8月15日は「終戦記念日」8月に入ると沖縄各地で慰霊祭が行われる。
以前は大勢の人が本土からも来て盛大に行われていたが戦後80年。
無縁仏のようになってしまった記念碑もある。
ダイビングをはじめた頃にはお客さんで戦争帰りの人が多くいた。
空母に乗っていたという人、零戦に乗って大空を駆け回っていた人や、
潜水艦に乗っていたという人もいた。
身体半分に火傷の後が残っている人がいた「火傷ですか?」と
聞いたら「大和の生き残りです。」といっていた。
大和の乗員3300人、徳之島沖で攻撃を受けて沈没したとき
約270人の人が生存していたそうだ。
その人が韓国に旅行にいって空港の税関で「その怪我は?」と
聞かれたそうだ。「大和に乗っていた。」と伝えると空港からホテルまで
VIP専用者で送ってくれたという話しをしていた。
当時の大和には韓国の人も乗っていたらしい。
物のない時代から急成長した日本で生きた親たちに育てられた
私たちの時代は、日本の歴史の中でも一番幸福な時代を生きている。
戦争を知らない私たちには当時の戦争の話しを当事者から、
まるで手に汗握る物語のように聞いていた。
さすが戦後80年も経つと、それはもう遠い昔のような話しである。