君が教えてくれたこと …   

不思議の世界のモモさんとの 楽しくも悪戦苦闘な日々
… と藤井風を語るブログ

例の保育園の話のつづき

2007年01月31日 | 日記 

その後、発達センターに勤める知人からの情報によると、
指導や相談の要請は、保護者や園からの直接の要請でなければ
受けることが出来ないということでした。
学校への対応もそういうことになっているので、たぶん
そうではないかなと思ってはいましたが、うーんそっかー(=_=)。

センター内でも、地域園の加配の先生が直接相談する場所とか、
そういうものが必要ではないかという意見はあるらしいのですが、
園を通していないと別のトラブルに発展する可能性があるのが
一番のネックのようです。

でも、そういうトラブルを案じて直接的な介入はできないとしても、
孤立している加配の先生たちの相談場所はどうにか確保
できないものかなぁと思います。相談の内容によっては、
相談してきた加配の先生へのアドバイスだけで解決できる
こともあるかもしれないし、センター内にそういう情報が
入るだけで、当然要注意の目が向くようになるでしょうし、
訓練や診察の時に、それとなく様子をうかがったり、
話しをする「可能性」が生まれますよね。

今回の件はもう時期的に卒園まであと2ヶ月足らずという
こともあり、保育園側としては、今さらゴタゴタしたくない
というのもあるでしょうから、このまま自然消滅して
しまうことでしょう。本当は何も解決していないのにな。


あれ?

2007年01月30日 | 日記 

そーいや、このところ筋肉痛ないじゃん(・∀・)!
一応まじめに週2~3日通ってますよん。
体調の変化はというと … めちゃくちゃお腹減りますヾ(>。<、) 。
当然食べます。大量に。 で、体重は( ̄∀ ̄;) !? …
変わってな~い ε=( ̄ω ̄;)ほっ。
ピラティスはだんだんきついメニューが増えてきましたが、
汗かいて気持ちいいっす!
ヨガもポーズの種類が増えてきて面白いのですが、
柔軟性が無いのがかなり辛いです。先生のように
きれいなポーズを決めたいぞ~(T-T)。


国際シンポ

2007年01月29日 | 日記 

今回行われた公開国際シンポジウムの目的は、
障がいのある方の地域生活を支えるため、
特に、当事者の権利を尊重したサービスを行うために、
本人の真の気持ちを引き出す工夫や、本人・家族への
情報伝達のあり方を検討することでした。

そこで参考例として紹介されたのが、アメリカ
カリフォルニア州の、障害者に対する本人中心の支援システム、
援助付生活(SLS)と、個別支援計画(IPP)です。

SLSは、日本でいうグループホームとは全く異なります。
自分で自分の生活のあり方を決められるという権利を尊重し、
本人の希望に沿った具体的な目標と、必要なサービス提供の
計画を立て、その支援をうけながら、社会で自立した生活を
送るというもの。 これらの過程で機能しているのがIPPです。

カリフォルニアでのこのシステムのキーワードは、
・自己選択
・自己決定
・権利の尊重 

自分で選べる、決めることが出来るという権利を
与えられることで満足感が得られ、将来への希望がもてたり、
生活への意欲が生まれ、様々な問題が解決されてもいます。

簡単な説明ではありますが、ざっとここまで読んでみると、
自己選択・自己決定はいいけど、意思の疎通が困難な
重度の障害者には反映できないんじゃないかという
疑問がでてくることでしょう。 そこが、日本とアメリカの
大きな違いなんだなぁと、今回一番考えさせられた部分でした。
考え方や理想は日本もアメリカも同じなのですが、
それに向き合う意欲や姿勢、徹底性が全く違う。
日本は、最初から「無理」と決め付けそこから全く前に進まない。
けれど、アメリカではあらゆる方向からアプローチを試み
少しでも本人の真の気持ちを引き出せるよう工夫を重ねています。
その部分の機能を果たしているのが、IPP(個別支援計画)
なわけですが、IPPについてもう少し詳しく紹介します。

IPPは、個人と支援機関との合意文書となります。
IPPには、その人の目標や希望及び、サービスと支援の内容が
書かれており、支援機関はその人を助けて目標を達成できるように
します。 IPPの内容を決定する際には、本人、家族、
本人を知っていて大切に思っている人、本人が希望し必要とする
サービスを確保するという約束ができる人(サービスコーディネーター)
などが集まって会議が開かれ、合意がなされます。
合意した内容は、本人が理解できる形でIPPに書かれます。
会議の際に、必要な情報を本人に伝達する際も、当然本人が
理解できるような方法を用いますし、本人の本当の気持ちを
引き出すために、観察や様々なアプローチを試みながら
慎重にIPPの作成は進められます。

これらのことがスムーズに行われるためには、当然それにかかる
費用が大きな問題となってくるわけですが、カリフォルニア州の場合、
州全体の予算が厳しくても、SLSのための予算は守られている
とのことでした。 家賃の高騰の方が大きな問題のようです。
自立支援法で福祉のお粗末さを証明してしまっている
日本に比べ、カリフォルニアの夢のような支援体制は、
うらやましくてため息ばかりでてしまいます。

このすばらしいシステムの確立にアメリカは17年の
歳月を要したそうで、それを聞くとまたため息。
しかし、理想形(SLSやIPP)が成功例として機能している
というのを知ることが出来たのは大きな希望であり、私たちには
そのお手本があるわけで、日本の社会や習慣に合うようアレンジ
しながらうまく取り入れる努力をすれば、もっと短い期間で、
より理想の形で彼らが社会で自立した生活をおくることが
できるようになるであろうと期待してやみません。

追記
今回のシンポジウムでキーワードとなった、
「自己選択・自己決定・権利の尊重」 … これらの言葉を聞いて、
パッと思い出すのはハルヤンネさんです。彼女は随分前から
自閉症児の支援の際の大切な要素としてこれらのことを掲げており、
私もそれにとても共感し実践していたので、今回の事例が、
その部分を大事にして成功したシステムであることが
とてもうれしく思いました。 やっぱ彼女ってただものじゃない。


お勉強してきます

2007年01月28日 | 日記 

豊田市福祉事業団 2006年度公開国際シンポジウム
『障がいのある方の地域生活支援を考える』

という催しに行ってまいります。

午前[特別講演]
『カリフォルニアにおける地域生活支援と本人中心のアプローチ』
ジュリア・モラン(米国カリフォルニア州発達障害局地域開発課長)
ニコール・パターソン(米国カリフォルニア州発達障害局当事者職員)

午後[シンポジウム]
『障害のある方の地域生活支援を、ご本人への分かりやすい伝達手段
と真の気持ちを引き出す工夫という視点から考える』
ジュリア・モラン(米国カリフォルニア州発達障害局地域開発課長)
ニコール・パターソン(米国カリフォルニア州発達障害局当事者職員)
シャーリーン・ジョーンズ(米国サポーテッドライフ研究所
企画・開発コーディネーター)
殿内 勝夫(むもん生活支援センター 生活支援ワーカー)
高橋 脩(豊田市福祉事業団副理事長、豊田市こども発達センター長)

という内容と豪華メンバー(?)で、更にオープンしたての
駅前キャッスルホテルが会場というのに、参加費無料!
ちなみにコーディネーターの高橋脩先生は、児童精神科医でもあり、
モモの主治医です。高橋先生が関わる講演会でハズレだったことは
今までないので期待してるんですが、海外の方の講演って、
やっぱ同時通訳で進められるんでしょうかね。
通訳の当たり外れの方が心配かも?


こっそり

2007年01月26日 | 日記 

朝から「参観日来ちゃダメだよ。」と釘を刺され、
悲しみに暮れる母…というのはウソです。
来るなと言われてもこっそり行きましたよ。
最初から行って、1日を全部台無しにしてしまう可能性を
考慮し、教室へは直行せず、まずは書初めを展示してある
ランチルームへ。
うーむ、モモのはどこじゃ?とさがしていると、
これまた上手な作品に囲まれて、ド太く目立つ文字発見。

正に"つよい力"で書かれております( ̄‥ ̄)=3 フン!
毛筆でも筆圧が強力ですな。
写真をパチリと1枚撮って、時間稼ぎにゆるゆると校内を歩き、
特学の教室にこっそりと近づいて行きました。
しばらく柱の影から隠れながら見学していましたが、
すぐにモモに発見され、「お母さんは、バイバイ」
とジェスチャーでしつこく帰れサインを送られましたが、
母は首を縦に振りつつ、粘る粘る。
休み時間になって、どんな反応を示すかビクビクしたけど、
「おかーさ~ん!」といって、笑顔で抱きついてくるし…?
何だったんでしょ? 司会をやるってことで
ちょっと恥ずかしかったのかな~?
ま、結果オーライでよかったっす。
見事な司会っぷりでしたよ( ̄∀ ̄v) 。



これも虐待?

2007年01月23日 | 日記 

モモが幼稚園でお世話になった加配の先生にランチに誘われ
久々に再会した。 ベテラン保育士でありながらも
勉強熱心でまじめな、私にとって尊敬すべき女性の一人である。
彼女は今も、別の保育園で加配として子どもたちの世話をして
いるのだが、担当している自閉のお子さんに対して、自分の経験を
活かすことができずにいるもどかしい胸のうちを明かした。

その子どもは、年長になってから急に状態が悪くなったという。
年度明けの環境の変化で一時的に不安定になっているのではと
思っていたが、その後も落ち着くどころか、悪くなるばかりで
結局そのまま年度末を迎えてしまいそうだとのこと。
多動が激しく、他害もひどい状態なのだが、親御さんは、
そんな園での様子を本当にわかっているのか、普通学級への
就学を強く希望しているらしい。

どうして状態が悪くなってしまったのか。 一般的には、
年齢が上がるにつれて、徐々にではあるが落ち着いてくる
ものだが、悪くなるということは、必ず原因があるはず。
大抵の場合、家庭環境に問題がある場合が多く、
この子どもの家庭でも、春から母親が仕事に出るように
なっていたり、保育園に任せっきりで、要望も苦情もなければ、
そんな子どもの状態についてじっくり話を聞こうともしない。
障害についての知識もほとんど無いようで、園での様子を伝えても
「大丈夫です。大きくなればだんだんできるようになりますから。」
の一点張りだという。子どもは毎朝、パニックの状態で
引きずられながら登園し、そのままの状態で引き渡され、
母親は慌てた様子で仕事へ向かう。 ここまで聞くと、
やっぱり家庭に問題ありだなと思ってしまうのだが、
悲劇的なことに、園側にも大きな問題があった。

問題の子どものクラス担任は、その子どもに対して
適切なかかわりが全くできていなかった。
「甘やかしてはダメだ。みんなと一緒に行動してもらわないと困る。
何度もやらせれば出来るようになる。」
長い経験からここは無理をさせてはいけないと機転を
利かせようとする加配の彼女に対し、担任はそう一喝し、
「余計な手出しをしないで欲しい。」 と強引なやり方を
通してしまうという。 子どもは常に担任に怒鳴られ、ビクビクし、
担任の顔を見ただけで泣くようになった。
自閉の子にこういうやり方がダメなのは、障害の知識のある人
ならよくわかっている。 適切な方法を助言しても担任は
聞く耳さえ持たない。 更に驚くのは、その状況がまずいと
思いながらも、保護者からの苦情がないからという理由で、
主任も園長も見て見ぬフリをし、全く改善の見通しがない
という危機的な園の体質だ。

園内の立場関係がどんな構造になっているのかはわからないが、
加配という立場の彼女の最大限の働きかけも限界のようである。
園で過ごしている間中、常に情緒不安定でいる子ども。
適切なかかわり方をわかっていながらそうすることを許されず、
とにかくその子どもがかわいそうでならないと彼女はもらした。
せめて、家庭で穏やかに過ごすことができていればいいのだが、
登園の様子を見る限り、不安の方が大きいという。母親と
担任とのコミュニケーションもほとんどないし、療育にも無関心。
発達センターで言語訓練を受けているらしいので、
当然主治医がついて定期的な診察も受けてはいるだろうが、
子どもの障害を受け入れることができないがために、
障害の詳しい情報を得るきっかけも意欲も逃している
という感じがする。

そんな話しを聞いている間は、こりゃ八方ふさがりで
どうしたものだろうと2人で頭を抱えてしまったのだが、
そういえば、発達センターで、福祉・教育関係者への支援として
幼・保育園への巡回相談や、専門的助言などを行っているではないか。
これはある意味、幼児虐待であり、虐待が疑われる場合、
児童相談所へ通報するのと同じように、第三者が専門機関に
適切な指導に入ってもらうよう要請することは可能なんじゃないか?

うーん、私がそこまでするのはやりすぎなんだろうか。
でもこのままじゃ、あの保育園は来年も変わらないだろうし、
また新たに犠牲になる子どもが出てくる可能性大だよね。


笑いのツボ

2007年01月23日 | 日記 

独り言と鼻歌が絶えないモモ。
夕べも「にこにこ、ワクワク~♪」と鼻歌を歌いながら
超ご機嫌で大好きなネプリーグを見ていたら、
突然ニヤっと笑い、
「にこにこ、ワッキーワッキー」と歌詞が変った。
そしたらもうゲラゲラゲラゲラ笑いが止まらない。
画面にはワッキー。あ、やっぱり?
お笑い芸人はツボのようです。
替え歌もブーム。自分で即興の替え歌を歌って
一人でゲラゲラ笑っています。幸せなやつだぁ。


夕方の風景

2007年01月22日 | 日記 

 野菜ジュース飲みながら大根をかじるモモの図

このあとまな板の上のブロッコリーも完食。
夕食が出来上がるまでに、おかずの材料が
どんどんなくなっていくのであった ( ̄∀ ̄;) !!!


まねる力

2007年01月22日 | 日記 

齋藤孝著 " 「できる人」はどこがちがうのか " より

うまい人のやることを見て、その技を盗む。
これが、上達の大原則である。
こんなことは当然だと思う人が多いかもしれない。
しかし、それを強い確信を持って自分の実践の中心に
置くことが出来ているかどうか。
それが勝負の分かれ目なのである。
学校教育をはじめ日本の教育の場の多くでは、
この<まねる(盗む)力>は、上達の論理の大原則として
明確に認知されてはいない。それどころか、日本の教育
においては、上達の普遍的な論理の技化ということ自体が
主題として認識されているとは言いがたい。

教育は、「学ぶ力」を育てることに本義がある。
したがって、「教える」があっても「学ぶ」がなければ、
それは教育とは呼べない。反対に、「教える」がなくとも
「学ぶ」が起こっていれば、それは立派な教育だと言える。
「教える――教えられる」という関係が教育の中心的な
考え方だと皆が捉えてしまえば、<まねる(盗む)力>は
当然育ちにくい。

<まねる(盗む)力>というベーシックな力がしっかり
身についていれば、およそどこの社会に行っても
何とか生きていける。また、この力が高ければ、当然上達も早い。
こうした力が学校教育で強調されないのは、不可思議である。

"まねる" はモモの主軸となる学習スタイル。
なかなかいい能力を持っているのかもしれない。
これを読んで、ちょっと励みになった。
私はいいお手本でいようと思う。


目は怒ってる?

2007年01月21日 | 日記 

NHKの "クインテット" という子ども番組で時々流れている
「目は怒ってる」 という歌に釘付けです(私が)。
こんな歌詞↓

「目は怒ってる」 作詞:下山啓/作曲:宮川彬良

目は怒ってる 目が怒ってる 目で怒ってる
ほらたいへんだ

口がすべって 鼻で笑って 耳にふたすりゃ
顔から火が出て おへそで茶をわかす

目は怒ってる ほら怒ってる
まだ怒ってる ほらたいへんだ

ひざが笑って 腰がくだけて 
ほっぺた落ちれば 肩で風きり
胸は踊るし 背中は泣き出し おへそで茶をわかす

目は怒ってる まだ怒ってる
ぜったい怒ってる どーもごめんなさい

この歌詞に合わせたアニメーションが流れるのですが、
慣用句を字義通り解釈してしまう自閉っ子の頭の中を
のぞいているようでかなり笑えます。



( ↑ 実際の映像の一部です)


気の早い話しですが

2007年01月21日 | 日記 

モモたち、来年の春の遠足で、愛・地球博記念公園にある
「サツキとメイの家」に行くらしいです。
いいなぁ~。万博開催中は、予約しても抽選になかなか
当たらず万博マニアでも入れなかった人が多かったとか。
今現在も予約システムになっているので、いくら近いといっても
面倒くさいなぁと思っていたのですが、サイトをよくみてみると、
予約で空きのできた日は当日受付をしているようで、
あら、それなら意外と簡単に入れるかも!
車で20分ほどだし、もしダメだったらモリコロパークで
遊んでくりゃいいもんね。今度考えてみよ。

サツキとメイの家HP


今日の1ページ

2007年01月21日 | 日記 

成功とは
① 自分の人生の目的を知り
… 一応意識している。
② 潜在能力を最大限に発揮するために成長し … 努力中。
③ 人のためになるような種をまくこと … これが課題だ。

もしかしてそれがキャラバン隊?
こういう本を読んだタイミングにキャラバン隊の話題。
しかもきのう、あいちキャラバン隊ネットワークの
第1回ミーティングが開催 されたとの情報も!
結構いい環境整ってるじゃん。
メンバー探さなくちゃね~。

いや、成功者を目指しているわけではないんですけどね。
というか、成功者というと、
ビル・ゲイツの富とか、アインシュタインの頭脳とか、
マイケル・ジョーダンの運動神経とか、
ウォルト・ディズニーの創造性などをイメージして
しまいますが、そういうのだけが成功ではなく、
この前、カンブリア宮殿で松井秀喜さんがいいこと
言っていましたが、
「(成功とは)本当に好きなものを見つけられた、
いい仕事に就けた、いい人に出会えたなど、
そういうことを自分自身で思えるかどうかだと思う」
つまり、自分が充実感を味わえているかどうかではないかと。
それを成功と言うなら、私も成功者になれる!

というわけで、この1ページをちょっと意識して
生活してみようと思います。