熊本県川柳研究協議会(熊本川柳研)

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会員エッセイ

2021-09-10 10:47:21 | 川柳一般

  🍂 秋が来た    

駅前の図書館は休みだった。

ぶ厚い本を屋外にある返却ボックスに投函するとことりと鳴った。そのとき誰かが入れた本の派手な表紙が入れ口の隙間からちらりと見えた。本を返すと長い陸橋を来たとおりに戻り、一人分の幅の野外エスカレーターで降りて無意味に広い駅前広場に出た。広場を横断してゆく先は決めていない。

どうしてあの本を借りたのだろう。しかもわざわざパソコンでリクエストして本館から取り寄せたのだ。どこかで情報を得て気になっていたのは確かだが。手に取ると本はペギー葉山の歌う図書館の匂いがして、無意味にぶ厚かった。無意味だと読む前に思ったのはなぜだろう。

本は昭和34年出版のあまり有名ではないタイトルのロシア文学だった。直訳とわかる翻訳がかえって心地よかった。昔のプロの翻訳家の勤勉さと誠実さと心意気のようなものを感じた。

ぶざまに太ったただただ怠惰に見える主人公の日常の細かい描写が何百ページも続く。1800年代のロシアの貴族社会や庶民の生活や宗教などについての知識は私にはない。それらを知っていたらまた違った感想をもったかもしれない。裕福な主人公は同じ部屋であるがままに暮らす。何も主張せず自らは行動しない。ストーリーにもわくわくするような展開はない。読み終えても目の覚めるようなオチも感動もない。代えがたい大事なことは一見無意味にみえる日常の中にまぎれているので気づかないのかもしれない。

また、秋が来た。   

オトリカエクダサイと掃除機がいう

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