哲学日記

修証義

 

修証義しゅしょうぎ
曹洞宗の信仰指導書の一。1890年(明治23年)成立。道元の「正法眼蔵しようぼうげんぞう」より文章を選び、五章三一節に整理したもの。(大辞林)

 

 

(修証義 総序)冒頭の言葉を引用させて頂きます。
生を明らめ

死を明きらむるは

仏家一大事の因縁なり




この勇ましい宣言を初めて見た時びっくりした。

すごい覚悟だなあ、と。


 


【全国曹洞宗青年会】修證義 第一章 総序 Shushogi General Introduction




続けて(修証義 第二章)より引用させて頂きます。

仏祖の往昔おうしゃく吾等われらなり、

吾等が当来とうらいは仏祖ならん。

 

すでに成った聖者と、

これから成る聖者ってことね。




(修証義 第三章)より引用させて頂きます。
西天東土さいてんとうど仏祖正伝ぶっそしょうでんする所は恭敬くぎょう仏法僧なり。 …

仏は是れ大師なるが故に帰依す、
法は良薬なるが故に帰依す、
僧は勝友なるが故に帰依す



(修証義 第四章)より引用させて頂きます。
若し菩提心をおこして後、六趣四生に輪転すといえどその輪転の因縁皆菩提の行願となるなり、しかあれば従来の光陰はたとむなしく過すというとも、今生の未だ過ぎざるあいだに急ぎて発願すべし


愚人おもわくは利他を先とせば自らがはぶかれぬべしと、しかには非ざるなり、利行は一法なり、あまねく自他を利するなり。


むかいて愛語を聞くはおもてを喜ばしめ、心を楽しくす、面わずして愛語を聞くは肝に銘じ魂に銘ず、
愛語廻天かいてんの力あることを学すべきなり。



※【愛語】
《梵priya-vditの訳》菩薩が他者に対して心のこもった優しい言葉をかけること。人々を救いに導く実践行である四摂事(ししょうじ)の一。 (大辞泉)

 

 

(修証義 第五章)より引用させて頂きます。
光陰は矢よりもすみやかなり、身命は露よりももろし、いずれの善巧方便ぜんぎょうほうべんありてか過ぎにし一日を復びかえし得たる、
いたずらに百歳生けらんは恨むべき日月なり、悲むべき形骸なり、
たとい百歳の日月は声色しょうしき奴婢ぬびと馳走すとも、その中一日の行持を行取ぎょうしゅせば一生の百歳を行取するのみに非ず、百歳の他生をも度取すべきなり、
この一日の身命は尊ぶべき身命なり、尊ぶべき形骸なり、此行持あらん身心自らも愛すべし、自らも敬うべし、
我等が行持に依りて諸仏の行持見成げんじょうし、諸仏の大道通達だいどうつうだつするなり、
しかあれば即ち一日の行持是れ諸仏の種子なり、諸仏の行持なり。





 

 

 

 

(My Favorite Songs)


www.youtube.com

 

(過去記事編集再録)

名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最近の「日記」カテゴリーもっと見る