京都三大奇祭の一つである「やすらい祭」において「玄武やすらい祭」としてお祭りを守り続ける玄武神社では、玉垣の外にある花壇でアガパンサスが咲いていました。
このアガパンサスという名前は、ギリシア語で愛という意味を持つ「agape(アガペー)」と花を表す「anthos(アントス、アンサス)」が合わさったものであり、つまりは「愛の花」という意味の名前を持つ植物です。
名前の由来は、虹の女神イリスにまつわるギリシア神話にあると伝えられています。ゼウスの妻ヘラの有能な侍女であったイリスが、ゼウスの求愛に困り果ててヘラに相談し、自分自身をどこか遠くに行かせてくださいとお願いすると、ヘラはイリスの願いを聞き入れて彼女に神酒をふりかけたところイリスはたちまち虹となって自由に遠くへ行くことができるようになり、その虹から滴り落ちた神酒からアガパンサスが生まれたという言い伝えです。ただしこの神話は現在、アヤメの由来として有名です。この神話があちこちに語り継がれるうちに本来アガパンサスだったのがアヤメに入れ替わった、あるいは最初からアヤメだったと諸説あるようです。
ところで、この「アガペー」を日本語では単純に「愛」と訳しますが、実際どのような意味を持つ「愛」だったのでしょうか。古代ギリシアには「アガペー」の他に3つの愛の概念がありました。そして、愛の内容により以下の4つの概念に分けて表現していたそうです。
・エロス
・フィリア
・アガペー
・ストルゲー
まず、一番最初に挙げた「エロス」は男女間の《恋愛》を表す愛です。そして、2つ目の「フィリア」は友人間の《友愛》を表す愛です。
これら2つの愛は恋人と友人といった対象の違いはありますが、自分から外の世界に対して新しいつながりを求める愛という概念だそうです。
対して「アガペー」と「ストルゲー」は、双方とも元々は親子関係や兄弟関係といった血縁関係の《家族愛》を表し、この世に生まれてすでに存在するつながりを重視した愛の概念だということです。
しかし、時代が変わり古代ローマの支配下でキリスト教が浸透していくにつれ「アガペー」は慈悲深い神の《無償の愛》という意味に変わっていったそうです。先述のギリシア神話がアガパンサスの名前の由来だとすると、ヘラのイリスに対する家族同様の愛によってイリスは虹の女神になり、その虹から生まれたのがアガパンサスなら、まさに「アガペー」から生まれた花と言えるのではないでしょうか。
ところで、アガパンサスの花言葉にもこの「アガペー」の影響があるのかなと思って調べてみると、一番よく紹介されていたのが「恋の訪れ」「ラブレター」「恋の季節」などで、これらはどちらかというとエロスの愛のような気がしますし、名前の由来からだとゼウスのイリスに対する愛のような気もします。でも紹介されていたのは数少ないながら「知的な装い」と「優しい気持ち」という花言葉もあるようで、これらはアガペーの愛に近い意味を持つ言葉でしょうか。
最近は寺社の境内や境外に植えられているアガパンサスを見かけることがありますが、慈悲深い神の無償の愛という意味を持つ「アガペー」を名前に持つ花を植えるのにぴったりの場所ともいえるのでしょうか。