若い時、重い悲劇と受けとっていたことが、じつは軽い喜劇だったとわかるようになる。
就活は1年中だと言われながらも、この3月は今でも就活が活発になるから、いちおう「就活シーズン」と云っていいのかな。 ...
絶妙の仏教
親鸞は「教行信証」で『観経義疏』を引用して、説いている。いま浄土の経典はいずれも一様に魔の障りを説かない。したがって、この教えには魔の障りがないことを、はっきり知ることができる。...
ネガティブ自信
仏教とは、ありのままの自分を深信することだ。この「自分を深信すること」が、親鸞のように、完全に、ほとんど自虐的なまでにネガティブに自覚、表明される場合がある。以下の言葉は、そ...
悪魔の言葉とブッダの言葉……これは選択問題じゃない
次の言葉を人に聞かせて、感想を訊いてみる。子女ある者は子女について喜び、牛ある者は牛について喜ぶ。人間の執着するよりどころは喜びである。執着するよりどころのない人は実に喜ぶことが...
阿含経典のおしえ
阿含経典のおしえ。「比丘たちよ、色(肉体)があるにより、色を取するにより、また、色に執著するによって、<こは我である、こは世間である、死後の我はかくあらん。常恒にして永住する変易な...
なぜ世界はいつまでたっても酷いままなのか
仏教では、よくことばを月差す指にたとえる。もし人に、月がはじめから見えなかったら月ということばは生まれないだろう。では、一人だけに月が見えて、他の誰にも月が見えなかったらどうか。...
楽しみを求めるだけの識別能力
親鸞は教行信証で『大智度論』を引用して言っている。「真実の智慧に依る」とは、その智慧はよく善悪を比較し区別するが、識別はただつねに楽しみを求めるだけで、肝心の正しい道にはいってい...
有終完美者
すべての生きとし生ける者は、さあいよいよ死ぬというその時、例外なく極めて悲惨な有様になる。人間ならまた一層。だれ一人、有終完美者にはなれない。国王、大臣、権力者、...
鳥なき郷の蝙蝠
ブッダが発見した 無我という真理 は、生物一般の宿命的盲点になっている。 賢愚を問...
確認
今ここに生きている事実に感謝し喜べる者が、最も幸福な人間だ。だから、幸福になるのは、まったく自分しだいで、じつに簡単な事なのだ。あまり簡単すぎる事は、かえって多くの人間が気づかな...