長男(小学校2年生)の宿題で、国語の教科書の音読というのがあるのですが、親も3回くらい聴いてあげてコメントする必要があります。
今回、その長男が「聴いて聴いて」と持ってきたのは、まどみちおさんの「はながさいた」です。私も遥か太古の昔に授業でやった気がします
以下全文を引用します。
はながさいた まど・みちお
はなが さいた
はなが さいた
はひふへ ほほほ
はなが さいて
みない ひと いない
はなが さいた
はなが さいた
ほへふひ ははは
はなが さいて
おこる ひと いない
案の定「はひふへ ほほほ」と「ほへふひ ははは」でつっかえるので、そこでニマニマしてしまうのですが、そこで長男が一言。
「はなが さいて みない ひと いない」
「この意味がわからない」
クラスの友達も首を傾げていたそう。
そこで私は、こう説明します。
「例えば、桜が満開になっているのに、それを見上げもしないで通り過ぎる人なんていないよね?」
というと
「あ、確かにそうだね。絶対見るよね。きれいだもんね」
と長男。
こっちの
「はなが さいて おこる ひと いない」
「これもわかるよね」
と私が言うと
「桜見て怒る人なんて確かに変だよね。なるほどそういうことかー。わかりづら!」
と長男。
「わかりづらくないでしょうよ。当たり前のことを言って…」
と言いかけた途端、私はふと思い出しました。
近所の満開の桜を見て怒っていた人のことを
一年前の私です。
桜の花色はほぼグレーアウトして見え、全くきれいだと思わなかった。挙句満開の桜を見上げて一言…
あー、今年もこれ全部散ったら、家の前に花びら溜まって掃除大変じゃんか!あーやだやだ!
もう思い出しても哀しくなりますね。
桜の花を見て怒る人
それは確かに自分の中にいたのだな、と思うと何とも言えない気持ちになります。
それを思い出し、私は思わずこう訂正します。
「でもね、本当に辛い人は桜を見ても感動できなくなってしまうほど、追い詰められることもあるんだよ。そうならないように自分をいじめたりしないようにね」
すると、長男は「わかったー」と言って音読を終え、さっさとゲームを始めましたが、私には何か重いものが残ってしまいました。
あれから一年、今年の桜は本当に感動しました
ふと窓の外を見ると、葉桜となって青々と空に向かう桜並木も美しいと感じることができます。
河津桜とソメイヨシノが立ち並んで二度も楽しめる。そんな美しいスポットが近所にあることに感謝できるようになりました。
不意に、あの頃病んでいた自分にかける言葉があっただろうか。そんなことを思ってしまいました。
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