K.H 24

好きな事を綴ります

短編小説集 GuWa

2021-10-04 07:12:00 | 小説
第什玖話 希
 
 何年振りかに告別式へ参列したサキハルは、悲しい気持ちが蘇っていた。
 それは交通事故で亡くした両親を弔い、数年は経っていたものの、幼馴染のセイジの父親のユウジの葬儀だったからだ。

 サキハルの頭のなかには、両親を弔う時に葬儀屋や親類とで、悲しみや悔しさを忘れるくらいにバタバタと慌ただしく準備を進め、葬儀のウラ側は心得ていたが、弔問客として訪れてみると、全く肌感が違うものだとは予測できないことだった。
 尚香の列に並んでいると、ご婦人達が口元を軽く手で隠し、コソコソ話ばかりで耳障りであり、また、黒タイであるが故に、キリッとした社長のような風格を漂わせ、姿勢正しく振る舞う初老の男性達からは温かみを感じれず、マニュアル重視の催しで決められた所作を如何にスムーズに熟すかを競っているように見えた。
 サキハルはそんな無機質な目上の人達の振る舞いを、葬儀のウラ方の苦労や感情を抑え込む辛さを分かっていないという見解が後押しし、他人の世知辛さを嫌悪し、悲しい記憶が想起していた。
 
「ハルちゃん、わざわざ来てくれたんだね、ありがとう、元気にしてた」
 尚香を終え、葬儀場の敷地から出で行こうとネクタイを緩めていると、セイジが駆け寄ってきた。
「おお、ユウジおじさん残念だったな、頑張って余命を伸ばしてたのにな」
「年齢的には大往生じゃないとは思うけど、病との闘いで二年も生き長らえたから、俺としては大往生だよ、最後の一年は一〇年分の話や家族で色んなところに行けたからね」
「そうだったんだ、俺は漸く会社を立ち上げて、親父が残した物を管理して行くよ、セイジ落ち着いたらうちに顔出せよ、酒でもやろうや」
「うん、分かった、じゃあ戻るよ、絶対ハルちゃんちにいくから、旨い酒、準備しててよ」
 
 葬儀場の雰囲気とは反し、ユウジはサキハルへ爽やかさを感じさせた。父親の死を受け入れていると安定した情動が伺えた。
 
 ユウジの父は三年前に胃がん末期を告知され、余命一年と宣告された。丁度その半年後、サキハルの両親は交通事故にあった。悲惨な事故だった。高齢ドライバーのアクセルペダルとブレーキペダルの踏み間違いによる事故だった。
 
「セイジいらっしゃい、初七日が終わったな、お疲れさん、さぁ、入れよ」
「ふう、久し振りだハルちゃんちにお邪魔するの、おう、模様替えしたの、ハルちゃんの空間って感じだな」
 セイジは初七日の翌日、夕方にロング缶の缶ビール六本パックをて土産にサキハルの内装を変えた自宅へやってきた。
「まだ、一年はたたない、親父とお袋の民事裁判が漸く終わってさ、心機一転したんだ」
「なるほど、民事も上手くいったの」
「ああ、だいぶ心削られたけどな、要求額の五分の四はぶんどってやったかな」
「へぇ、大変だったね、でもハルちゃんもう呑んじゃってるの」
「そだそだ、乾杯しようや乾杯ユウジおじさんを弔わせてくれよ、冷蔵庫にキンキンに冷えたのあるから、セイジがもってきなのは冷やしておこうや」
 男二人が台所の大型冷蔵庫の前に立つ.似つかわしくない光景が時を流れた。
 
「ハルちゃん、何時から呑み始めてるの」
「朝起きてからかな」
 乾杯をした後に、サキハルの酔い具合が結構深いとセイジは気がついていた。
「好きだねぇ、ハルちゃんは」
「酒は百薬の長だからな」
 そんな調子で二人の会話が始まった。
 
「セイジ、就職決まったのか」
「まだだよ、父さんの看病というか、一緒にいる時間を増やしてたから就活はしてないんだ、父さんを優先させたよ」
 特に、話し出すきっかけはなかったが、サキハルはセイジの将来を心配していた。反面、セイジは父親のために時間を費やしたことへの後悔はなく、清々しい気持ちでいた。
 
 ユウジの四九日に線香をあげに行ったサキハルは香典返しを受け取っていないでいて、それに気がついたセイジは、翌日、届けにいった。
「ハルちゃん、今日も呑んでんの、昨日だって酒臭かったよ、だからこれも忘れていって」
「おう、すまんすまん、わざわざ持ってきてくれたんだ、まあ上がれよ」
 リビングは埃ひとつない程にピカピカで、ソファーの前のテーブルには上品な長方形の皿に、食べかけではあるものの、綺麗に盛られたクリームチーズとカラスミがあり、その傍にはひやの日本酒が入った茶碗と、更に、その傍には一升瓶があった。
「ささ、旨いぞ、呑んでくれ」
 サキハル食器棚から同じ茶碗を持ってきた。
「身体に悪いよ、あっ、でも、旨いや、えっ」
「ただ見てるだけ、アテのひとつだよ」
 セイジは目の前の五〇インチの画面に、セクシー女優の静止画が映っているのに気がつくと辺りをキョロキョロした。
「ハルちゃん、いつもこんな感じなの、酒に呑まれっぱなしなの」
「あ、旨いだろ、俺はね嫌なことはやんねぇの、人生何が起こるかわかんねぇ、だから好きなことをするんだよ」
 サキハルは満面の笑みだが、なんとなく、悲しい感情も漂わせていた。
「そうか、そうだね。収入の心配はないもんね、四棟だったっけ、マンション」
「一棟は相続税が半端なかったから売ったけどな、でも、後三棟はちゃんと管理してるよ、自分で、今朝も掃除してきた、平日は毎日してる、あっ、お前就職まだ決まらねぇよな、どうだうちの社員になってくれんないか、経理でおばちゃん二人いるんだけどさぁ、今度、運用部を作ってさぁ、売ったマンション取り返したいんだ」
 サキハルは無数の企画書のファイルをテープルの下の棚から取り出した。
「セイジ聞いてくれ、病は気からなんだよ、旨いもんを好きなだけ喰って呑んで、程良く好きな仕事をして、確か、長寿の人のアンケートで一位が摂生してる人達で、二位は好き勝手してるってデータがあるんだよ、長生きには興味ないけど、一度っきりの人生だ、俺は二位の生き方を選んだんだ、でもよう、一人で出来ることには限界があるからさぁ、手伝ってくんない」
「へぇ、ハルちゃん、それにしてもこの計画はシンプルにまとまってるね、うん、そうだね、一人でやるにはしんどいかも、二人なら余裕持てるかな」
「だろう、それで儲かれば先ずは、経理のおばちゃんらからボーナス上げてよぉ、労働時間は短いけど、それぞれの旦那さんの収入超えを狙うのさ」
 サキハルは得意げになっていた。
「楽しい考えだなぁ」
 セイジはつられて、白い茶器の日本酒が三杯目になっていた。
 
 大学を卒業するとセイジはサキハルの会社に入った。あの企画書を好き勝手に進めていった。二年後には、経理のおばちゃん達は各々の旦那さんより年収が上回った。五年後には障がいを持った子達が暮らしたり、通ったりする施設へ寄付をするこおができるくらい余裕ができた。
 
「これがドンペリか」 
「今日はこれを食らおうぜ」
 サキハルとセイジは、それぞれ一本づつボトルを持ち、そのまま口をつけていった。
 テーブルにはキャビアとクラッカーが皿に盛られ、ドンペリの未開封の瓶が数一〇本も無造作に置かれていた。
 
 終


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