出歩記

気の向くままに歩き回り、歩いた軌跡を写真と共に記録に

姫路城

2016-12-18 | 京都日記

姫路城
京都に移り住んでから一つの目標にしてきた世界文化遺産(古都京都の文化財)全17ヶ所を拝観し終えたのが11月末。丁度、紅葉の見頃を過ぎた時期でもあったので、庭に重きを置かない観光地ということで12月9日に京都からほど近い彦根城を見に行った。国宝の彦根城は京都の寺社とは違った魅力があり、丸一日歩き回っても見飽きることがなかった。
そこで今回は少し足を延ばして姫路城に行ってみることにした。姫路城は10年以上前に一度訪問したことがあるが、記憶が断片的であり、改修後の白鷺城を見てみたいというのが再度来た理由である。京都駅発9:29のJR東海道・山陽本線新快速に乗り、姫路駅着11:03。駅を出ると真正面に姫路城が見える。歩いて約20分でお城の入口に着く。
  

大手門から中に入ると三の丸広場が広がり、その向こうに右側の大天守から左側の西の丸までの姫路城全体を見わたすことができる。
  

入場口から入る前に、黒田官兵衛ゆかりの上山里下段石垣や大天守の旧礎石を見た後に入場した。
  

まず菱の門があり、入ると天守が見えてくるがここからはまだまだ遠いようだ。
  

天守にはまず西小天守から上がったが、窓から西の丸を見るとずいぶん下に見える。それだけ天守は高いところにあるということだ。天守の中には昭和の大修理の際に作られた1/20の軸組構造模型が陳列されていた。白い天守を見ていると感じられないが、お城が木造建築物であることを実感できる。
  

城の壁面には多くの武具掛けがあり、また天守への出入り口の扉は頑丈な作りになっていて、天守が外見の端麗さとは異なり、戦闘を意識した建造物であることが分かる。
   

  

平成の修理は天守閣の屋根の全面葺き直しと漆喰の塗り替えが主な工事であったが、平成27年3月完成の際には、あまりの白さに見る人から不評を買っていたが、一年半が経ち白かった漆喰は黒ずんできており、落ち着きが出てきたように思える。
  

天守から外に出ると本丸(備前丸)跡の広場があり、天守をまじかに見上げることができる。
  

備前門横の石垣に、長方形で他の石と比べても大きい石が目に付く。石棺とのこと。城を作るときに石が足らないので近くの古墳から石棺を持って来たそうだ。これ以外にも何個かあるらしい。
  

天守、本丸ゾーンを見終えて西の丸ゾーンへ移動。ここから見る天守は城内で最も美しい。見る角度と高さが良いのだろう。

西の丸には防御用の櫓があり、その間を廊下でつなげている。百間廊下と称され、外側に対しては弓鉄砲用の狭間が設けられ、内側には女御用の部屋(長局)になっている。はずれに千姫が休息所とした化粧櫓がある。
  

西の丸から菱の門を経て城外に出て、千姫ぼたん園から天守を振り返る。
  

城を出たのが16:00。昼飯抜きで歩いてきたので、駅に向かう途中、TripAdvisorの情報を頼りにまず「めんめ」でうどんを食べ、次に「BAKERY燈(ランプ)」に入った。路地裏の小さな店でお世辞にもきれいな店とは言えない店だが、店内のテーブルは女性客で満席だし商品もあまり残っていなかったので、レーズンパンとベーグルを買って外に出て近くのベンチで食ってみた。店の外観に似合わず美味しいパンだった。
  

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円山公園界隈

2016-12-15 | 京都日記

円山公園
以前から気になっていた丸山公園に行ってみることにした。八坂神社や知恩院に隣接している所であり、京都市が管理しているということで期待して行ったのだが、雑然としており、清掃がなされていないためか、きれいな公園というには程遠く期待外れの公園であった。しかし、京都一の花見の名所と言うだけあって桜の木がたくさんあり、桜が満開の頃は大いににぎわうと思われる。公園の中には高知県人会によって再建された坂本龍馬と中岡慎太郎の銅像があった。
  

大谷祖廟
円山公園の南に隣接して大谷祖廟がある。大きな寺で参拝客も多いが、旅行ガイドブックには何の説明もない。
 

大雲院 祇園閣
高台寺の庭から南にみえる塔のようなものが何だろうと気になっていたのだが、捜してみると、大雲院という寺の祇園閣という名の建造物であることが分かった。祇園祭の鉾を模したものであり、金閣寺、銀閣寺に次ぐ銅閣寺にしようとして建てられたものらしいが、境内は非公開である。
  

青蓮院門跡
知恩院の北隣にあり、近くまで来たことは何回もあるが、ゆっくりした時間を取れなくて、入らなかった寺である。門前には親鸞が植えたという巨大な楠(クスノキ)がある。
     

受付からすぐの華頂殿の襖は全てがハスの絵。華頂殿から見る相阿弥の庭は池泉回遊式庭園。
  
初冬の庭に下りてみると、まだ残っているもみじの葉のだいだい色と、南天、千両の実の赤色が彩を添えて、風情がある。
  
  

三条大橋
帰りは三条大橋まで歩いて、弥二さん喜多さんのご挨拶。
 

池田屋跡
三条大橋の近くに池田屋跡をみつけた。はなの舞という居酒屋になっていた。
 

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近江八幡

2016-12-12 | 京都日記

安土城跡
京都駅発10:07のJR東海道線各駅停車で安土駅到着10:56。駅前でレンタサイクルを借り、安土城跡へ。途中で活津彦根(いくつひこね)神社に立ち寄る。この神社は織田信長が安土城を建設するにあたり参詣したという。本殿前にある拝殿が大きい。
  
 安土城跡は現在20年計画で調査整備事業が行われている。
  
安土城跡へ行くには大手門跡から大手道の階段を上っていく。
  
大手門道を登り始めるとすぐに左手に羽柴秀吉邸跡があり、右には前田利家邸跡がある。
  
階段は405段あるとのことだが、1段20cmとして最低でも80mの高低差の所を登城するのは大変なことである。織田信長をはじめ侍たちや外国の宣教師たちもこの道を登ったと考えると感慨深いものがある。
階段を上っていて感じるのは階段や土留めを作っている石の大きさが他の城のものに比べて大きいことである。それだけでも大きな権力を持つ人間が作ったということが感じられる。
  
黒金門跡。ここから上に本丸、二の丸、天守などがある。
  
天守閣跡。ここに5層7階(地上6階地下1階)の天守があった。写真は地下の部分で約28m四方。
  
天守跡から琵琶湖方面の眺め。遠く琵琶湖の向こうに雪をかぶった比良山系が見える。
 
二の丸跡には羽柴秀吉が信長の遺品を埋葬した信長公本廟がある。
  
山の中腹には安土城より少し前に建てられた摠見寺三重塔。摠見寺本堂跡からは琵琶湖の内湖である西の湖が一望できる。
  
三重塔を少し下ると仁王門がある。三重塔と共に信長によって他所から移されたものである。
  

近江八幡
安土城跡の見学を終わったのが丁度14:00。この近くにある安土城考古博物館、信長の館、安土城郭資料館を見ようと自転車で回ったところ、いづれも休館。仕方なく駅に戻って自転車を返し、案内所で係員に聞くと隣の近江八幡は見るところがあるという情報を入手。早速ガイドマップをもらいJRで一駅の近江八幡に行ってみた。
近江八幡駅到着14:30。駅前から約30分歩いて古い町並みが残っているところに到着。この町は近江商人の発祥の地のようだ。
  

池田町洋館街は大正時代のアメリカ式住宅のモデルハウスとのことだが、外見は改装されており、塀だけが当時の面影を残している。
  

新町通りの古い町並みは近江商人を偲ばせる。
  

八幡堀この堀は豊臣秀次が八幡山に城を築いた頃に琵琶湖を航行する船を寄港させ町を繫栄させ、近江商人を誕生させた。昭和30年代の高度成長時に堀は汚染され、ヘドロがたまり、一時は国の予算で埋め立てすることが決まったが、市民運動で浚渫清掃が行われ、昔の面影を取り戻した。
  

豊臣秀次が築いた八幡山(鶴翼山)へはロープウェーで行くことができる。
 

西の丸跡からは琵琶湖を望むことができる
  

北の丸跡からは西の湖から安土城跡を望める。
 

八幡山の麓に「たねや」の本店である「日牟禮の舎」があったので、名物の「つぶら餅」を食べた。タコの代わりに餡の入った「たこ焼き」だ。
  

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彦根城

2016-12-09 | 京都日記

彦根城
京都駅発10:00のJR東海道線に乗り彦根駅下車10:50。彦根駅の前には彦根市発展の礎を築いた初代井伊藩主井伊直正公の像。駅の正面1km先には彦根城が見える。
  

駅からまっすぐに歩いてくると外堀跡にぶつかる。少し曲がっていろは松に沿った登城道を進み、さらに中堀の佐和口から城へと進む。
  

佐和口には佐和口多聞櫓があり、往時のままの内部を見ることができる。櫓の近くには馬屋もある。
  

城は内堀で囲まれているので、入口は表御門と大手御門の2ヶ所だけであり、今回は表御門から中に入ることにした。中に入ると右側に彦根城博物館があったが、これは後から見ることにして、まず天守閣を目指して坂を上っていく。
  

坂を登りきったところに天秤櫓が見えてくるが、ここに入るには大堀切にかかった橋を渡らなければならない。大堀切の向こう側で大手門から登ってくる道と合流する。
  

合流地点からさらに一段登って天秤櫓に入る橋を渡る。天秤櫓は左右対称に作られているのでこの名前が付けられた。
  

天秤櫓の内部も他の多聞櫓と同様に内部を見学することができる。最後に太鼓門櫓を通るとやっと天守閣のある本丸に出ることができる。
  

天守は三階三重の比較的小ぶりであるが、屋根にいろいろな様式のものを配し、変化に富んだ美しい形をしている。
  

天守の中は他の城の中と違って展示物等がないため当時の様子を想像できる。階段は他の城や寺社のものと同じく急階段である。江戸時代はこれが標準仕様だと思われるが、登りずらく、危険である。なぜ現代の階段のように緩傾斜にしなかったのであろうか。狭いことが理由だとは思えない。
  

梁は多聞櫓と同様にくねくねと曲がったものが使われている。曲がった梁は古民家等でよく見かけるがこの城ほど曲がっているのが多いのは見たことがない。ネットで調べたら、大工の腕自慢だと書いてあったが、本当にそれだけだろうか。
また。天守の3階から外を見ると琵琶湖が一望できる。島影は竹生島か。
  

天守の見学を終え、再び外に出て表と裏から天守を見る。姫路城のように威風堂々というイメージではないが、こじんまりとした良い天守である。
 

本丸を出て二の丸に向かう。二の丸には三重櫓と続櫓しか残っていない。
  

三重櫓から橋を渡って出曲輪を通り、内堀沿いの道に降りて北のはずれの山崎曲輪まで行ってみる。山崎曲輪のもみじの葉はまだ残っていて晩秋の風情を漂わせていた。
  

山崎曲輪から来た道を引き返し黒門から内堀を渡り楽々園に入る。書院とその前面の庭園が残っている。
  

楽々園に隣接して玄宮園がある。回遊式の庭園で国の名勝に指定されている。広大な池には島や橋が配置され、庭のどこからも美しい景色を堪能することができる。
  

玄宮園には臨池閣という建物があり現在でも予約すれば食事ができるとのことである。臨池閣の脇には鳳翔台という茶席がある。
2時を過ぎていたが、昼食を取っていなかったのでここで菓子付きの抹茶を注文した。抹茶の前に出された菓子がおいしかった。後で調べたところ、いと重菓舗の「埋れ木」というという菓子だった。
玄宮園を出たところに水戸市から贈られたというニ季咲桜が咲いていた。
  

玄宮楽々園を鑑賞した後に彦根城博物館を拝観。井伊家に伝わる美術工芸品や古文書が展示されていた。やはり「井伊の赤備え」と言われる甲冑は見事である。博物館を出たのが丁度15:00、有名なゆるキャラ「ひこにゃん」のデモンストレーションが博物館の内庭で行われていた。
  

表御門からいったん内堀の外に出て、大手御門から再び場内に入り、登坂路を眺めた。こちらの方が時代劇に出てきそうな風情がある。
  

彦根城の近くには城下町らしい風情を残そうと、街並みが整備されている「夢京橋キャッスルロード」がある。3時を過ぎ薄暗くなってきたが歩いてみた。電柱が撤去されそれなりの風情を醸し出しているが、ウィークデーの夕方であるためか、ほとんど人通りがない。
  

彦根駅に向かう途中、和菓子で有名な「たねや」の「彦根美濠の舎」があったので入り、二階の茶屋で炭火焼き餅の「季節の焼き餅」を注文した。すると小さな七輪と三つの餅、そして小倉餡の上にモンブランのようにそば状の栗をかぶせたものが出てきた。説明によると自分で焼いて餡をつけて食べるのだそうだ。久しぶりに炭火で餅を焼いて食べたが、餅には小倉餡だけの方が良いようだ。
  

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桂離宮

2016-12-07 | 京都日記

  

 

  

  

  

  

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嵐山(4) 晩秋

2016-12-03 | 京都日記

法輪寺
京都で紅葉と言えば嵐山。前回来たときは紅葉が始まったばかりであったので、盛りが過ぎた紅葉を見てみるのも一興とやって来た。阪急電車で嵐山下車。渡月橋を上から見られるということで、かねがね行ってみたいと思っていた法輪寺へ行ってみることにした。寺の縁起を読んでみるとかなり古い寺のようだ。本堂に上る階段の両側のもみじは、まだ少しの葉を残している。
   

寺の本堂の脇にある展望台から眺めてみると、評判通り渡月橋の延長線上にあり、嵐山全体を見ることができる。
また、当寺には電電宮があり、電気電波の祖神が祭祀されている。
   

桂川(保津川)
法輪寺から降りてきて渡月橋を渡る前に桂川の右岸の道を歩いてみることにした。対岸に陽が差していて少し盛りを過ぎた紅葉が美しい。
  

 

千光寺
桂川右岸の道を歩いて行くと、高級ホテル「星のや京都」の塀に突き当たる。そこから左の山に登っていくと千光寺だ。
  
展望台のような客殿からは嵐山や桂川が見え、遠く比叡山までもが良く見える。(2番目の写真の中央左奥に尖って見えるのが比叡山)
   

保津川下り
千光寺から降りてくると、丁度、保津川下りの舟が3艘連ねて下ってくるのに出くわした。
   

渡月橋
渡月橋とバックの山々を写真に撮ったが、逆光で晩秋の感じは今一歩。紅葉の見頃は過ぎたが渡月橋から天竜寺に至る歩道はまだ竹下通り状態。
 

落柿舎
落柿舎は小さな庵であるが、庭のあちこちに芭蕉をはじめ俳人の句碑がたくさん立てられている。
  

二尊院
二尊院は釈迦如来と阿弥陀如来の二尊が祀られている。総門から本堂に向かう参道は紅葉の馬場と名付けられている。紅葉の見頃にはさぞきれいなことだろう。
  
  

墓地には坂東妻三郎、田村高廣の墓があり、妙齢のご婦人が神妙な顔をしてお参りしていた。
また、境内には小倉餡発祥の地の碑があったので、入口の「小倉茶店四季庵」でぜんざいをご馳走になった。この茶店は井筒八つ橋本舗の直営店であるためか美味しいぜんざいだった。
  

祇王寺
祇王寺は旧嵯峨御所大覚寺の塔頭(たっちゅう)寺院。小さな庭ながら一面に苔が生い茂ったところに背の高い紅葉の木があり、絶妙な趣がある。
  

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天橋立

2016-12-02 | 京都日記

天橋立
京都駅9:25発JR特急はしだて1号は福知山から京都丹後鉄道に乗り入れて乗換なしで天橋立駅に到着11:25、3,880円。天橋立駅は白砂青松をデザインコンセプトに昨年5月にリニューアルしたばかりの駅舎。まずは上方から見てみようということでリフトで天橋立ビューランドへ。
  

天橋立文珠エリアにある天橋立ビューランドからの眺めは天に舞う龍のように見えることから「飛龍観」と呼ばれているそうな。
 

ビューランドを下りて麓の智恩寺文殊堂を参拝したのちに、レンタサイクル屋で自転車を借り天橋立の松林の中を走って向かいの府中エリアへ。
  

所々に名前の付いた大きな松があるが、左右が海岸ということを除けば普通の松並木の中を走ること約30分。
  

府中エリアはやはり文珠エリアと同様にケーブルカー又はリフトに乗って傘松公園に上がって眺める。ここからの眺めは「昇龍観」と呼ばれているそうな。残念ながら逆光でうまい写真が撮れなかった。

元伊勢籠神社
伊勢神宮の天照大神、豊受大神はこの地から伊勢に移されたとの故事から元伊勢と呼ばれる。
  

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