金谷11:48発。
今日は平日だと言うのに、6両編成の客車はほぼ満席。
ただすれ違う普通列車は、2両編成でもガラガラで走っているので、このSL急行を走らせることがこの鉄道にとっての生命線だというのがよくわかります。
この路線のSLを使った観光運転の歴史は古く、最初に運転されたのは1976年。
以来国鉄や地方私鉄で廃車となったSL、客車をかき集め現在の姿になっています。
当初小田急ロマンスカーSSEを買い電車急行を運転したり、静岡方面から国鉄直通電車を運転した時期もあったのですが、いずれもSL急行ほどの人気が得られず。今では多客日には2往復(2編成)も運行されるまでの看板列車になっています。
やはり醍醐味はすべてが当時から手つかずで残っているところ。
当然ドアは手動(なので走行中も開ければ開く)。電気も大半は白熱灯。
トイレ、洗面所もいわゆる国鉄型。洗面所の蛇口は非常に懐かしい形をしています。
座席もいわゆるボックスシート。
シートの手がけは今でも走る国鉄型車両よりも更に1世代古いタイプ。
当然床は板張りのまま。
…ここまで原型をとどめて、今でも毎日走っているというのは奇跡に近く。
ここまで徹底していれば、当然人気も出る訳です。納得。
風景も一面のお茶畑の広がる丘の谷間を、大井川に沿ってひたすら上流方向へ。
窓を開けると客車独特の軽やかなジョイント音に、時よりSLらしく煙が舞い込み、鉄道好きにはたまらない時間が流れていきます。
我々は買い込んだお弁当にビールを片手に昼間っから酒盛り。
でも普段と違ってその時交わされる会話は仕事の話しではなく、企画趣旨に沿って終始鉄道の話。
古い車両を古いSLに古い電機が牽引しているので、歩みは非常に遅く。でもそれでもはしゃいでるうちにあっという間に終点千頭に到着。千頭13:12着。
ここから井川線に乗り換え、さらに大井川を上流へと進んでいきます。千頭13:22発。
井川線は元々がダム工事のための専用鉄道だったため、車両規格がトロッコより小さく(ex.黒部峡谷鉄道のトロッコ列車よりも小さい)、車両内部ではまっすぐ立つと1-2位断面で両端部では天井に頭をぶつけるほど。
上流側に制御運転台をつけた客車がつき、客車数両がつながり、下流側にディーゼル機関車が連結され、急カーブの連続する線路をぐいぐいと押し上げていきます。
乗った車両は半室オープンデッキになっていて、窓がない部分から首どころか身体を乗り出して風を浴びながら楽しめる車両。
普通窓から顔や手を出すなと言われるのが一般的。でもここでは間近に車掌さんが乗務しているのに怒られることはなく、これは一般的な楽しみ方のようで…。
車窓はひたすら大井川を水面より一段高いところを走り、川がくねると線路もくねる感じ。オープンデッキから身体を乗り出していると、線路が曲線の連続ということがよくわかります。
線路は35kgレールより細い感じ(通常50~60kgが一般的)で、台車も”アーチバー台車”という特殊な台車で車輪径が小さく、乗り心地はゴツゴツとした感じ。
ただ荒れた細い線路を、トロッコが豪快に走る様は圧巻で、景色が変わらないことに飽きるどころか、細かい車窓の節々が面白いことばかりで魅力は尽きず。
奥泉駅から今日の宿・寸又峡温泉へ向かうパスの時間まで余裕があったので、先のアプトいちしろ駅まで乗車し、アプト機関車の連結・解放シーンを見学し、奥泉まで戻り。奥泉14:35着。
奥泉駅15:00発のパスに乗り寸又峡温泉へ。一般の大型バスが、崖の合間を走るので、クランクの度に崖に突き刺さるようにしながら、運転手さんが巧みにパスを操り進んでいきます。大井川鉄道さんは、SL→トロッコと続きパスでも飽きさせません。
寸又峡温泉15:30着。まるでジェットコースターに乗った後の解放感のような、バスを降りた時にはなんか心地よい気持ちになりました。
宿にチェックインして、ひとっぷろ入り、せっかくなので寸又峡を散策。
寸又峡を流れる寸又川の水の色は、酸度が高いため、光の屈折の兼ね合いで蛍光ブルーのような色。
今日は曇ってしまったので残念でしたが、もし晴れて夕日が差し込んだら、この水はどんな色に輝くんだろうと思うと、またこの地へ来ないといけないなと思います。
1時間強の寸又峡散策は散策というより、激しいアップダウンでちょっとしたトレーニング。
夕食は豪華料理でお酒もすすみ。
ごはんを食べて、再び温泉に入り、その後は本部長持参のトランプで盛り上がり…。
鉄道ではしゃぎ、おいしい料理で興奮し、トランプで再びはしゃぎ、最高の一日でした。
今日は平日だと言うのに、6両編成の客車はほぼ満席。
ただすれ違う普通列車は、2両編成でもガラガラで走っているので、このSL急行を走らせることがこの鉄道にとっての生命線だというのがよくわかります。
この路線のSLを使った観光運転の歴史は古く、最初に運転されたのは1976年。
以来国鉄や地方私鉄で廃車となったSL、客車をかき集め現在の姿になっています。
当初小田急ロマンスカーSSEを買い電車急行を運転したり、静岡方面から国鉄直通電車を運転した時期もあったのですが、いずれもSL急行ほどの人気が得られず。今では多客日には2往復(2編成)も運行されるまでの看板列車になっています。
やはり醍醐味はすべてが当時から手つかずで残っているところ。
当然ドアは手動(なので走行中も開ければ開く)。電気も大半は白熱灯。
トイレ、洗面所もいわゆる国鉄型。洗面所の蛇口は非常に懐かしい形をしています。
座席もいわゆるボックスシート。
シートの手がけは今でも走る国鉄型車両よりも更に1世代古いタイプ。
当然床は板張りのまま。
…ここまで原型をとどめて、今でも毎日走っているというのは奇跡に近く。
ここまで徹底していれば、当然人気も出る訳です。納得。
風景も一面のお茶畑の広がる丘の谷間を、大井川に沿ってひたすら上流方向へ。
窓を開けると客車独特の軽やかなジョイント音に、時よりSLらしく煙が舞い込み、鉄道好きにはたまらない時間が流れていきます。
我々は買い込んだお弁当にビールを片手に昼間っから酒盛り。
でも普段と違ってその時交わされる会話は仕事の話しではなく、企画趣旨に沿って終始鉄道の話。
古い車両を古いSLに古い電機が牽引しているので、歩みは非常に遅く。でもそれでもはしゃいでるうちにあっという間に終点千頭に到着。千頭13:12着。
ここから井川線に乗り換え、さらに大井川を上流へと進んでいきます。千頭13:22発。
井川線は元々がダム工事のための専用鉄道だったため、車両規格がトロッコより小さく(ex.黒部峡谷鉄道のトロッコ列車よりも小さい)、車両内部ではまっすぐ立つと1-2位断面で両端部では天井に頭をぶつけるほど。
上流側に制御運転台をつけた客車がつき、客車数両がつながり、下流側にディーゼル機関車が連結され、急カーブの連続する線路をぐいぐいと押し上げていきます。
乗った車両は半室オープンデッキになっていて、窓がない部分から首どころか身体を乗り出して風を浴びながら楽しめる車両。
普通窓から顔や手を出すなと言われるのが一般的。でもここでは間近に車掌さんが乗務しているのに怒られることはなく、これは一般的な楽しみ方のようで…。
車窓はひたすら大井川を水面より一段高いところを走り、川がくねると線路もくねる感じ。オープンデッキから身体を乗り出していると、線路が曲線の連続ということがよくわかります。
線路は35kgレールより細い感じ(通常50~60kgが一般的)で、台車も”アーチバー台車”という特殊な台車で車輪径が小さく、乗り心地はゴツゴツとした感じ。
ただ荒れた細い線路を、トロッコが豪快に走る様は圧巻で、景色が変わらないことに飽きるどころか、細かい車窓の節々が面白いことばかりで魅力は尽きず。
奥泉駅から今日の宿・寸又峡温泉へ向かうパスの時間まで余裕があったので、先のアプトいちしろ駅まで乗車し、アプト機関車の連結・解放シーンを見学し、奥泉まで戻り。奥泉14:35着。
奥泉駅15:00発のパスに乗り寸又峡温泉へ。一般の大型バスが、崖の合間を走るので、クランクの度に崖に突き刺さるようにしながら、運転手さんが巧みにパスを操り進んでいきます。大井川鉄道さんは、SL→トロッコと続きパスでも飽きさせません。
寸又峡温泉15:30着。まるでジェットコースターに乗った後の解放感のような、バスを降りた時にはなんか心地よい気持ちになりました。
宿にチェックインして、ひとっぷろ入り、せっかくなので寸又峡を散策。
寸又峡を流れる寸又川の水の色は、酸度が高いため、光の屈折の兼ね合いで蛍光ブルーのような色。
今日は曇ってしまったので残念でしたが、もし晴れて夕日が差し込んだら、この水はどんな色に輝くんだろうと思うと、またこの地へ来ないといけないなと思います。
1時間強の寸又峡散策は散策というより、激しいアップダウンでちょっとしたトレーニング。
夕食は豪華料理でお酒もすすみ。
ごはんを食べて、再び温泉に入り、その後は本部長持参のトランプで盛り上がり…。
鉄道ではしゃぎ、おいしい料理で興奮し、トランプで再びはしゃぎ、最高の一日でした。