K.H 24

好きな事を綴ります

短編小説集 GuWa

2021-09-30 06:24:00 | 小説
第什捌話 待

「あれ、もう呑んでるの」
「でも、まだビール一杯目よ」
「え、どこで」
「居酒屋よ、後輩君二人がね呑むっていうから、二人はまだなんだけど、タカハシ君が今日までの勤務だったのよ、だから一時間ばかり顔出そうと思ってね。」
「へぇ、俺との約束の時間は六時半だよね、これから迎えに行こうと思って電話したんだけど」
「うん、知ってる、ごめんなさい、職場のね、他の子達が来てくれないんだって、二人だけだからさぁ、可哀想でしょ」
 
 嫌な雰囲気の男女の携帯電話での会話である。四〇代の男女の会話。互いに気不味くなるようたことは予測していなかった。
 
「あぁ、分かったよ、じゃあ一時間後にまた電話するよ」
 
 電話を切った男性は、半年前に離婚していて、約束の日より三ヶ月前に、互いが世話になってるいる人の呑み会で知り合い、付き合いだした。
 
 その女性はその男性よりも一回多い離婚経験を持っていて二人の娘を持つシングルマザーで、その娘らの生活を充実させるべく、懸命に働く女性だった。物事をポジティブに捉え、前に進んでいた。この一〇年間は浮いた話なぞ一度もなかったが、その男性との会話が通じ合うのに仄かな期待を抱き、速攻で距離を縮めてきた。
 一方、その男性は、その女性の娘達への思いや仕事への直向きさ、そこから発する明るさと艶やかさに魅力を感じた。一目惚れといっても過言ではない状態だった。
  
 二人は出会った日に携帯電話の番号とメールアドレスを居酒屋の外の喫煙所でスムーズに交換した。翌日からは仕事での悩みや子育ての相談などをするようになった。
 その男性はそんな遣り取りで益々、胸の高鳴りを覚え、あの先輩の呑み会にその女性を誘った。
 失う物はないと開き直ったわけではなく、燃えあがる心は躊躇を消し去り、正直にその想いを添えて告白し、男女の付き合いを始めた。
 再会が踏み行えた二人は、迷うことなくその日で枕を共にした。劇的かつ恍惚に二人はひとつになったのだ。
 
「あ、もしもし、ケイちゃん、そろそろ迎えに行こうと思うけど、もう呑んでるの、今日は二人で呑みに行くんだよね」
 初めて二人で呑みにいく約束をした日のできごとだった。
「カナタさん、もう少し待ってて、一〇分前に漸く揃ったのよ、タカハシ君とコウノ君、どうしようもないんだから」
 既にできあがってるケイコは楽しそうな口調で電話を切った。
 それに反しカナタは、目の焦点がどこにも合わなくてなり、呆気に取られた。冷静になるのに一〇分くらい時間が必要だった。
 
 三〇分後、ケイコは電話に出ない。
「ごめんごめん、トイレに行ってたの、どうしよう、カナタさんもここへ来てみんなで呑む」
 二度目の電話の会話は、更に三〇分後、ケイコからだった。
「えっ、俺、知らない人達だよ、それと約束を破られた側だよ、そこに行って旨い酒なんて呑めたもんじゃないよ、とりあえず、これから迎えにいくから」
 カナタは普段より強い口調になっていた。頭のなかは大人な理性と子供な感情が混在して、独りだけの闘いが始まった。その闘いは直ぐに治った。しかし、思春期の頃に味わったようなセンチメンタルが奈落の底に突き落とそうとしている悪寒に襲われた。仕方なく、家を出てタクシーを拾った。
 
 カナタはタクシーのなかで、再び闘い始めた。この状況はなんなのか。分からない。
 〝お前は期待し過ぎているぞ、相手は仕事に追われていたんだ、長い時間、女を心の奥深くに押し退けていたんだぞ、お前が太刀打ちできるわけがない〟
 大人な理性が助太刀した。
 
「ああ、カナタさん、何呑む」
 ケイコは調子に乗った表情で、酒を止められない勢いで、頬を紅潮させていた。「いや、俺はいいよ」と、カナタはケイコの隣に腰かけた。
 
「あ、どうも、ケイコさんの彼氏さんですか、呑まないんですか、いける口にみえますが」
 二人が約束してたことを知る由もないコウノだった。
「あ、今晩はウエハラといいます、初めまして、実は今日は、二人で呑む約束をしてるんだけど」
 カナタは、子供な感情を必死に抑えつつ、声を微妙に振るわせ、タカハシとコウノに声をかけた。
「ケイコさん、大事なことはいって下さいよ、俺らが彼氏さんに迷惑かけてるみたいになってるじゃないですか」
 タカハシも酔いが回ってた。カナタには上からいわれているように感じたが、子供な感情はいなくなっていた。
「やや、いいんだいいんだ、俺、押しかけたみたいで、いいんだよ、もう帰るから、タカハシ君、お疲れ様でした、新しい職場でも頑張って下さい」
 まだ震えが止まらない声で丸く収めようとしたカナタはそそくさと席をたった。

 居酒屋から出ようとした時、店員の威勢の良い声とともにケイコの右手はカナタの袖を掴んできた。
「カナタさん、怒ってるの、一緒に呑もうよ、あの子達良い子なんだから、私、カナタさんが一緒だと二倍も三倍も楽しいんだから」
 店の外の歩道に出るまで、ケイコは言葉を止めずに、陽気に話してきた。
「今日は帰るよ、こうやって約束を破られるのは初めてだ、帰るよ、一人が楽だ、他人に期待なんか持たない方がいいみたいだ」
 カナタは袖を掴むケイコの手を払い除け、振り返りもせず立ち去った。
 だいぶ居酒屋から離れたところで何度も電話が入ってきたが、無視を決めた。
 
「おはようございます、カナタさん、私、悪いことしたみたいで」
 翌朝、ケイコからの電話だ。
「えっ、覚えてないの、昨日は約束の日だったんだよ、期待した俺が馬鹿だったよ、タカハシ君とコウノ君に聞いたらいいよ、や、彼らも覚えてないか」
 カナタは半笑いになった。
「ああ、ごめんなさい、子供達は部活に行ったからカナタさんの家に行っていい、私」
「何いってんの、俺にとってケイちゃんは非常識な人間だよ、俺だって聖人君主じゃないけど、あんなことはしないよ、だから、もう会うのはよそう、俺の常識はケイちゃんに通じないもたいだ、一緒にいれないよ」
「そんなこといわないて、私、カナタさんが好きなんだから、今後はあんなことがないようにします、すみませんでした」
 ケイコは反省しているように言葉を並べた。
「いや、信じられないよ、俺がおかしいのかなぁ、絶対に期待できないよ、もうこれからはだれにも期待を持たないことにするから、じゃあ」
 カナタは電話を切った。電源も切った。子供な感情だけが脳内を駆け巡った。
 
 数時間後、カナタは携帯電話の電源を入れ、ケイコの記録を全て削除した。
 
 終


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