創作の世界

工房しはんの描く、文字系の創作世界。

四人だった/1・雪解け

2014-09-01 08:51:42 | 日記
 ほわんと南風のにおいがする。にぶく垂れ込めていた雲が流され、空がひらくと、この田舎町の長い冬もようやく終りだ。踏み固められた雪がじわじわと解け、凍てついた土はやわらかくほどけていく。冬枯れた緑はここぞとばかりに新しい命を芽吹かせる。モノクロだった風景が、あざやかな色彩をとりもどす。グラウンドの芝生はふっくらと日光をはらんで、呼吸をはじめる。草のにおいをふくんだ酸素の対流。かぐわしい風は、校舎の窓のカーテンをそよがせ、オレたちの鼻先をくすぐる。あの頃とおんなじだ。
「じゃあ、先生」
「おう。またいつでもこいや」
 深々とお辞儀をして、当時の顧問だったノボちゃんと別れた。ノボちゃんは十年たった今もまだ、この高校でラグビー部を受け持っている。一年中スウェット姿の筋肉バカが、場違いな黒スーツを着ていると、まるで「組織幹部の警護をする構成員」に見える。体育教官室を出た途端に、三人で顔を見合わせ、苦笑いした。そんなオレたちだって、喪服姿がまるで似合っちゃいないのだが。
「お、見ろよ」
 眼下のグラウンドに、色とりどりなジャージーを身に着けたラグビー部員たちが散開している。啓蟄に虫が這い出すのと同じ理屈で、コチコチに凍っていた土が春風にゆるむと、ラガーマンは凝り固まった背骨を陽の下に伸ばしにグラウンドへ出てくるのだ。
「なんだよあいつら、だらしねーな・・・」
 大地が雪に閉ざされるあいだに、部員たちは土の感触などすっかり忘れてしまっている。この春先は、土を思い出すリハビリの時期と言っていい。そのせいか、誰もがだらだらと、ヨタヨタと、病人のようにうごめき、まるで規律ってものがない。なるほど、オレたちの頃よりもジャージーやスパイクのデザインは劇的にかっこよくなってはいるが、やる気のなさとぼんやりとした気構えは当時と同じようだ。
 やがて部員たちは、遊び半分にボールをまわしはじめた。無秩序で、粗雑で、お互いに笑い、ふざけ合ったりして、気合いゼロ。しかしそれは、うれしくてたのしくて仕方がない心の内を如実にさらしている風景で、好ましい。
「グラウンドに下りてみるか」
 オレたちは目を交わし、うなずき合った。

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園

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