拙作集

自作の物語をアップしました。つたない話ですが、よろしくお付き合い下さい。ご感想などいただければ幸いです。

もう妖精は要らない(7)

2010年02月23日 21時17分41秒 | Weblog
7 ありがたくない予言

 ドアを開けると、部屋には冷気が満ちていた。エアコンが暖かい空気を吐き出すまでの時間がもどかしい。早紀は外したピアスを入れようと、洋ダンスの上のジュエリーボックスに手を伸ばした。

「うっ!」
 その瞬間、左腰から背中にかけて、感電でもしたかのような激しい痛みが走った。早紀は小さな悲鳴を上げて宝石箱を取り落とし、左腰に手をあてたまま、その場にしゃがみこんだ。木製の箱は運良くクッションの上に落ちたが、はずみで蓋が開き、中の小物が付近に飛び散った。同時に、箱に付いたオルゴールが鳴り出した。

「何、すんのよ!まったく、びっくりするでしょ!」
 尖った声に顔を上げると、フレミーがクッションの横に尻餅をついて座り込んでいた。化粧の途中だったらしく、派手な口紅が唇から大きくはみ出している。
「何、その顔?ご自慢のルージュが台無しじゃない」
 早紀は自分の痛みも忘れて笑った。
「うるさいわね、自分で落っことしておいてよく言うわよ。まったく、もっと大事に扱ってほしいもんだわ」
 フレミーは小さな手鏡を覗き込んで、はみ出た口紅を拭った。
「ごめんなさい。落とすつもりはなかったのよ。手を伸ばしたら、急に痛みが走って」
「例の古傷がうずいたってわけ?この寒空の下、頼まれて墓参りなんて物好きなことをするからよ」
「そうね、でも悪いことばかりじゃなかったわ」
「どうせあなたの『よかった』はたいしたことじゃないんでしょ?雲の切れ間から日が差していたとか?」
「それでも、そう思えること自体がいいんじゃないの」

 今日は不思議とフレミーの悪態を受け流すことができた。見知らぬ亡くなった人と向き合い、穏やかな時間を過ごしたせいだろうか?妙子先生には、こちらの方がお礼を言わないといけないのかもしれない。
「珍しく能天気なあなたを見てると、ちょっとムカつくわね。まあ、いいわ。いいことを教えてあげる」
 フレミーはすっと立ち上がると、けばけばしいワンピースのすそを直した。安いキャバクラのホステスは、きっとこんな服装をしているのかもしれないと思った。
「週明けにはもっといいことがあるわ、胸弾むような。でも、それだけじゃ済まない。とてもじゃないけど、そんなのんきな顔はしてられないわよ」
「どういうこと?」
「急変だの、悪化だの、いつも以上に大変なことが続くかも。あなたの大切な患者さんのお体にも、よくよく気を使ってあげることね」
「それは妙子先生のことを言ってるの?」
 顔色を変えてたずねる早紀をあざ笑うかのように、フレミーはその場で小さくジャンプすると消え失せた。気がつくとオルゴールの音は止まっていた。

(そんなに急を要する容態ではないはずだけど)
 せっかく上向いた気持ちに暗雲が立ち込めるのを苦々しく感じながら、早紀は冷たい部屋に一人、立ち尽くしていた。


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