視界を一瞬遮ったのが、
 スタートの合図となった。
 八又の鞭の先端全てがスーレンを襲う。
 敵に突き刺さった手応えがあったが、妙だ。
 肉に刺さる様な感触じゃない。
「氷の彫像!
 いつのまに変わり身を?」
「邪魔立てする者は、全て凍ってもらうわ。
 永遠にね。」
 魔法の詠唱がどこからか聞こえる。
 スーレンはキャサリンの武器を見て、
 魔法戦闘に切り替えたのだろう。
 だが、それは一分に満たない魔法戦闘であった。
 キャサリンがそれに合わせるかのように、
 風の精霊に呼びかけ魔法を詠唱する。
 そして次の瞬間、
 スーレンの魔法は消し去られた。
「・・・!」
 スーレンの声が出ない。
 キャサリンの沈黙の呪文が勝ったようだ。
 王宮魔法陣以外の人間にかなう者はいない
 とまで言われたキャサリンの精霊魔法。
 セレネ魔法学院をトップで卒業したその実力は、
 スーレンの魔法を遮る事が出来たようだ。
 こうなっては、肉弾戦に突入するしかない。
 スーレンが巨槍片手に現れるが、
 これをキャサリンは待っていた。
 いつの間にか、スーレンを取り囲む様に
 床に仮面と服が置いてある。
 そして、呪文を詠唱していたキャサリンもまた、
 同じ服を着、同じ仮面を被る。
 詠唱が終わると、ゆっくりと仮面と服が宙に浮いた。
 手袋もあった。
 手袋が、本物の手のように
 しなやかに五指が動く様は、
 一種、不気味この上ない。
 まるでキャサリンの写し身だ。
 服や手袋の中には
 風しか入っていないというのに。
 武器も八又の鞭に似せて作った
 レプリカを持たせている。
 四方八方から一斉に攻撃が始まった。
 キャサリン本人を殺せば済むのだが、
 酒場内がある程度暗いせいか
 見分けるのは困難だ。
 一瞬の間隙に、
 スーレンの槍が偽物に突き刺さるが、
 中身が風しかない以上、倒れることなく
 反撃の鞭がうなるだけであった。
 本物が判別出来ない。
 出来ぬまま、攻撃が魔神のごとき勢いで続く。
 今度は、偽物の武器を破壊してみた。
 が、だめだ。
 鞭自体が八又になっている以上、
 一本を壊してもまだ七本も残っている。
 このままでは、ロクな反撃も出来ずに死ぬだけだ。
 そう悟ったスーレンは、
 わざと擦り傷を受ける事にした。
 本人は武術にも優れていたこともあって、
 紙一重でかわす事は可能であった。
 が、攻撃にわずかしか手が及ばない以上、
 本物の武器がどれかを
 肌で確認するしかなかったのだ。
 本物を見極め、本体を確実に突く。
 その手は理想に違いないが、
 傷つくことを承知の上でやるなんて
 狂気の沙汰だ。
 スーレンの体がフラついてきた。
 キャサリンが勝利を確信した刹那、
 スーレンの目がカッと見開かれた。
「もらった!」
 巨槍の先端がキャサリンめがけ急襲する。
 キャサリンは間に合いそうにない。
 殺されると思った。
 が、その槍は突然背後から飛び出してきた
 魔獣の体を貫いた。
「ケルベロス!」
 キャサリンが叫ぶ。
 そしてそれは、己の精神集中を
 途切れさせる結果となった。
 巨槍の先端が魔獣の体を突き抜け、
 キャサリンをも刺した。
 しかし、深くは刺せない。
 キャサリンは崩れ落ち、
 宙に浮いていた仮面や服も
 主に続いて床に沈んだ。
 スーレンが安堵したその時を、
 貫かれた魔獣は見逃さなかった。
 口から、咆哮と共に炎のブレスを吐き出した。
 魔界の炎だ。
 スーレンの氷でも、
 これは抵抗しきれない。
「キャアアアアア!」
 スーレンは絶命した。
 ブレス(吐息)は、
 主にドラゴンが得意とする、
 完全抵抗が不可能な必殺の攻撃だ。
 種類も数多くあり、
 炎や氷はもちろん、雷や毒、
 中には強酸を吐くモンスターもいる。
 この魔獣ケルベロスは、
 炎を吐くタイプであった。
 スーレンは氷の属性の魔力を有していたから、
 少々の抵抗は出来た。
 が、満身創痍の状態で喰らっては、
 即死は免れなかったのだ。
 魔獣ケルベロスも、その咆哮を最後に
 巨槍を貫かれたまま地に伏した。
 キャサリンもまた、
 胸元から血を流しながら横たわっていた。
 酒場の床は、少しずつ
 真紅の絨毯をまといはじめていた。

 家では老婆ベレッタが倒れていた。
「まさかケルベロスが刺されるとはね。
 どうにか倒したようだが、
 本命の敵はアニスに任せるしかないか。」
 ケイトの使い魔の声は、
 家族全員に聞こえたはずだ。
 おそらくはヴェスターも向かっただろう。
 そしてドールも。
 ベレッタは、
 よっこらせと声に出して起きあがり、
 懐にあったカードで占いを始めた。
 こんなときにと思う人もいるかもしれないが、
 こんな時だからこそのベレッタの占いなのだ。
 そしてその結果は、
「なんだいこれは?
 破壊神が二人に、剣士が二人?
 まさか、あの剣術を身に付けた
 三人目がいるというのかい!?」
 破壊神二人の存在など、
 この事に比べればどうでもいいと言うのか、
 ベレッタよ。
 レクスタン剣術とは、いったい何なのか?
 何故、そこまで恐れるのか?
 ベレッタは、ため息をつくと、
 ただ一言こう言った。
「破壊神も終わったね。」

 アニスが酒場に辿り着いた時は、
 既に血の海であった。
 だが、それでもこの魔女は
「あらあら、随分派手にやられたわねぇ。」
 心配の念は無きに等しい。
 アニスは、フェニックスの羽を原料に作った
 特殊な粉末状の薬品を、
 キャサリンと魔獣に降り注いだ。
 濃い霧の様に視界が遮られる。
 そして、
「・・・母さん?」
 キャサリンと魔獣は息を吹き返した。
 上位神聖魔法に匹敵する効果を、
 この魔女は薬品一つで決めてしまう。
 錬金術は奥が深い。
「体力まで回復したわけじゃなくてよ。
 外で待ってなさい。」
「母さん、でも裏結界器が・・・!」
 キャサリンの母アニスは、
 心配無用とでも言いたげに、
 手を振って応えながら地下へと降りていった。
 そしてそこには、破壊神二人が、
 相手の出方を窺うかのように対峙して
 動かない状態でいた。
「ハァーイ、二人とも元気?」
 まるで、カウンターの奥から現れた
 飲み屋のママの声だ。
 一瞬、気が抜けそうになったフォルターだが、
 それはフリだ。
 わざとの行為にビルが必殺の一撃を屠る。
 フォルターは、それをレイピア一本で受けた。
 巨大な碇の襲撃を細身の剣一本で受ける力もまた、
 破壊神の力の一端であった。
 最高の好敵手を得たかのごとく、
 受けては返す好戦が続く。
「一言ぐらい声掛けてくれてもいいじゃない。
 ケチねぇ。」
 一人だけ場違いな魔女であった。
 アニスはこれを見計らい、
 二人が気付かぬのを承知で
 懐から小瓶を取り出し、
 栓を抜いて床に置いた。
 瓶からは煙のようなものが立ち込める。
 アニスの姿が見えなくなった。
 魔女は、自分の役目は終わったとでも言いたげに、
 入ってきた扉から地上へと出ていった。
「一番強烈なやつを余裕で解放出来るなんてね。
 楽なもんだわ。」
 遂にアニスの真価が発揮される。
「なんだ、これは!?」
 部屋の天井に雲が出来上がっていた。
 仕掛けた魔女は既にその場にはいない。
 煙が怪鳥の群れの形状をとった。
 こ奴らの目の辺りが真紅に光った。
 狙いはビルだ。
 突如、空襲が開始される。
「邪魔だぁ!」
 ビルが怒りの形相で碇を振り回した。
 しかし、煙で出来たモンスター相手に
 ダメージを与える事は出来なかった。
 それでも、煙の怪鳥はビルに
 ダメージを与える事が出来る。
 フォルターも攻撃の手を緩めない。
 ビルの傷の回復が遅い。
 ついに、回復能力を越えた
 ダメージが襲いかかっていた。
「お、おのれぇ!
 あの魔女め!」
 錬金術師アニスと戦闘した者が、
 必ず吐く台詞であった。
 破壊神も、魔女の企みには勝てないのか。
 ビルは、腰に付けていた小さな革袋から
 小瓶を取り出し、瞬時に床に叩き割った。
 こちらからも煙が現れ、
 怪鳥の群れを包み込んだ。
 そして、その隙に扉を開け、
 地上へと階段を走る。
「逃がさんぞ、ビル!」
 フォルターもそれに続いた。
 ビルは、あの煙の届かぬ範囲なら、
 またフォルターと互角に戦えると思ったのだろう。
 しかし、それは甘すぎた。
 ビルは煙の攻撃を何度も受けてしまっていた。
 それが、魔女の企み通りであったのだ。
 一度でも攻撃を受ければいい。
 その後の効果が、錬金術の真価なのだから。

 そして、当の魔女アニスといえば、
「さ、帰りましょ、キャサリン。」
 とっくの昔のお話である。
 アニスは余裕の表情で外に出ていた。
 それもそのはず、小瓶の蓋を開けて
 サヨナラしてきただけなのだから。
「もう帰ってきたの?」
「余裕だったわ。
 表通りの喫茶店で
 お茶でも飲んでいこうか。」
「う、うん・・・。」
 普段はホエホエのキャサリンも、
 母にはかなわないようであった。

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禁断の果実 第16話

2025-01-27 20:51:57 | 小説「魔術ファミリーシリーズ」ウェストブルッグ1<禁断の果実>完

 海の臭いのする酒場に2人は来た。
 酒場の扉を開くや、
 奇妙な殺され方をした死体が
 13、4体程床にあるのが目に入る。
「フォルター男爵の仕業か。
 しかも地下へ侵入したようだ。
 ギランめ、何をやってやがる。」
 2人のうちの1人が語った。
 その男の目線には、
 開きっぱなしの隠し扉がある。
 その男の手は、ひどく焼けただれていた。
 悲願成就の為とはいえ、
 ここまでしてするものだろうか。
 一歩間違えば死の麻薬を自らの手で作り出し、
 体内にそれを取り込み、挙げ句、
 その最終形態になる為に禁断の果実を食する。
 非常識極まりない行為だ。
 ビルは、強酸で焼けただれた手で、
 強酸に耐えた果実を喰らっていた。
 すると、焼けただれた手が
 みるみるうちに回復していく。
 途方もない力が漲ってくる。
 己を実験体とした結果は、
 成功のようであった。
「よし、意識もまともだ。
 この分なら力は制御出来そうだ。」
 誇らしげな口調で、
 完治した手を見つめながら語った。
「ビル様。
 我々3人にも是非、その力を。」
 隣にいた美女スーレンが口にした。
 兄のギランが黒球内に閉じこめられ、
 弟のベリスが火だるまになって死した
 ことを知らぬ故、3人と語る。
 シュレッター家で残っているのは
 もはやスーレンのみであった。
「残念だが、まだだ。
 最低でも本来の麻薬の効果の切れる24時間後でも、
 この力を麻薬無しで維持出来るかが分かるまではな。
 俺が万が一にでも死した時は、
 お前が目的を達成しなくてはならん。
 2人同時に死ぬことだけは許されんのだ。」
「分かりました。」
 果実を食した者は、
 無敵の破壊神になるという話だったが、
 狂神とまではならないようだ。
 恐ろしい程の冷静ぶりだ。
「旧工場と倉庫の方はどうしますか?」
「役立たずの部下もろとも、
 護衛団とやらにくれてやるさ。」
「イヴは?」
「種の奪取に一役かってもらったが、
 もう用無しだ。
 殺しはしたことねえ筈だから、
 捕まったって禁固数年で終わりだろうよ。
 それよりも・・・。」
 ビルが隠し扉に目を向けた。
 スーレンもそれに続く。
「行きますか。」
「ああ、決着をつけるとしよう。
 スーレンはここで、
 俺の用事が終わるまで見張っていてくれ。」
 そう言って、
 壁に掛かっている巨大な碇を手に取った。
 なんとそれを片手で悠々と扱う。
 破壊神の力の一端を見せつけるかのように。
「分かりました。
 この場はお任せ下さい。」
 ビルは開かれた隠し扉から中に入り、
 その扉を閉めていった。
 地下奥のどこかで、黒猫が一声鳴いていた。
 その黒猫の鳴き声は、
 身近にいるフォルターには聞こえなかった。
 主のいる家族の者どもにしか聞こえない、
 特殊な魔声であった。
 今そこに、
 ケイトの妹キャサリンが走ってきている。

「・・・フレイア?」
 ケイトの目覚めは、
 黒猫フレイアの魔声が聞こえてきたせいだ。
 あの子が呼んでいる。
 場所は、ロード・ストリート通りの裏ね。
 そう思っている矢先、部屋のドアが開いた。
「調子はどうだい?」
 目の前には、祖母ベレッタがいた。
 心配そうに・・・と言うよりは、
 やっと目覚めたかいとでも言いたそうな声色だ。
「長く寝てた?」
「長いって言や長いね。
 キャサリンとアニスはもう出ていったよ。」
「母さんも?」
「ああ、やたらと自信満々にね。
 ありゃ何か布石を打っていた感じがするよ。」
 ケイトはすぐに感づいた。
 あの時の強酸の霧にちがいない。
 強酸だけでは済まないのが、
 母の強力な錬金術だ。
 ケイトはベッドから出、
 棚にある魔法瓶を一つ手にした。
 それを見たベレッタがギョッとする。
「あんたもキャサリンと同じで、
 とんでもない物持って行こうとするよねぇ。」
「何持っていったの?」
「裏結界器と、愛用の武器に合わせて
 同じ仮面を数枚と同じ服を数着ね。」
 今度はケイトがギョッとする番だ。
「裏結界器もだけど、
 武器と仮面と服って、勘弁してよ!
 あたしの出番無くす気?」
 出番ときたもんだ。
 ベレッタが深くため息をつく。
「まだ戦う気かい?」
「負けてばかりじゃ、性に合わないのよ。」
 ベッドから起きあがって身なりを整える。
 冗談じゃないわよ!
 まだ後半戦が残ってるわ!
「だけど、ケルベロスも行ったよ。
 間に合わないんじゃないかい。」
 とどめの一撃がベレッタの口から出た。
 ケイトが真紅のマントをひるがえす。
「なんで、あの子は皆に聞こえるように
 魔声なんか発するのよ、もう!」
 緊急事態だからに決まっているが、
 今のご主人にそんな理解力は無きに等しい。
 あいつめぇ~、帰ってきたらお仕置きだ!

 クシュッ!
「?」
 黒猫フレイアがくしゃみをした。
「使い魔のくしゃみか。
 噂でもされたかな。」
 フォルターが、新品の調合機械を
 全て壊し終えた後の台詞であった。
 こんな辺鄙な路地裏の酒場が
 本拠地だったとはな。
 それも、盗賊ギルドだったところを
 乗っ取ったようだ。
「好き放題に暴れてくれたようだな。」
「久しぶりだな、ビル。」
 黒猫フレイアの魔声など間に合う筈もない。
 助っ人を少しも待つことなく、
 フォルターは破壊神となったビルを
 相手にすることになった。
 が、それでも恐怖の念は微塵にも感じられない。
 フォルターは、
 細身の剣レイピアをスラリと抜いて構えた。
「今の俺と本気でやる気か?」
「好き勝手に暴れたのは
 私だけではあるまい、ビルよ。」
 この台詞が言い終えたのと同時に、
 ビルが巨大な錨を片手に猛然と突進してきた!
「死んでもらうぞ、フォルター!」
 碇とレイピアが交錯する。
 激しい斬れ音が聞こえたかと思うと、
 フォルターの左肩が裂け血飛沫が舞った。
 対してビルは、胸元の服が紙一重で薄く斬れたのみだ。
 その胸元にある、あるものがチラリと目に入った。
 アレだ。
 フォルターがうずくまり、
 ビルには見えぬ様にクスリを飲み込む。
「どうした、もう終わりか?」
 向き直ったフォルターは、
 どこか覚悟を決めたかのような表情が見えた。
「このまま終わるわけにいかぬ。」
 鬼気迫る声にも、ビルは決して動じない。
「終わりにしてやろう。」
 ビルがゆっくりと歩き出した。
 部屋のランプでできるビルの影が、
 次第に斜めに大きくなっていく。
 この瞬間を見逃さない猫がいた。
 気配を殺して背後に回り、
 なんとビルの影の中へと入っていく。
 フォルターが目をむいた。
 あの猫は、何をするつもりなのだ。
 ビルが、そのフォルターの表情に気付き、
 足元を見た。
 が、特に何も変わったところはない。
 黒猫フレイアは、
 既にビルの影と同化していた。
 気を取り直し、
 フォルターへと碇を向けた。
 フォルターもそれに合わせ、身構える。
 二度目の瞬間の交錯。
 フォルターの胸元から激しく血飛沫が舞い、
 ビルは・・・。
「な、ない!?」
 胸元の服が裂けただけのビルであったが、
 驚愕の表情が露わになった。
 どこかで果実を喰らう音がした。
 ビルが震える。
 無敵の破壊神となった筈のビルが、
 新たな神に対する恐怖を正面から受けていた。
「き、貴様・・・麻薬を持っていたのか!」
 見よ。フォルターの左肩、
 そして胸元の大きな傷跡が
 みるみるうちに回復していくではないか!
「終わるのは貴様の方だ、ビル。」
 こちらの破壊神の声も、
 ひどく落ち着いたものであった。
 破壊神が2人、ここに対峙する。

 奥へとたどり着いたはいいが、
 ここはダミーだったのか。
 錬金術を行っていた筈の設備は、
 ろくに清潔にしておらず荒れ果てていた。
 これでは壊滅する以前の問題である。
 わずかではあるが、埃がつもりはじめていた。
「・・・あてが外れたようだな。」
 漆黒の鎧に身をまとったアガンが、
 静かに語った。
 残念がっているのだろうが、
 この男の口調に変化を感じないのは、
 いつものことだ。
「ですが、イヴさんがこちらに
 いらっしゃるのは確かです。」
 側にいた人形娘ドールが凛として語った。
 先程までアガンに抱きかかえられていたが、
 今は既に地に降り立っている。
「ここいらは、
 従業員宿泊用の小部屋が並んでいるのか。
 ここをしらみつぶしに探していくしかないな。」
 アガンがドールと並んで歩いていたが、
 何かに気付いたのか、
 ドールがピタリと歩みを止める。
「どうした?」
「羽音が聞こえてきます。」
 漆黒の伝書鳩が一羽、
 ドールの元へとたどり着いた。
 これで、全ての伝書鳩が役目を終えたことになる。
 ドールは、文を広げて読んだ。
「ケイト様が・・・!」
「ケイト殿がどうしたというのだ?」
「スーレンと名乗る敵に倒されたそうです。
 貴方の仲間であるテリスさんは、ビルによって。」
 その言葉を耳にしても、
 アガンの表情は変わらない。
「殺されてはいないのだな?」
「はい。」
「では、イヴを素早く捜索し、
 早急に戻るとしよう。」
「分かりました。」
 どっちもかなり冷静である。
 そしていきなり、
 ドールが話題を変えてきた。
「イヴさんは、何者なのでしょうか?
 見たところ、シーフ関係だと思うのですが。」
「その通りだ。
 シーフギルドの幹部で、
 二つ名が“魔鍵のイヴ”。」
「魔鍵のイヴ?」
 部屋をひとつひとつ
 丹念に調べながらの会話である。
「あらゆるものに鍵を掛け、
 また、あらゆるものの鍵を外す
 ユニークスキルを得ているそうだ。
 それで、そんな名らしい。」
「盗賊ギルドには最適の存在ですね。」
「だろうな。
 だが、それ故に
 敵も内から外から多かったようだ。
 それで王国内全ての盗賊ギルドから
 狙われるのを覚悟で、管
 轄外地域にあたるフォルター家へ赴き、
 種を盗み、ビルの元へと身を寄せたようだ。
 ビルといつ知り合ったのかまでは、知らんがな。」
 盗賊ギルドは、大概ひとつの国に4つ程あり、
 それらがそれぞれ盗みを行えるナワバリを
 確保しているのが通例だ。
 ここの王国も例外ではないのだが、
 王国外となると、どこのギルドが盗みをしても
 管轄外扱いされ、同僚から尋問され、
 最後に殺されるのがオチである。
 だが、イヴはビルには内密に、
 種を消去するつもりでいる。
 辺りに命を狙われながら。
 最後の部屋の扉にきたが、
 普通の鍵で掛けられ、ドアが開かない。
 ドールが魔法でドアを開けようとしたその時、
 逆に扉の方が勢いよく開き、
 美女の罵声が飛んだ。
「何考えてんの!?
 あたしに鍵を掛けても
 無駄なことぐらい知ってんでしょ!」
「たった今、お知りになりました。」
 イヴが硬直した。
 よりによって、何故、依頼元の人形娘が
 アガンと同行しているの?
 後ろからは、遅れてアリサとルクターも
 現れてきたじゃない!
 イヴは、観念したように部屋に戻るや、
 ソファーにゆっくりと腰を下ろした。
 この面子では、間違っても逃走は不可能だ。
「2、3、聞きたいことがある」
 アガンは、イヴの諦めモードなどどこ吹く風。
 マイペースで淡々と口にする。
「答えられる範囲ならね。」
 4人は、イヴを取り囲むようにして並んだ。
「まず一つ目は、何故ビルに隠れてまで
 種を壊そうとしたのか。」
「破壊神になろうとしているビルを
 力ずくで止める為よ。」
「破壊神?」
「錬金術で作成した特殊な薬を飲み、
 果実を食することで
 無敵の破壊神になれるそうなの。
 ビルはそれを実行して、
 戦闘力の高い国を
 徹底的に破壊するつもりなのよ。」
「何故、戦闘力の高い、なのだ?」
 イヴは、一呼吸おいた。
 そして、ビルから聞かされた過去を
 ゆっくりと話し始めた。
「ビルが住んでいた村は、
 一種独特な宗教を信仰していた村だったの。
 死体に魂を呼び戻し、
 死者の声を聞かせるという・・・。」
「ズンビー、ゾンビ、
 またはブゥードゥーと呼ばれる、
 死を司る宗教ですね。」
 人形娘が口を挟んだ。
「そう、それよ。
 ビルのカーター家では、
 死体を意のままに動かす為の、
 死体奴隷薬をその宗教の信者に
 提供していたそうよ。
 数分しか持たないんだけど、
 死んだ親族が蘇るようで、
 夢を与える薬だと呼ぶ人もいたわ。」
「その話なら私も聞いたことがあるわ。
 でも確かその薬は・・・。」
 アリサの声に、イヴが頷く。
「廃止されたわ。
 その薬を悪用した者たちのせいでね。
 中でも酷かったのは、
 振られた恋人を殺した後でその薬を使い、
 死姦するというものだった。
 それが国にばれたせいで、
 その薬を作っていたビルの両親は死刑、
 宗教は村もろとも壊滅したわ。
 一面、焼け野原にされてね。」
「ビルは、その村の
 生き残りだったんですか・・・。」
 ルクターが重く口にした。
「そうよ。
 国から邪教集団とみなされた村は、
 壊滅を目的とした総攻撃をかけられ、
 反撃もなく滅んだの。
 だからビルは・・・。」
「破壊神となって復讐を果たす、か。
 確かにその当時幼かったビルに罪は無いだろう。
 だが、国としては、如何なる理由があれ、
 死体を弄ぶ薬を尊ぶ村の存在を
 許せなかったのだろうな。」
「でも、子供たちまで殺すことはなかったはずよ!」
「その国とは、ここなのですか?」
「いいえ。」
「でしたら、ビルのしていることは、
 その村を滅ぼした国の行いと、
 なんら変わりないですよ。
 罪のない人たちまで殺すつもりですか?」
「私もそう思う。
 だから私は種を壊したかったのよ。」
 一時、無音が支配した。
 だが、今はひとときの休息も許されない。
「二つ目だ。ビルはどこにいる?」
「・・・私のことは聞かないの?」
「ビルに近い境遇を得た者。」
 アガンの声に、
 イヴが全てを見透かされた気がした。
「村か町、国から見放された者たちの
 集まりだったのだろう。
 お前も、シュレッター家の三人も。」
「そうよ。でも、私はまだ良い方よ。
 自分から国を出て自由になった身だからね。
 でも、シュレッター家は違う。
 異人を根っから嫌う
 エルフの村で生まれ育った、
 真の疎外を受けた者たちよ。
 想いはビルと同じと見ていいわ。」
 この後に続けるかのように、
 人形娘が淡々と口にした。
「長身痩躯の美人で、
 耳のとがった種族エルフは、
 突然変異で生まれた子を
 親も嫌うと言いますが、
 彼らは親からも疎外されてきたんですね。」
「そう・・・そして彼らは、
 嫌われた元である類い希な魔力を以て、
 自らの生まれた村全土を凍結させて
 滅ぼしたと聞くわ。」
 アガンがその声に背を向け、扉を開けた。
「だからと言って、
 他の国々を滅ぼしていい理由にはならん。
 先程の問いに答えろ。
 ビルはどこにいる?」
 イヴは、すがる気持ちで
 アガンの背中をみつめた。
 もう、ビルの謀略を食い止めることが出来るのは、
 おそらく彼しかいないからだ。
「ロード・ストリートの裏通りにある
 古い酒場“セイル”よ。
 お願い、頼める義理じゃないけど、
 ビルを止めて!」
 アガンがゆっくりと歩き出す。
「私の黒き甲冑と剣にかけて、
 必ずや食い止めてみせる。」
 他の3人も続こうとした時、
「私だけでいい。」
 アガンは背を向けたまま、同行を拒否した。
「何故!?」
「レクスタン剣術の破壊の凄まじさは、
 ここに入る時に見せた筈だ。
 巻き添えを気にしながらでは、
 真の力を発揮できん。」
 アガンの台詞に3人とも納得したようだ。
 しかし、それでも人形娘は歩き出す。
「ドール殿?」
「同行するわけではありません。
 もう一人のレクスタン剣術の使い手にお声掛けし、
 貴方に同行してもらうつもりです。」
「それは心強いが、どなたなのだ?」
 人形娘は、さも当然のように語った。
「我が家の主、ヴェスター様です。」

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禁断の果実 第15話

2025-01-26 17:41:25 | 小説「魔術ファミリーシリーズ」ウェストブルッグ1<禁断の果実>完

「小っちゃい男が死んだわ。」
 ケイトがボソリと呟いた。
 屋外用の木製のテーブルと椅子を用意し、
 禁断の果実の木の下で2人でお茶会していた・・・
 もとい、果実の木を守っていた中、気付いた声である。
「どういうこと?」
「ベリスって呼ばれていた男に、
 魔法で時限爆弾を体内にセットしておいたの。
 今頃は炭と化しているはずよ。」
 テリスの額に冷や汗が流れた。
「いつの間に?」
「あたしが魔界の炎で編んだネット・ウィップを使った時よ。
 あいつ、やけに暑がっていたでしょ。
 その炎の網を丸めて塊にしたやつを、
 魔法でタイマーセットして
 体内に爆弾として埋め込んでおいたの。
 ま、辺りから見れば、赤い網がただ消えただけ
 にしか見えなかっただろうけどね。」
 淡々と語るケイトに、
 テリスが恐怖と納得の表情を見せた。
「だからあの時、わざと逃がしたのね。」
「おかげで場所も把握できたわ。」
 ウェストブルッグ家の長女の魔法は、
 敵に対しては常に死の宣告となる。
 不気味な話のはずむ中、
 人の気配が多くなりはじめた。
 敵意はなさそうだが、
 この家に向かってやってきているのは確かだ。
「何人かしら?
 随分と多そうね。」
「おそらく、
 4、50人程ではないかと思うけど。」
 木には、花の咲いたところに
 実が生りはじめていた。
 朱色の果実だ。
「まさか、その人たちって、
 この果実を狙ってるの?」
 その台詞と共に、家の門が弾け飛んだ。
「スーレン!」
 テリスが叫んだ名の主は、
 巨槍を片手に猛然と突進してきた。
 だが、2人にではなく、木にだ。
 その背後からも
 大勢の人数が押し寄せてきている。
 スーレンはともかく、
 他の彼等の目は尋常じゃない。
 唯一の救いは、
 木の背後が家という事であった。
 偶然の結果ではあったが、
 これで四方八方から攻撃を受けることはない。
 しかし、刃の弾ける音と共に
 スーレンの前に立ちはだかったのはテリスだった。
 これでテリスはもう身動きがとれない。
 言うなれば、残りの50人程は
 全てケイトが防がねばならないのだ。
「テリス!」
「私は大丈夫です!
 ケイトさん、気を付けて!
 彼等は・・・!」
「そう、麻薬の中毒者共よ。」
 スーレンが冷たい瞳でテリスの後に続けた。
「もう、彼等には果実を食するという
 欲望しか脳にないのよ。
 その為ならあらゆる手段をつくすでしょうね。」
 ケイトは、それでも不敵な笑みをスーレンに見せた。
「ウェストブルッグ家を
 甘くみない方がいいわよ。」
 ところどころで、果実の木の葉が
 パチパチと音を立てて燃え出した。
 炎の色が黒い。
「魔界の炎か!
 しかし、それでは果実は燃えないわよ。」
「果実を燃やすのが目的じゃないわ。
 この炎、ただの魔界の炎じゃないわよ。」
 麻薬中毒者が木の傍まで来たが、
 ケイトは見向きもしない。
 その者が果実に触れる前に、
 辺りを包み込みはじめた魔界の炎が
 その者の体に触れた。
 恐怖はそこから始まった。
 辺りに居た者共が、
 皆、途端に燃え出したのだ。
 恐るべきは、まだ木に到達していない者共まで
 黒い炎に包み込まれている点であった。
 人間の肉の焼ける臭いが鼻にくる。
 約50人の人間焼肉が出来上がっていく様は、
 一種の地獄絵図だ。
 モンスターとの戦闘には慣れている筈のテリスが、
 たまらず吐き気をもよおしていた。
 それを見ていたスーレンまでもが目を伏せる。
 ケイトの使用した魔界の炎は、
 最初に燃えた人間を対象にして、
 即座に麻薬の成分を検出し、
 同じ麻薬を所有している身近な者全てに対して
 炎を転移させたのである。
 通称リンクと呼ばれる解魔術の一種だ。
 たとえ離れた場所にいても、
 敵を一瞬にして殲滅させるには
 最も効果的な方法であった。
 ケイトには、魔法を詠唱することなく
 様々な炎を操れるという特殊な
 ユニークスキルを得ている。
 更には高位な解魔術も行使できる。
 その力の一端がこれなのだ。
 だが、この様をケイトは残酷とは思わないのか。
 非情だとは感じないのか。
 家の裏手で、巨大な扉が開くような音がした。
 地獄の門が開いたかのような不気味な音に、
 天が唸りを上げた。
 暗雲が立ちこめてくる。
「次はあなたが死ぬ番よ。」
 ケイトがテリスを退けさせ、スーレンと対峙した。
 テリスは動けなかった。
 恐怖していた。
 スーレンにではない。
 ケイトに、だ。
 テリスはもはや硬直していても問題ないかに見えた。
 が、後から現れた者の存在は、
 テリスの闘気を再び起こすに充分であった。
「ビル・・・!」
 ビルは辺りの焼死体を見渡し、
 スーレンの様子を遠くで目で伺う。
「スーレンはここの家の主と対戦中か。」
 ビルがゆっくりと歩み寄っていく。
「どけ、テリス。
 一応は元同士であった者を殺す気は無い。」
 ケイトの実力を見たばかりか、
 ビルの台詞がとても優しく感じられたテリスであった。
 だが、それでもこの者は我が主を汚した裏切り者なのだ。
 テリスは、2本のクリスナイフを両手に構え、
 ビルとの間合いを測って距離を取った。
 幻術師特有の構え“幻舞”が始まったことに、
 ビルは気付いていない。
「俺と殺り合う気か。」
 ニヤリと笑い、舌舐めずりをした時、
 やけに大きな舌舐めずりをする音がした。
 ズベリ、ズベリ。
 妙に耳にくる痛々しい音だ。
 テリスがビルめがけて突進した。
 ビルも、ダガーを両手に応戦する。
 ギィイン
 刃の弾ける音が、また耳に痛く響いた。
 まさか、これは・・・。
 ビルが何かに気付いた時、
 それは既に遅かった時であった。
 耳の次は目だ。
 テリスのナイフを持つ腕が、
 4本ほど多く見える。
 テリスの攻撃が次第に激しくなってきた。
 計10本の腕を相手に、
 いつの間にかビルは防戦一方になっていた。
 そして、もう一つ気付いた。
 こんなにテリスと間近にいるのに、
 テリスの香水の香りが全くしない。
 辺りに焼死体が山とあるのに、
 焦げ臭いこともない。
 ビルは今、聴覚、視覚、嗅覚が犯されていた。
 これが、テリスの得意とする
 殺人幻舞スティーラーである。
 敵全ての5感を奪い、
 容易くナイフで殺していくこの術は、
 多対一の対戦に最も効果を発揮するのだ。
 テリスの殺人幻術は、
 ビルの5感を徐々に奪っている。
 残りの2感が奪われるのも、
 もはや時間の問題であった。
 たまらずビルは、
 薬液の入った小瓶を放った。
 それは一瞬にしてテリスの刃によって砕け、
 中の液が飛散する。
「しまった!」
 毒液なの?と思う間もなく、
 テリスは即倒して昏睡状態となっていた。
 テリスの幻術がこれで解かれた。
「ふう、手間かけさせやがる。」
 錬金術にて調合した強力な睡眠薬は、
 一発で形成逆転させていた。
 彼もまた、テリスと同様フォルター男爵の
 側近の一人であったのだ。
 その、1つの薬品で状況を一転させた力は、
 やはり並ではない。
 一方のケイトと言えば、
 魔界の炎が次々と消化されていた。
 ケイトが魔界の炎を扱うなら、
 スーレンは魔界の氷を扱う。
 加えて巨槍の手練に対して
 細身の剣レイピアでは、分が悪すぎた。
 ケイトの炎にスーレンの氷が溶かせればいいのだが、
 奇しくも魔力の強さは同等であった。
 もしケイトの魔力が上なら、
 炎は消えはしない。
 もし、スーレンの魔力が上なら、
 炎は消えずに凍るだろう。
 ケイトにとっては久々の強敵相手故か、
 ビルの行動を抑えられない。
 ビルは少しずつ歩き、果実に近付いていく。
 しかしここで、木の幹がビュルンと唸り、
 ビルの体を締め付けはじめた。
「キャサリン!」
 ケイトの妹キャサリンが、
 家の裏口から現れた。
 家の裏手にはキャサリンの仮説研究所がある。
 ・・・そういえばさっき、
 聞こえてた門を開いた音は、まさか・・・。
 キャサリンの頭上を、
 漆黒の伝書鳩が3羽、
 それぞれが目的の地へと羽撃いた。
 そしてキャサリンの背後からやってきたのは・・・。
「まさか・・・。」
 ビルが目を剥いた。
 黒と茶の剛毛に体を包んだ
 巨大な獅子の頭は3つあった。
 牙をガチガチとならし、舌舐めずりをし、
 獲物を欲する涎がしたたっていた。
 真紅の瞳が、ビルを睨み付けている。
「ケルベロスか!」
 地獄の番犬、夜の魔獣と名高いこの猛獣は、
 獣魔術師でもない限り使役することは無理だ。
 キャサリンの力ではない。
 だがビルは、この美少女が操っているように
 しか見えないだろう。
 ビルは、ダガーで締め付けていた幹を斬り、
 とりあえずの自由を得るや、
 今度は粉末状の薬品を取り出して
 辺りの焼死体に撒いた。
 黒焦げの死体がムクリと起き上がる。
 次々と起き上がる様は不気味この上ない。
 起き上がった時、
 指がボロボロ落ちていった者がいる。
 右の眼球がこぼれ落ちた者もいる。
 それらは、明らかにキャサリンと魔獣に近寄っていた。
 時間を稼ぐのは十秒程でよかった。
 ビルが木に近付く。
 キャサリンとケルベロスは50体もの生ける屍を相手に、
 他には手がだせなくなっていた。
 しかし、
「ギャアアア!」
 ビルが痛みを堪えきれずに叫んだ。
 霧だ。
 禁断の果実の木を、
 薄い膜で包み込むかのように霧がガードしている。
 しかもただの霧ではない。
 強い酸性の霧だ。
「それ以上、
 私の可愛い娘を苛めると許しませんわよ。」
 薬局の悪女が、
 いつの間にか玄関先に立っていた。
「貴様も錬金術師か。」
 ビルの右手が焼けただれている。
 骨が見える程溶けてはいないが、
 よく発狂しないものだ。
 普通の人間なら、
 自分の手の肉が溶けていくのを
 目の当たりにした時点で気絶するだろうに。
「カーター家に伝わる死体奴隷薬ですわね。」
「ふん。我が家の秘薬を知っていたか。」
 悪女がニヤリと笑った。
「ええ。
 カーター家は私の実家の下っ端ですから、
 全て熟知していますわ。」
「下っ端?
 全て熟知しているだと?」
 悪女が、右手の中指を立てて
 クイクイとゼスチャーした。
 ケイトよりも数段挑発的な態度は、
 さすがその母親である。
 しかし、それでもビルはあえて無視し、
 なんと驚くべきことに焼けた右手を
 霧の中へと突っ込んだのである。
「ウオオオオ!」
 気合いによる声か、
 痛みによる声か分からぬ叫びを上げ、
 ビルはついに果実を手にした。
「しまった!」
 ケイトが叫ぶ。
 しかし、スーレンから離れられぬ今、
 自分には成す術がない。
「スーレン、退け!」
 氷の魔女が身を引いた。
 ケイトの体は凍傷にかかったように冷たくなっており、
 間隙を突くのは不可能であった。
「あ、あたしが、あんな雑魚相手に・・・。」
 冷えきった体についに耐えきれず、
 ケイトがドサリと倒れ込む。
 気を失う間際、最後に耳にしたのは、
「お姉ちゃん!」
 と叫ぶ妹の声であった。

 それから少し後、
「・・・遅かったようだね。」
 老婆ベレッタが現れた。
 辺りには、アニスしかいない。
 アニスは、ベレッタに一部始終を語って聞かせた後、
「ケイトは体が冷えきってますから、
 部屋を暖めて寝かせてますわ。」
 と、ケイトの状況を最後に言った。
 ビルがもぎ取った後の残りの果実は、
 全てアニスがもぎ取っていた。
「キャサリンは?」
「研究所に入ったきり、出てきませんが・・・。」
 ベレッタの顔色が青ざめた。
「まさか!」
 母と祖母の二人が研究所内を見れば、
 そこは既に蛻の殻であった。
 誰もいない。
 魔獣は檻の中に戻っていた。
 そんなことよりも重要なのは、
「あの魔法道具が無くなっている・・・。」
 ベレッタは、何に恐怖し、怯えている。
「何が無くなったというんですの?」
「キャサリンが開発した結界器が無い。」
 結界器とは、大切なものを守るべく
 囲いを作る為の道具である。
 守りの要でこそあれ、
 攻撃の補助には間違ってもなりえない。
「結界器なら、
 別に慌てる程のものじゃないのでは?」
「キャサリンの持ち出したのは、
 裏結界器と呼ばれる物。
 その役目は結界器とは
 全く逆の効果を成すんだよ。」
「全く逆ってまさか!」
 アニスまでもが青ざめた。
 使い方によっては、
 一区域の街を破滅しかねないからだ。
 ベレッタは、魔獣ケルベロスに命令する。
「キャサリンの後をお追い、ガードしておやり。
 敵は全て殺すんだ。
 いいね。」
 魔獣を操る獣魔術を使役していたのは、
 ベレッタであった。
 おそらくは、今朝の大凶の占いの後、
 魔獣に何か命令していたのかもしれない。
 ケルベロスは、フウウウと軽く声を上げるや、
 体を小さな子犬へと変化させた。
 これなら町中を駆け巡っても
 特に違和感はないだろう。
 子犬が走り去った後、
 アニスは果実を元にワクチン調合に取り掛かった。
 それは、薬局内の特殊な薬が無くなったからということで、
 そちらを先に作った後の仕事となっていた。
 実は、アニスの元に病院側から患者が
 間もなく奇病に冒され死んでしまうので、
 大至急薬を作ってくれとの話があったのだ。
 アニスは
「いいですよ。」
 と即答して薬品を作ってしまったのである。
 アニスは忘れたのだろうか。
 フォルター男爵と雄羊の契約を交わしていた事を。
 無論、忘れてはいない。
 それでもアニスが平気で契約を破ったのは何故だろうか。
 フォルター男爵は知らなかったのだ。
 アニスが、恐るべき錬金術師である事を。
 そして、悪女である事を。

 黒い伝書鳩の一羽が、
 一人の男の元へと着いた。
「あ、家の伝書鳩ですか。」
 お気楽な台詞と共に、
 足首に結ばれた紙を解く。
 真っ白い、何も書かれていない紙であった。
 が、この男が手にした瞬間、
 文字がみるみるうちに浮かび上がり、
 自宅での一部始終を知らせていた。
 男は、自分の殺した死体を3体程重ねて
 椅子代わりに座って読んだ。
 お気楽な男の顔色が軽く曇る。
「スーレン?
 まさか、あのスーレン・シュレッター
 だとしたら厄介ですね。」
 独り言を呟いているや、
 地下に降りていたセイクレッドが姿を見せた。
「あ、どうでした?」
「黒だ。
 錬金術で何やら薬品を大量に製造した痕跡がある、
 巨大なドラム缶がいくつもあった。
 あと、簡単な薬品の類いを一品、
 テーブルの上で調合したような跡もな。」
「跡ってことは・・・。」
「この場所は既に捨てられていたんだよ。
 俺等が殺した役立たずの部下共は、
 目くらましの為に残していたんだろうな。」
 ヴェスターは、珍しく不快な表情を見せた。
「それはおかしいですね。
 麻薬は常時売れる筈ですから、
 工場を放棄する事は普通ありえませんよ。」
「だが、今まで使っていたと思われる
 容器類等は全て壊されていた。
 すると、本拠地を移したか。」
 ヴェスターが歩き出した。
「何処へ行く?」
「一端家に帰ります。
 何かあったら連絡下さい。」
 セイクレッドの脳裏に、
 彼等の家の危機の予言が浮かんだ。
「分かった。
 この場はとりあえず部下に占拠させる。
 俺は本部に戻るから、
 そっちも何かあったら即知らせろ。
 いいな。」
 ヴェスターは手を軽く振って応え、
 その場を去っていった。
 後、セイクレッドもその場を離れ、
 本部へと急いだ。
「後は、旧貿易倉庫か。」
 そこに、ウェストブルッグ家の
 人形娘が出向いていることなど、
 全く予測のつかないセイクレッドであった。

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