ちょうせんデジカメ

PENTAXで撮った写真を載せた写真ブログです。毎日更新が目標ですが・・・・?

下蒲刈島、三之瀬

2010-06-16 | Pentax16-50mmF2.8
呉市下蒲刈島、白崎園の[モニュメント]・・・「”生” 土・火・知・空・水 」。2本の塔と底盤は,手作りの陶板を張付けたもので,
下蒲刈町の赤土,みかんの木を灰にし作った釉薬,そして昔から交流のあった中国大陸の土などが使用されている。2本の
塔は,男性と女性で,生命が力強く空に向かって伸びていく様子を現わす。底盤は,大地,波(突起),春蘭などを表現。なお,
陶板は全部で約3500枚使用。


「蘭島閣美術館(らんとうかくびじゅつかん)」は下蒲刈に多く自生していた春蘭に由来。日本建築の美しさを追求した総ヒノキ造り
の美術館。横山大観や福田平八郎・須田國太郎など日本を代表する作家の作品をはじめ、海や松など瀬戸内海の美を描いたも
のなどを収蔵展示しる。4月22日~6月30日まで、呉市安浦町出身の南薫造展が開催されている。


「福島雁木(ふくしまがんぎ)」。福島正則は幕命により本陣を設ける際、船着の便をはかって長雁木(福島雁木ともいう)を築いた。
最初は現在の少し前方に、垂直に築いたが一夜の内に潮流によって流され、崩壊した。再び築く時には、中程に折れ目を入れて、
現在残っているものができあがったといわれている。最初は11段であったものが、昭和になって地盤沈下等によって、上部3段が
つけ足され14段となった。


「三之瀬港(さんのせこう)」。福島正則が整備した港。江戸期には、浅野氏が幕命により本陣や御茶屋(接待所)などを整備し、
船頭や水主が常駐し、番船が繋がれ、海駅となった。慶長7年(1602年)以来、約二百年余、三之瀬は朝鮮通信使、琉球使節、
西国大名やオランダのカピタンの参府などの寄港地として栄えた。


{観瀾閣(かんらんかく)」。満州土木建築業協会理事長を勤めた榊谷仙次郎が建てた別荘である。木造2階建で,外壁をタイル張り
とする。下蒲刈島の海岸に沿った立地と中国の磚造建築の意匠を取り入れた特異な外観に特徴があり,内部の建具や欄間に用い
られた技能の水準も高い。


PENTAX K-7 ”雅” + smc Pentax-DA★ 16-50mm F2.8 ED AL[IF] SDM で撮影しております。

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5 コメント

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Unknown (bara)
2010-06-16 05:55:00
生命の躍動、すばらしいモニュメントです。陶板が3500枚、アイディア。
雁木は福島正則築造なのですね、そういえば毛利氏の後を大名になったのでしたね。水が澄んでて気持ちよさそう。
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Unknown (雷太)
2010-06-16 07:04:25
榊谷仙次郎の別荘、総タイル張り、みごとですね。戦前の満州浪人の話は本で読んだことがあります。血沸き肉踊る、男なら挑戦したいものです。
福島正則、初代広島藩主、立ったのですね。晩年は残念な末路でしたが、豪傑だったのですね。
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Unknown (kotarou-titi)
2010-06-16 07:58:39
baraさん、お早うございます。
一枚目の”生”ですね。雄大なモニュメント、生きる力と脈々とした、躍動感が青空に映えて印象的でした。
陶板3500枚は、一枚一枚形や色が違っており、それが一体となった美しさには驚かされます。
毛利輝元が、防長二州に封じ込まれたあと、薬20年間藩政をひいたあと城の修復をめぐっての徳川幕府からの責めを負い、ついには高野山でなくなってしまいます。晩年は辛いものがあったことでしょう。


雷太さん、お早うございます。
榊原仙次郎氏は、永野護・重雄・俊夫などの永野家(下蒲刈浄土真宗本願寺派の名刹”弘願寺”が実家)とならんで、下蒲刈の著名人です。むろん新日本製鉄や経団連などで活躍した長野重雄とは知名度は比較になりませんが、満州での建設土木の業績は素晴らしいものだったそうです。男一匹、悔いのない人生だったようです。
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Unknown (kazuyoo60)
2010-06-16 15:54:54
大きくて力強い作品ですね。形も配色にも圧倒されます。下の陶板も綺麗です。
福島雁木って、階段状の石段ですか。波打ち際に下の方も映っていますね。地盤沈下、目の前ではっきりと見えるのですね。
観瀾閣ですか。日本風ではない雰囲気ですが、立派な建物ですね~。
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Unknown (kotarou-titi)
2010-06-17 18:25:27
kazuyoo60さん、今晩は。
このモニュメント、あまり知られてはいませんが、”MAKIMASA IMAI”氏の制作のようです。雄渾な創作とも言えるのではないでしょうか。
船着き場の階段のある桟橋を雁木というそうですが、波静かな波止でなければ、船寄せは厳しいものだったでしょう。船がしらの腕一つにかかったことでしょう。
レンガ張りの外壁は珍しくなかったのでしょうが、タイル張りは、大変珍しいものだったようです。元蒲刈町長家族が未だに住んでいるそうです。
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