一条きらら 近況

【 近況&身辺雑記 】

落胆の歯科医院

2024年08月25日 | 最近のできごと
 歯科医院の待合室ではなく、診察室の片隅で待つように言われ、やがて医師が声をかけながら姿を現した。
 診察申込書のチェックを入れた項目の、私の虫歯の詰め物のレジンがはがれた箇所を医師は見たり、
「今はレジンも進化してるから、はがれないですよ」
 とか、他にも二言三言のやり取りの後、診察台に移るように言われた。
 中高年の歯科助手さんが来て、口すすぎ台に紙コップを置き、私の胸の上に、紙製のエプロンをかけた。
 診察台を倒されて、私の身体は水平に近い角度に横たわる姿勢になった。
「40年とはよく保(も)ちましたね」
 傍に来た医師がそう言いながら、椅子に腰を下ろした。
 歯磨きは現在と同様、起床時、朝食後、昼食後、夕食後と1日4回していたが、私の人生で生活が大きく変わった時期の数年間、砂糖をたっぷり入れたコーヒーを5杯も6杯も飲んでいて虫歯になってしまったのだ。
 その後、2回ぐらいは虫歯になったが、中高年のころ、クリーニングで初めて行った歯科医師から、
「甘い物は好きじゃないんですか?」
 と質問されたことがある。
「いえ、好きです、チョコレートとかケーキとか」
 そう答えた。あの時の医師は、颯爽としたイケメン・ドクターだったと思い出した。
「口を開けて」
 治療器具を手にして医師が言った。
「はい」
「麻酔はしませんからね」
「はい」
 答えながら、急に不安感に襲われた。痛みに人一倍弱い私は、麻酔しないで痛みに耐えることになるのかと恐怖に包まれた。
 医師が治療器具を使い始めた。
(怖い~)
(痛いの嫌~)
(どうして麻酔してくれないのかしら)
(や、やめて~)
(帰る~)
 と、もうパニック状態。
(来なければ良かった、痛いの嫌い、帰りたい~!)
 ところが――。
 治療器具を医師が使っている間、痛みは全く感じなかった。
 治療は、5分ぐらいで、終了。
 そんなに早いと思わなかった。しかも、少しの痛みもなく、である。
(何て名医の先生!)
 感動した。
 治療台を起こされ、
「口すすいで」
 医師がそう言った。
「はい」
 水が入った紙コップを手にして口に触れさせた瞬間、
(あれ?)
 一瞬、手が止まったが、思いきってブクブクして、持っていたハンカチで口を拭いた。 
 医師が歯科助手さんに手鏡を持って来るように言い、その手鏡を渡されてレジンの修復の歯を見たら、両隣の天然歯と色もほとんど同じで、
「わあ、きれい。もう終わりですか?」
 思わずそう言うと、
「終わりです」
 医師が淡々と答えた。
「早くて上手ですね」
 私は言った。
「クリーニングはしてますか?」
「引っ越しで慌ただしかったので、1年近く行ってないんです」
「歯石はあまり付いてないみたいだけど、1年も経ってるなら、次回、しましょう」
「はい」
 礼を述べて診察室を出た。
 少し待ってから、受付カウンター前で治療費を支払った。
「次回の予約は……」
 と、予約の準備をしながら歯科助手さんが言いかけたので、
「いろいろ雑用があって今週来週はバタバタしてるので、落ち着いたらネット予約します」
 そう答えた。
「ネット予約ですね、わかりました」
 歯科助手さんがやさしい微笑を浮かべて言った。
 歯科医院を出て、小さな解放感に包まれながら、
(あそこは、もう行かない)
 そう決めた。理由は、紙コップである。
(あれは間違いなく、新品の紙コップじゃなかった)
 変な匂いはしなかったし、見た目ではわからなかったが、新品の紙コップは新品の匂いと感触がするものである。それが、なかった。
 私が神経質過ぎるということもあるが、神経質だからこそ新品と使い回しの紙コップの違いが、わかるのである。
(あの紙エプロンも使い回しだったかも)
 患者は緊張しているし、わからないと思っているかもしれないが、変な匂いや汚れの色が付いてなくても、神経質な患者にはちゃんとわかるのである。医師が採算を考えての指導なのか、歯科助手が仕事をサボったのか、水ですすいで乾かしたのか、わからないけれど。
 スーパーで買い物して帰宅後、入浴して歯磨きもして何度も口の中をすすいだり、うがいしたりしたのは言うまでもないこと。
(早くて上手な歯科医師で、やさしく感じの良い歯科助手がいても、不衛生な医院には行きたくないわ)
(どこの歯科医院に、クリーニングに行こうかしら)
 駅前商店街の路地を歩き回りながら、ここにもあそこにもと、頻繁に眼に触れる〈歯科〉の看板。
(明日から、またネットであちこちの情報を閲覧しなくちゃ)
 こうして私の歯科医院探しが、また始まったのである。