12 父の心配、娘の事情
「もしもし」
最初に電話に出たのは祖母だった。その声を聞くと、心がなごむ気がした。
「あ、私、早紀」
「久しぶりだねぇ、元気にしてるかい?病院は忙しい?」
「うん、でも大丈夫。ばあちゃんも元気そうだね」
「今年は天気がおかしくて。りんごの出来が今ひとつだって、峯男がこぼしてるわ」
耳に押し当てた携帯を通して、父を下の名前で呼ぶ祖母の声が届いてきた。いくつになっても息子は息子、そう言っていた祖母の言葉を、早紀は懐かしく思い出していた。しばらくの沈黙の後、受話器はその息子に渡された。
「おう、どうした?忙しいか?」
相変わらず愛想がない父の声を聞いて、早紀は不義理を謝った。
「ごめんね、収穫の手伝いにも行けなくて。私は元気だから、安心して」
「そうか。秋には俊幸が来て手伝ってくれたし、こっちは心配ねえ。ばあちゃんも元気だ」
「うん、そうだね、さっき話した」
もう続ける話題がない。短い沈黙を重く感じだした時、無口な父親が口を開いた。
「この間、同級会があった」
「うん」
「仲ノ内の菅山って、わかるか?」
「菅山敬愛病院の?」
「ああ、あいつに会った。医大に残ってたけど、こっちに帰って来て、今は院長をしてる」
「そうなの。あそこはベッド数も多いし、大きな病院だものね」
「看護のスタッフが足りないって、こぼしてた」
「地方はどこもそうなのね。よく聞くよ、そんな話」
「お前のこと、呼び戻せって。あいつ、酔うとしつこくて参った…」
無骨な父がなぜ苦手な世間話を仕掛けてきたのか、早紀にもようやくわかった。
(私を心配に思ってのことね…)
ありがたいのは確かだが、すぐに、じゃあそうする、というわけにもいかない。父もそのことはよく承知しているはずだ。
「父さん、ありがとう。でも、今の職場を投げ出すわけにもいかないし。お正月はわからないけど、またきっと帰るから」
「この間、死んだ母さんと話した」
「え?」
「夢に出てきて。お前が身体を壊すって心配してた。だから、まあ、気を付けろ」
「私、本当に大丈夫だから。また母さんと会ったら、そう伝えておいて。父さんも身体には気を付けてね。近くにいられなくてごめん」
「気にするな。母さんには、お前のこと、心配ないって言っておく」
「うん。帰るときは連絡するね。じゃあ、また」
携帯を切った後の沈黙は、いつもより重たく感じられてならなかった。
「もしもし」
最初に電話に出たのは祖母だった。その声を聞くと、心がなごむ気がした。
「あ、私、早紀」
「久しぶりだねぇ、元気にしてるかい?病院は忙しい?」
「うん、でも大丈夫。ばあちゃんも元気そうだね」
「今年は天気がおかしくて。りんごの出来が今ひとつだって、峯男がこぼしてるわ」
耳に押し当てた携帯を通して、父を下の名前で呼ぶ祖母の声が届いてきた。いくつになっても息子は息子、そう言っていた祖母の言葉を、早紀は懐かしく思い出していた。しばらくの沈黙の後、受話器はその息子に渡された。
「おう、どうした?忙しいか?」
相変わらず愛想がない父の声を聞いて、早紀は不義理を謝った。
「ごめんね、収穫の手伝いにも行けなくて。私は元気だから、安心して」
「そうか。秋には俊幸が来て手伝ってくれたし、こっちは心配ねえ。ばあちゃんも元気だ」
「うん、そうだね、さっき話した」
もう続ける話題がない。短い沈黙を重く感じだした時、無口な父親が口を開いた。
「この間、同級会があった」
「うん」
「仲ノ内の菅山って、わかるか?」
「菅山敬愛病院の?」
「ああ、あいつに会った。医大に残ってたけど、こっちに帰って来て、今は院長をしてる」
「そうなの。あそこはベッド数も多いし、大きな病院だものね」
「看護のスタッフが足りないって、こぼしてた」
「地方はどこもそうなのね。よく聞くよ、そんな話」
「お前のこと、呼び戻せって。あいつ、酔うとしつこくて参った…」
無骨な父がなぜ苦手な世間話を仕掛けてきたのか、早紀にもようやくわかった。
(私を心配に思ってのことね…)
ありがたいのは確かだが、すぐに、じゃあそうする、というわけにもいかない。父もそのことはよく承知しているはずだ。
「父さん、ありがとう。でも、今の職場を投げ出すわけにもいかないし。お正月はわからないけど、またきっと帰るから」
「この間、死んだ母さんと話した」
「え?」
「夢に出てきて。お前が身体を壊すって心配してた。だから、まあ、気を付けろ」
「私、本当に大丈夫だから。また母さんと会ったら、そう伝えておいて。父さんも身体には気を付けてね。近くにいられなくてごめん」
「気にするな。母さんには、お前のこと、心配ないって言っておく」
「うん。帰るときは連絡するね。じゃあ、また」
携帯を切った後の沈黙は、いつもより重たく感じられてならなかった。
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