近松秋江読書日記

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近松秋江全集第一巻より『お金さん』を読む

2023-10-16 18:46:00 | 日記
 近松秋江全集第一巻より『お金さん』を読んだ。

 本全集、解題によると発表順に編纂してあるようで、この作品、六番目に世に出た作品となる。

 構造としては、四十過ぎのお金さんが家に泊まりに来て、散々愚痴やら何やらを言って帰る所から幕を開ける、その後の夫婦の感想が主だったところ。

 近松秋江、六本目にして完全に私小説、身の回りに起こったことをスケッチする作風で固めたようである。

 このお金さんのことを、近松秋江夫婦が色々と品定めをするのが主な筋。

 一人でも手先が器用なので、縫い物やら何やらで生きていく才能はあるのだが、やはり安定した暮らしを求めて見合いをし、結婚してそのまま妊娠してしまい、男の子を産んだのだが、見合いの時、相手が色眼鏡をかけていて、片目が失明していることに気付かなかった事を後悔してしている、とか、それでも産んだ男の子が可愛らしい、とか、亭主は結果、半身麻痺になって、薬代もかさむし逃げ出したい、とか。

 それを夫婦でお金さんが帰った後に感想を言い合うのだが、この時点では、この夫婦、まだ夫婦としての形態を保てていたようである。

 この後、男を作って愛想を尽かし出て行き、その後をスマホもない時代に執念でもって追跡し、それが情痴小説の傑作となるとは、本人もこの時は思ってもみなかっただろう。

 近松秋江も、そのお金さんの旦那に対して上から目線で結構言うのだが、その後を知る読者としては「アンタもヤバいよ。前回の短編で奥さんにお金がないからどうにかしてくれ、と言われてたんじゃないのか? 人の事を品定めする立場には、全く立つ資格なんてないけどな」と思いながら読んでしまうのである。

 近松秋江の凄い所は、自分は差し置いて、結構『素』で真っ当な事を言うところにある。筆は遅いし、夏目漱石に仕事を回して貰ったのに果たせなかったり、と生活破綻者であり、遅筆で、筆一本で立つには誠に心許ない。

 奥さんもよく辛抱した方だと思う。

 それでも、それでもだ。あの夏目漱石を失望させたとしても、嫁さんに逃げられても、筆が遅くても、土壇場で自分がやらかしたこれまでの事を原稿用紙に叩きつけ、傑作『別れたる妻に送る手紙』に連なるのだから、傑作とは犠牲が必要なものなのかもしれない、と考えさせられてしまうのである。


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