【マコプリケっ★】

元・スーパーモデルベヰビーで、現「3.3次元アヰドル」の【マコカミゾノ】を構築スル緻密な細胞の断片をアップリケっ☆xxx

【雨六5章5節「雨豪豪豪」っ★】

2005年05月05日 17時05分05秒 | Weblog
今日わ、
「2005年5月5日」と言う記念すべき瞬間(とき)でアルxxx

それわ、
千年に1度の「555」と言う記念すべき瞬間(とき)でアルxxx

そんな記念すべき日、記念すべき瞬間(とき)に、
先程の続きでアル、
「上園磨冬」の「ナゼ『映画』に、こだわり生きて行ってイルのか」の続きが、
先程「取れ立てホヤホヤ便」で届いたので、
御約束どおり、下記にに添付致しますですxxx

でわ、早速どおぞおおおxxx



++++++++++++++++++++++++++++++++



【雨豪豪豪】



僕は、生きる事総てを、
一生涯を『1本の映画』と捉えて生きて居るのですが、
そう決心した瞬間(とき)の事を、今回は詠わせて頂こうかと・・・

アレは確か、
5歳位の瞬間(とき)の事だったと想う・・・

僕の家は裕福では無く、
小さなアパート、
それも続き間の仕切りを外して、
10畳程の1K状態に、
家族4人で暮らして居ました・・・

灯りを消した瞬間(しゅんかん)は、
暗闇の為、
部屋の狭さを感じずに済むと想っては居たが、
現実は、そんなに甘いモノじゃ無かった・・・

灯りを消し、真っ暗闇の中で、
寝て居る瞬間(とき)ですら、
スグ隣に家族が居て、
其の部屋の狭さを感じる事は誤魔化せ無かった・・・

時折家族がトイレに立つ音、
枕元を歩く足音、
何もかも総てが、
其の部屋の狭さを感じさせ、
誤魔化す事など出来無かった・・・

『人生は、何て不公平なんだろう・・・
自分の部屋も無いし、
こんなウサギ小屋に家族4人だなんて・・・』

毎日が・・・『何で僕が・・・』
毎日が・・・『御金持ちに生まれたかった・・・』

そんなネガティブな思考をせざるを得無かった・・・

でも逆に、
其の事が、
僕を鬼才な奇才へと導いた・・・

『必ず世界中をアッと言わせてヤル・・・』
そして其の思考は、後に、
『革命家に成ってヤル・・・』そう思考する事と成った・・・

結果、瞬間(いま)この瞬間(しゅんかん)の、僕が在る・・・



話を元に戻そう・・・
裕福で無いが故に芽生えた、
いや、芽生えざるを得無かった鬼才的奇才・・・

僕の味方は『雨』だった・・・
雨の日、いつも何かがリセットされる気がしたから・・・

そして僕は、
雨から沢山の事を学んだ・・・



そんな中、裕福で無い僕にも、
特別な事は在った・・・

それは、とてつも無く『オシャレ』だった事・・・

母親が、とにかく『オシャレ』な人で、
いつも僕は、母親が編んだ、ニットの洋服を着て居た・・・

母は、思考した事がスグに形に成ら無いと我慢出来無い性分で、
いつも夜鍋しては、僕の洋服を編んで呉れて居た・・・

つまりは、
僕が寝る前には存在し無かった洋服が、
朝起きると、
僕の枕元に新しい洋服として完成されて居たと言う事で在る・・・

ヒドイ瞬間(とき)など、
毎日新しい洋服が・・・

一睡もせず、僕の為に・・・

でも、実の所、
それは裕福で無いが故の副産物なのかも知れ無い・・・

母親なりに、
我が家の経済状況により僕がミジメな想いをし無い様にと、
周りの誰よりも『オシャレ』にと・・・

しかも、ニットは、
何度でも、
ほどいては編み、
ほどいては編みを繰り返す事が出来る、生リアルな錬金術・・・

裕福で無くとも、
何着も何着も創る事が出来る・・・

いやはや、
『知恵』とは、こう言う事を指し示すので在ろう・・・

そして、どうやら僕の性分は、
完全に母親譲りの様だ・・・
頭の中に何かが浮かぶと、
絶対に形に成る迄、他の事は何一つ出来無いと言うスタイルは・・・



そんな僕は、
母親の影響も在り、
『オシャレ』と言うモノに過敏に成り、とてもマセタ子供で在った・・・

写真を撮れば、必ずポーズをキメテ居た・・・

『いつか、この写真を本にして売り出すんだ・・・』

そんな事、いつも考えながら・・・

『僕はアイドルに成るんだ・・・
人前に出て、何かをして、
それで生きて行き、世界中をアッと言わせてヤルんだ・・・』

そんな事を、いつも考えてた・・・



画家でも在った父親の影響で、
絵は、とても得意で、とても上手かった・・・
いつでもドコでも、
紙とペンを持って居た・・・
部屋の狭さも相まって、
そこいら中にペンと紙が在った・・・
いつだって手を伸ばせば、それ等を手にする事が出来た・・・

でも一番好きだったのは、
『ロウセキ』だった・・・

『黒いアスファルト』に、
『白いロウセキ』で自由に好き勝手描くのが好きだった・・・

僕の家は2階だったので、
上から其の出来上がった作品を観るのが好きだった・・・

でも、車が通ると少しずつ薄く成り、
やがては消えて行った・・・
でも、それは悲しくは無かった・・・
何故なら、未だ未だ描くモノはイッパイ頭の中に在ったし、
持続し無い美が、逆に儚くて好きだった・・・
それが道端に描くと言う事・・・
それが『ストリート』なんだと・・・

幾ら描いても大丈夫・・・
いつだって結局、
雨の日に、
雨がキレイに消して呉れて居たから・・・
何事も無かった様に、
キレイに・・・真っさらに・・・

でも、1つだけ残念に想って居た事が在った・・・
それは、
描いたモノが動か無い事・・・
描いたモノ自体が動いてもイイし、
描いて居る状況ごと誰かが撮影して呉れて、
其の行動総てが1つの作品に成れば、
もっとイイなと、何度も想った・・・



さて・・・
そろそろ本題に入ろうか・・・

僕が『映画』に、こだわり続け、
『映画人』として生きて行く事を決定付けた瞬間(とき)の事を、
そろそろ詠わせて頂こうか・・・



少し重複する事も在るが、話を少し前に戻そう・・・

僕の家は裕福で無く、
部屋が狭かった事は、既に詠わせて頂いた・・・
其の部屋が狭い事が災い、
いつもネガティブな思想を創んで居た事も詠った・・・
どんな事をしようとも、
それ等を誤魔化せ無かった事も詠った・・・

でも、
唯一、僕に光を与えた事は、未だ詠っては居無い・・・

其の光、
『闇の中の光』・・・
灯りを消して真っ暗闇にした瞬間(とき)にのみ、
観る事が出来た光・・・

それが『映画』だった・・・

タンスに白い布を張り付け、
自らの手で上映するロードショー・・・
それが『カセット8ムービー』だった・・・



プラスチックで出来た簡単なオモチャとしての『映写機』・・・
カセットを入れ、スイッチを入れ、レバーを回し、
カタカタとフィルムがコマ送りされる仕組みの『映写機』・・・

音はと言えば、
付属のソノシートをポータブル・プレイヤーで流すスタイル・・・

其の音に合わせて、
ロードショーは開催される・・・

前半1分、休憩1分、後半1分・・・

上映時間3分のロードショー・・・

でも、其の3分だけは、
裕福で無い事も、
部屋が狭い事も、
人生が不公平だと言う事も、
ネガティブな事、何もかもを吹き飛ばす事が出来た・・・

『僕の家には映画館が在る・・・
僕の家には僕専用の映画館が在る・・・
僕が好きな瞬間(とき)に、
僕が好きなだけ観られる映画館が在る・・・』

何回も、
何十回も、
何百回も・・・
擦り切れて壊れる迄、
何度も何度も、僕のロードショーは開演された・・・

幸い、
灯りを消すので真っ暗に成り、辺りが観え無く成る上に、
映画が壁に映るスペースと、
僕が一人座れるスペースさえ在れば良いのだから、
この瞬間(しゅんかん)だけは、広い部屋など必要無いと感じて居た・・・

結局の所、
1畳間で在っても、高層ビルに住んで居ても、
其の必要なスペースは同じだけでイイ・・・
だから、
この瞬間(しゅんかん)だけは、
広い部屋など必要無いと感じて居た・・・

結果、
ネガティブな思想なんて、ドコかに吹き飛ばされて居た・・・



『映画って、こんなにもスゴイんだ・・・』
『映画って、こんなにも影響力が在るんだ・・・』
『映画って何よりも、幸せな瞬間(とき)を運んで呉れるんだ・・・』

子供心に・・・『映画』と言う稲妻に、脳天を打たれた・・・



『僕も映画を創って、
ミンナに、こんな気分を与えて観たい・・・
いや、与えるんだ・・・僕が・・・映画を使って・・・』

『カセット8ムービー』で、
初めてロードショーした瞬間(とき)、
泣きながら、そう想った事、
今でも絶対に忘れる事、出来無い・・・

正直、
瞬間(いま)、この瞬間(しゅんかん)も、
恥ずかしいけど、
涙が止めど無く出て、止まら無い・・・

あの日、あの瞬間(しゅんかん)から、
僕は『映画人』の道を選んだ・・・
選んだんだ・・・『ショービズ』の道を・・・



『闇の中の光』・・・
それは『映画館にてスクリーンに映る映画の光』を指し示す・・・
が、しかし、
本当の意味での『闇の中の光』は、
ネガティブな思考と言う『闇』に、
『映画』の存在其のモノが、
『光』と成って現れた事を指し示すのだと想う・・・

僕の場合だけかも知れ無いが、
少なくとも、僕の場合は、そうだった・・・



あれから約30年・・・
僕は其の『映写機』を探して居た・・・

あれだけ大切にして居たのに、
いつ、ドコで、無くしてしまったのだろう・・・

人は大人に成るにつれ、
大切なモノや気持ちを無くしてしまう・・・
絶対に無くさ無いと誓った筈なのに・・・
大切に大切に、大切にして居た筈なのに・・・

何故・・・何故・・・



僕は、原点に帰る為に探した・・・
其の『映写機』を、探した・・・
でも、
其の商品名が解から無い・・・
何の手掛かりも・・・つかめ無い・・・

あれから約30年経った2005年の未だ春来ぬ冬・・・
僕は、この3年間様様なトラブルに巻き込まれ、
とてつも無く長く深い闇の中に居た・・・
『何もかも投げ出して全く違う道を歩む』と、只一言言えば、
其の闇の中から簡単に抜け出す事は出来たと想う・・・

でも、僕は『映画人』として生きる事を、放棄出来無かった・・・

大人に成るにつれ、
沢山の大切なモノや気持ちを無くしてしまって居た。
絶対に無くさ無いと誓った筈なのに、
大切に大切に、大切にして居た筈なのに、
沢山の大切なモノや気持ちを無くしてしまって居た。
でも、
唯一『映画人』として生きて行く事だけは無くして居無かった・・・

『コレだけは、
絶対に無くす事、出来無い・・・』

それだけを頼りに、
闇の中を歩き続けた・・・
いつか、其の闇の扉を開ける瞬間(とき)が来ると信じて・・・



そして2005年の未だ春来ぬ冬・・・
ふと気付いた・・・
『闇の扉』を開けるには、其の『鍵』が必要なんだと・・・
そして其の『鍵』こそが・・・『カセット8ムービー』なんだと・・・

『カセット8ムービー』を手に入れれば、
この闇から出られると闇雲に感じ、何の疑いも無く、只それを信じた・・・

余りにも近過ぎて・・・気付か無かったのだ・・・



『原点回帰』・・・それは『胎内回帰』・・・
新しく創まれ変わる瞬間(とき)・・・
創まれ変わりの瞬間(とき)・・・

足早に聴こえて来る・・・そんな音色(ねいろ)・・・



何故解かったのか想い出せ無いが、
2005年の未だ春来ぬ冬、
其の『映写機』が、
『カセット8ムービー』と言う商品名だと言う事が、
ようやくと解かった・・・

そして、其の『カセット8ムービー』を試行錯誤の上、
見事、この手にする事が出来た・・・

不完全な状態のモノを6箇所から手繰り寄せ、
『箱』『電球』『カセット』『映写機本体』『説明書』『ソノシート』と、
6種総てを完全に揃える事が出来た・・・

気が付けば、
『闇の中の光』が、そこに観え、
完全に創まれ変わるマグマの音色(おんしょく)が聴こえて来た・・・



本日、
「2005年5月5日」・・・
千年に一度の「555」と言う記念すべき貴重な貴重な瞬間(とき)・・・

瞬間(いま)、この瞬間(しゅんかん)の瞬間(とき)・・・
僕の眼(め)の前には『カセット8ムービー』が在る・・・
コレで、いつだって・・・原点に戻る事が出来る・・・
いや、いつだって原点のままで居られる・・・
つまりは、
『零(ゼロ)』で居られる・・・

『僕は・・・ようやくと・・・零(ゼロ)を手に入れたんだ・・・』



『零(ゼロ)』・・・それは『雨』と『令(れい)』から成り立つ・・・
『零(ゼロ)』・・・それは『雨の指令』・・・

僕は雨には忠誠を誓って生きて来た・・・
だから『雨の指令』は絶対で、
『雨の指令』には逆らわ無い・・・

きっと又、
『雨の指令』は、僕に試練を与えて来るだろう・・・
でも『映画人』として僕を継続出来るなら、それは乗り越えて行こう・・・
『雨』は、いつだって僕に厳しい・・・
でも、僕は知って居る・・・
雨はいつだって・・・いつだって『僕の味方』だって事を・・・

『僕は奇麗事が嫌いだ・・・それは其の存在自体が汚いから・・・』
コレも雨が其の昔に・・・僕に教えて呉れた・・・大切な言葉・・・



あっ、そう言えば、
『カセット8ムービー』でのロードショー、
雨の日に観るのが、とてつも無く好きだったなあ・・・
何故だか良く・・・解かん無いけど・・・・・・・・・・・・



2006年6月6日・・・僕の人生のタクラミが開幕される・・・
『映画人』『ショービズ』として・・・
『コンクリート・ヒッピー』としての『上園磨冬』の・・・正式な開幕が・・・
闇の時代の開幕と共に・・・ドラキュラの時代の開幕と共に・・・
2012年12月12日迄の・・・
6年と6ヶ月と6日後の閉幕の瞬間(とき)迄・・・・・・・・・」
                      


2005年5月5日 (雨六5章5節より抜粋)



++++++++++++++++++++++++++++++++



ヒトにわ、それぞれ何かしらの歴史って言うか、
「キッカケ」ってモノがアルってこったあなあxxx
今回わ余計な事わ詠わずで、終了致しますですxxx

「磨冬パ」よxxx 貴重な詩(うた)を、ありがとおxxx



+++++++++++++ from マコ555 +++++++++++++

【カセット8ムービーっ★】+磨冬パ登場&磨冬的決意表明っ★xxx

2005年05月05日 15時15分15秒 | Weblog
今日は「2005年5月5日」で「555」と言う、
1000年に1度のスッゴイ記念日と言う事で、
特別ゲストの登場なのだっ☆xxx

ま、タイトルでバレてるだろけど、一応紹介しとくなっ☆xxx

おいっ☆!!!xxx コッチコイやあっ☆xxx



「御早う・・・
上園磨冬です・・・
今日は特別ゲストと言う事で、
ココに招かれたので、
僕が何故『映画』に、
こだわり生きて行って居るのかを、
簡単に詠いたいと想います・・・」




そんな感ぢで、今回のゲストわ「磨冬パ」xxx
「磨冬パ」わ、
「ヒッピー」で、
「ポエトリー・リーダー」で、
「哲学者」で、
「映画人」なのですが、
細かい事わマコが言うのも何なんで、勝手に詠って頂くとしませうよっ☆xxx

でわ、
アトわ、
ヨロシクメニっ☆xxx



+++++++++++++++++++++++++++++++++++




「再び・・・磨冬です・・・

僕は、生きる事総てを、
一生涯を『1本の映画』と捉えて生きて居るのですが、
そう決心した瞬間(とき)の事を、今回は詠わせて頂こうかと・・・

アレは確か、
5歳位の瞬間(とき)の事だったと想う・・・

僕の家は裕福では無く、
小さなアパート、
それも続き間の仕切りを外して、
10畳程の1K状態に、
家族4人で暮らして居ました・・・

灯りを消した瞬間(しゅんかん)は、
暗闇の為、
部屋の狭さを感じずに済むと想っては居たが、
現実は、そんなに甘いモノじゃ無かった・・・

灯りを消し、真っ暗闇の中で、
寝て居る瞬間(とき)ですら、
スグ隣に家族が居て、
其の部屋の狭さを感じる事は誤魔化せ無かった・・・

時折家族がトイレに立つ音、
枕元を歩く足音、
何もかも総てが、
其の部屋の狭さを感じさせ、
誤魔化す事など出来無かった・・・

『人生は、何て不公平なんだろう・・・
自分の部屋も無いし、
こんなウサギ小屋に家族4人だなんて・・・』

毎日が・・・『何で僕が・・・』
毎日が・・・『御金持ちに生まれたかった・・・』

そんなネガティブな思考をせざるを得無かった・・・

でも逆に、
其の事が、
僕を鬼才な奇才へと導いた・・・

『必ず世界中をアッと言わせてヤル・・・』
そして其の思考は、後に、
『革命家に成ってヤル・・・』そう思考する事と成った・・・

結果、瞬間(いま)この瞬間(しゅんかん)の、僕が在る・・・



話を元に戻そう・・・
裕福で無いが故に芽生えた、
いや、芽生えざる得無かった鬼才的奇才・・・

僕の味方は『雨』だった・・・
雨の日、いつも何かがリセットされる気がしたから・・・

そして、
雨から沢山の事を学んだ・・・



裕福で無い僕にも、
特別な事は在った・・・

それは、とてつも無く『オシャレ』だった事・・・

母親が、とにかく『オシャレ』な人で、
いつも僕は、母親が編んだ、ニットの洋服を着て居た・・・

母は、思考した事がスグに形に成ら無いと我慢出来無い性分で、
いつも夜鍋しては、僕の洋服を編んで呉れて居た・・・

つまりは、
僕が寝る前には存在し無かった洋服が、
朝起きると、
僕の枕元に新しい洋服として完成されて居たと言う事で在る・・・

ヒドイ瞬間(とき)など、
毎日新しい洋服が・・・

一睡もせず、僕の為に・・・

でも、実の所、
それは裕福で無いが故の副産物・・・

母親なりに、
我が家の経済状況により僕がミジメな想いをし無い様にと、
周りの誰よりも『オシャレ』にと・・・

しかも、ニットは、
何度でも、
ほどいては編み、
ほどいては編みを繰り返す事が出来る、生リアルな錬金術・・・

裕福で無くとも、
何着も何着も創る事が出来る・・・

いやはや、
『知恵』とは、こう言う事を指し示すので在ろう・・・

そして、どうやら僕の性分は、
完全に母親譲りの様だ・・・
頭の中に何かが浮かぶと、
絶対に形に成る迄、他の事は何一つ出来無いと言うスタイルは・・・



そんな僕は、
母親の影響も在り、
『オシャレ』と言うモノに過敏に成り、とてもマセタ子供で在った・・・

写真を撮れば、必ずポーズをキメテ居た・・・

『いつか、この写真を本にして売り出すんだ・・・』

そんな事、いつも考えながら・・・

『僕はアイドルに成るんだ・・・
人前に出て、何かをして、
それで生きて行き、世界中をアッと言わせてヤルんだ・・・』

そんな事を、いつも考えてた・・・



画家で在る父親の影響で、
絵は、とても得意で、とても上手かった・・・
いつでもドコでも、
紙とペンを持って居た・・・
部屋の狭さも相まって、
そこいら中にペンと紙が在った・・・
いつだって手を伸ばせば、それ等を手にする事が出来た・・・

でも一番好きだったのは、
『ロウセキ』だった・・・

『黒いアスファルト』に、
『白いロウセキ』で自由に好き勝手描くのが好きだった・・・

僕の家は2階だったので、
上から其の出来上がった作品を観るのが好きだった・・・

でも、車が通ると少しずつ薄く成り、
やがては消えて行った・・・
でも、それは悲しくは無かった・・・
何故なら、未だ未だ描くモノはイッパイ頭の中に在ったし、
持続し無い美が、逆に儚くて好きだった・・・
それが道端に描くと言う事・・・
それが『ストリート』なんだと・・・

幾ら描いても大丈夫・・・
いつだって結局、
雨の日に、
雨がキレイに消して呉れて居たから・・・
何事も無かった様に、
キレイに・・・真っさらに・・・

でも、1つだけ残念に想って居た事が在った・・・
それは、
描いたモノが動か無い事・・・
描いたモノ自体が動いてもイイし、
描いて居る状況ごと誰かが撮影して呉れて、
其の行動総てが1つの作品に成れば、
もっとイイなと、何度も想った・・・



さて・・・
そろそろ本題に入ろうか・・・

僕が『映画』に、こだわり続け、
『映画人』として生きて行く事を決定付けた瞬間(とき)の事を、
そろそろ詠わせて頂こうか・・・



少し重複する事も在るが、話を少し前に戻そう・・・

僕の家は裕福で無く、
部屋が狭かった事は、既に詠わせて頂いた・・・
其の部屋が狭い事が災い、
いつもネガティブな思想を創んで居た事も詠った・・・
どんな事をしようとも、
それ等を誤魔化せ無かった事も詠った・・・

でも、
唯一、僕に光を与えた事は、未だ詠っては居無い・・・

其の光、
『闇の中の光』・・・
灯りを消して真っ暗闇にした瞬間(とき)にのみ、
観る事が出来た光・・・

それが『映画』だった・・・

タンスに白い布を張り付け、
自らの手で上映するロードショー・・・
それが『カセット8ムービー』だった・・・」

                      
2005年5月5日 (雨六5章5節より抜粋)

続きわ、2005年5月5日の2発目の「マコプリケっ★」にてっ☆xxx
         


+++from上園磨冬DOL+++カセット8ムービー from『みうの宝箱』++++++