K.H 24

好きな事を綴ります

短編小説集 GuWa

2021-09-29 20:07:00 | 小説
第什漆話 志
 
「鬼さんこちら、手の鳴る方をへ」

「もういいかい」
「まあだだよ」 
 
 鬼はいつから存在するのだろうか、古の時代から今日にいたるまで、我々の生活の中に紛れ込んでいる。しかしながら、現代では目にすることはない。嘗て、我々の先祖達は目にすることがあったのだろうか。
 
「スミヨシ、今日は鬼ごっこをして遊んでいたの」
「かくれんぼだよ、ハルヲが鬼になるのが殆どだったよ、あいつ、鈍臭いから直ぐみつかっちゃうんだよ、だから、飽きちゃうんだ、直ぐにね、だから川に行って水遊びしたよ」
「そうなのかい、でもね、雨の日やその翌日は川に近づくんじゃないよ」
「うん、いつもばあちゃんがいうから、川の流れを見て、みんなと相談して遊んだよ」
「そうかい、お利口さんだ」
 祖母のキクヨはしわくちゃな笑顔でスミヨシを褒めてやった。

「おばあちゃんは鬼ごっこ、好きだったの、僕が友達と遊んで帰ってくると、鬼ごっこしたのかってよく聞くよね」
「そうなのかい、あたしは苦手だったよ、でも、鬼にならないように逃げるのが精一杯だったねぇ、楽しいというよりは鬼にならないことでいつもホッとしてたもんだよ」
「へぇ、僕はたまに鬼になるよ、追いかけたり、探したりするのも面白いよ」
「おばあちゃんはそれが苦手だったのさ、さあ、お手手洗っておいで、おやつに蒸しパンこさえたからね」
 スミヨシは大喜びで洗面所へ駆け出した。
 
 スミヨシはおやつを食べると、いつになく眠気に襲われて、キクヨの膝枕へ避難した。キクヨはそんなスミヨシを嫌がらずに頭を撫でてやった。
 
「スミヨシ、俺に勝てるつもりかな、俺はな、好きでこんな姿になったわけじゃないんだ、何度も何度も騙されて、何度も何度も殺されかけて、いや、殺されたんだよ、俺はもう人間じゃない、鬼なんだよ、怨みを晴らしてやる、金もふんだくってやる、そして、これで皆殺しにするんだ」
 小太刀を持った鬼が突然、スミヨシの目の前に現れた。スミヨシは泣き出すどころか、日本刀を右手で握りしめ、その鬼との間合いを測っていた。
「君に勝つとか勝たないとかの問題じゃないんだ、君をここで止めなきゃならない、その結果、君を傷つけて殺してしまうかもしれない、覚悟はできてるよ」
 スミヨシは心の奥底で違和感に苛められていて、不安を抱いてたが、相手の鬼への喋り言葉や立ち居振る舞いは身体が勝手に動いて、不安な心内を微塵も見せなかった。
 
 目が覚めると、いつのまにかスミヨシは二つに折り曲げられた座布団を枕にしていた。
 
「おばあちゃん怖い夢を見ちゃったよ、麦茶頂戴」
 比較的多目に寝汗をかいたスミヨシは台所で夕食の支度を始めていたキクヨの割烹着の裾を握っていた。
「あらまぁ、あたしが枕を替えてやったらからかねぇ、ごめんよスミヨシ、今、野菜を刻むのに包丁持ってるからね、あんたは着替えておいで、麦茶、用意しててあげるからね」
 キクヨは自分のせいで悪い夢をみさせたようないい方をした。
 
「はぁ、麦茶美味しいね、ばあちゃん僕ね、鬼と戦ってる、ではなくて、戦おうとした時に目が覚めたんだけど、鬼が出てくる夢をみたんだよ、小さな刀を持った鬼がいてね、僕は大きな刀を持っていたんだよ、今考えると格好いいや、でもねとても怖かったんだけど、僕の身体は勝手に鬼と戦おうと動いててね」
 そこまで話すとキクヨは包丁を止めて振り返り優しい表情をスミヨシに見せて、再び、包丁を動かした。
「へぇ、鬼が出てくる夢だったのかい、スミヨシは勇気があるんだね、その鬼に立ち向かっただね、男の子だね」
 包丁が俎板に当たる音で自分の声が聞き取れないことを避けるように声量を上げた。
「僕は怖かったんだよ、でも勝手にね、戦う前に目が覚めたからね、何だか不思議な気分だったよ」
 
「ただいま、いつもいつもおばあちゃんありがとうございます、私は洗濯物を取り込みますね、スミヨシ、手伝ってちょうだい」
「お母さんお帰りなさい、はーい」
 母親のスミヨは着付け教室を開いていて、帰宅すると休みもせずに家事に加わった。
「お母さん、僕はタオル畳むだけで良いでしょ」
「良いわよ、助かるわ」
「お母さん、今日ねおばあちゃんがおやつに蒸しパンを作ってくれたんだよ、美味しかったぁ」
「良かったはね、おばあちゃんの蒸しパンは毎日食べても飽きないもんね」
「それでね、気持ちがスッーてするとお昼寝したんだ」
「珍しいわね」
「それでね、鬼と戦う夢を見たんだ、不思議な夢だったよ」
「あら、鬼さんには勝ったの」
「いや、夢の中の僕は戦闘体制を自然に取ってたんだけど、僕はとても怖かったんだ、だから、戦い始める前に目が覚めちゃった、不思議な気持ちで目が覚めたんだ」
「じゃあ、スミヨシはその鬼さんを痛めつけたくはなかったのかもね、あなたは優しい子だから」
「そうなの?僕は優しい子、なの?」
「そうだと思うけどお母さんは、ちゃんとご挨拶できるし、お手伝いもしてくれるし、お友達と毎日楽しく遊べるでしょ」
「それが優しいの?」
「そうよ、いつも誰にでも優しさを込めていられるからね」
 スミヨシは意識せずに毎日、自分がやってることで、優しさは無意識なものであるから、腑に落ちずにいた。
「そうだよ、あたしもそう思うよ、スミヨシはあたし達のいうことを素直に聞いてくれるからね」
 キクヨは晩ご飯の支度が一段楽ついて、スミヨシの傍に座り抱きしめた。
「おばあちゃん、擽ったいよ」
 スミヨはそれを見て幸せそうな笑顔になって、畳んだ洗濯物を箪笥に収めていった。
 
「ただいまぁ」
 玄関の引き戸の鍵が動く音と、戸が滑り開く音の次にその声は聞こえた。
「お父さん、お帰りなさい」
 キクヨが抱きしめる腕を払い除け、慌ててスミヨシは玄関へ駆け出した。
 キクヨとスミヨは互いに目を合わせて笑顔になった。

「あなたお帰りなさい、お疲れ様です」
「キクサ、お帰り、後二〇分くらいだねぇ、ご飯が炊き上がるのは、先にスミヨシとお風呂にしなさい」
 スミヨシの父親のキクサが居間に来るとスミヨ、キクヨの順に声をかけられた。
「ただいま、スミヨシ、父さんと風呂にするか」
「やったぁ、お風呂、お風呂、お父さんとお風呂」
 スミヨシは嬉しそうにキクサの手を引き、浴室へ向かった。
「あれは、キクサにも夢の話をするはずだよ」
「そうでしょうね、今日はしっかり湯船に浸かってくれるはずですね」
 キクヨとスミヨは少し声を漏らしながら一緒に笑った。
 
「スミヨシ、今日はどんな遊びをしたんだ」
 いつものことで、キクサは脱衣所で服を脱ぎながらスミヨシに問いかけた。
「今日は最初にかくれんぼをしたよ、でも、ハルヲがしょっちゅう鬼になっちゃうから、みんな飽きちゃって、ハルヲもべそかきそうになるから川に行ったんだ、楽しかったよ」
「そうか、ハルヲはかくれんぼ苦手なんだな」
 ここまで話しをすると、洗髪や洗体で二人の会話は止まった。
 
「お父さん、今日、お昼寝の時、鬼が出てくる夢を見たんだ、不思議な気持ちになったの、僕はとても怖かったんだけど、夢のなかの僕は戦う気満々なんだよね」
「鬼か、鬼と人間の違いは分かるかスミヨシ」
「鬼は頭にツノが生えてて、大っきな牙もあるかな、一目見て、人間じゃないのが分かるよ、他にあるの」
 湯船に浸かり始めて鬼の話が始まった。
「どうだろう、鬼なんて見たことないからな」
「そりゃそうだよ、絵本とか漫画とか、そんなのにしか出てこたいもん」
「そうだよな、父さんがいってるのは、目の前で見たことがあるかってことだぞ」
「あるわけないよ」
「いや、見たことはあると思うけどな」
「何いっての、お父さんだって見たことないんでしょ」
「そうだなぁ、そもそも鬼は人間が作り出したものだ、絵にしてみるとスミヨシがいったようにツノがあったり、牙があったりするんだよ、スミヨシの周りには遊んでると、鬼ができあがるだろ、かくれんぼや鬼ごっこには、必要な存在だ」
「本当だ、なら、僕も鬼になったことがあるってことだね」
「遊びの鬼だ、何で鬼なんだろうな、追っかけとか探し人っていわれ方でもいいのにな」
「本当だ、鬼って名前じゃなくてもいいのにね」
「父さんはなこう思うんだ、鬼は人間が作り出した悪者、もしくは、悪党とかを表現している、ツノがあって牙があってって、怖い動物達から思いついたんじゃないかな、だから、人間一人一人のなかに鬼がいると思うんだ、父さんのなかには父さんが想像する鬼がいて、スミヨシのなかにはスミヨシが想像する鬼がいる、つまり、人間一人一人が共通点はあっても、違う鬼の姿を想像するんだよ、鬼の絵を描くとその違いが分かると思うぞ、それとさぁ、その時々で鬼の姿は変わるんじゃないか、スミヨシの遊びのなかの鬼はきっと、ツノや牙はないけど悪役で、鬼になった人は、悪役の表情にみえないか、心の持ちようで鬼は変わるのさ」
「そっか、鬼はこの世にいないものだから、悪いものと思った時にそれを鬼にしちゃうんだね」
 
 スミヨシが、心を鬼にしても、自分自身が鬼にならないように、更には、周囲の人達を鬼にしないように生きていこうと志すようになった。その第一歩が浴室での父、キクサとの会話だった。
 
 終



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