京都園芸倶楽部の元ブログ管理人の書笈

京都園芸倶楽部のブログとして2022年11月までの8年間、植物にまつわることを綴った記事を納めた書笈。

枯芙蓉ならぬ枯藤袴?

2021-12-18 17:09:06 | 歳時記・文化・芸術
数日前のことですが、赤みを帯びた初冬の柔らかい午後の光を浴びて、きらきらと輝いているように見えたこちら。



フジバカマ(藤袴)の枯れ姿です。枯芙蓉ならぬ『枯藤袴』と呼んでもよいのでしょうか。枯芙蓉は三冬(初冬・仲冬・晩冬)の季語として俳句でも詠まれますが、枯藤袴という季語はないようです。秋の季語の藤袴で俳句に詠まれるだけであっても、ふわふわの綿毛の冠毛をつけた痩果が残った姿は初冬の風物詩とも言える風情あるものと思うのは私だけでしょうか。

どこで見つけたかと言いますと、通称名の『鳴虎』で知られる報恩寺の境内です。たまたま近くを通ったときに、もう4年ほど前のことになりますが、境内できれいな枯芙蓉を見たことを思い出し、時間があったので立ち寄ってみたのでした。

枯芙蓉(過去記事より再掲。2017年12月撮影)


残念ながらフヨウ(芙蓉)の姿が見られなかった代わりに、同じ場所で見つけたのがこのフジバカマ(藤袴)の痩果が残った姿なのでした。

フジバカマと言えば花は愛でられますが、このような姿になる頃には刈り取られてしまったりして、栽培していなければ見かけない姿なのではないでしょうか。

フジバカマの花(京都御苑の間之町口にて2021年9月撮影)


それに対して枯芙蓉はよく見かける姿なのではないでしょうか。こちらは2年前のちょうど今頃に疏水分線で見つけた枯芙蓉とその紅一点です。

枯芙蓉の紅一点(過去記事より再掲。2019年12月撮影)


フヨウの花は秋の遅くまで咲いている姿を見かけることもあり、返り咲きなのか秋からずるずるとそのまま咲き続けているのかわかりませんが、この時期でも寒々しい咲き姿の花を見かけることがあります。そして、ちょっと別角度から撮影した写真で遊んでみたものがこちら。



Adobe 社の Photoshop があれば簡単にできる作業ですが、Mac の標準アプリのプレビューでもひと手間ふた手間掛けるとできるということで挑戦してみたものです。あとから白黒のモノトーンではなくセピアのほうがよかったかなと思いましたが、何度もやろうとは思えないほど面倒なので諦めました。でも、暇つぶしにはなるかも。

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ちなみに枯藤袴を見つけた報恩寺は前身や創建年は不詳ですが、山号は尭天山、御本尊は快慶作と伝わる阿弥陀三尊の浄土宗寺院です。

元々は現在の京都御苑にあたる一条高倉のあたりにあって八宗兼学の寺院だったそうですが、文亀元(1501)年に後柏原天皇の勅旨で堀川今出川の舟橋に慶誉上人が再興して浄土宗報恩寺に改められ、豊臣秀吉によって現在地(小川通寺之内下る)に移されます。

そして、通称名の『鳴虎』には次のような逸話が残されています。

再興した報恩寺に後柏原天皇は『虎の図』を下賜されますが、それは明の時代の中国の画人である『四明陶佾』が描いた水を飲む姿の虎の絵で、毛の色や長さ、方向が一本一本さまざまに描き分けられていることから立体的に見え、左右の見る方向によって違った姿に見えるとのこと。

さて、この『虎の図』を欲しがったのが、現在地に移転させた豊臣秀吉。ときの権力者の力を誇示して報恩寺から聚楽第へ虎の図を運ばせて飾ると、夜な夜な虎の吠える声が聞こえるように……

何をしても吠えるのを止めず、ほとほと困って絵を報恩寺に返すと吠えるのを止めたことからこの絵は『鳴虎図』と呼ばれ、寺院も『鳴虎』の通称で呼ばれるようになった由来だとか。

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さあ、来年は寅年。みんなが襟を正して、よい方向に向かうよう気づかせるためにひと吠えしてくれないかな?

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