#320: ミラボー橋

2010-12-29 | Weblog
 ある芸術家同士の恋から生まれたオハナシ… 

 詩人のギョーム・アポリネールは、20世紀の初頭、当時「青の時代」「バラ色の時代」だった画家パブロ・ピカソと知り合った。哀愁に満ちたピカソの絵に惹かれたアポリネールだったが、ピカソの作風は徐々に変化し、キュービズムの絵になっていった。アポリネールは、驚き戸惑ったものの、やがてピカソを擁護する論陣を張るようになる。そしてピカソのアトリエで、女流画家マリー・ローランサンと出会った。二人は恋に落ちた。アポリネール27歳、ローランサン22歳のことだった。

 1911年の8月、ルーブル美術館から「モナ・リザ」の盗難事件が起こった。パリ警視庁の捜査の過程で、アポリネールの秘書がルーブルからひそかに彫刻を盗み、自宅に隠匿していたことが発覚した。アポリネール自身の関与も疑われ、拘留されることになったが、結局は秘書ともども無罪放免となった。しかし、この事件の後、アポリネールは病的なほど疑い深くなってしまい、ローランサンが彼の元を離れるきっかけとなる。アポリネールは絶望の極みに陥ってしまった。

 だが、そこは芸術家、絶望を昇華してしまうのである。アポリネールはローランサンとの恋をモチーフに「アルコール」と題した詩集を出版する。一方、ローランサンの方も、別離をきっかけに、女流画家として自立し始める。

 アポリネールは第一次世界大戦の勃発と同時に志願兵として出兵、戦場で頭部を負傷、やがて怪我の後遺症と当時大流行したスペイン風邪にかかり、38歳の若さで死んでしまう。彼の死の床には、生涯愛したローランサンの描いた「アポリネールと友人たち」という絵が掲げられていた。葬儀には、ピカソ、ジャン・コクトーら多くの芸術家たちが参列した。



 詩集「アルコール」には、ローランサンとの恋をモチーフにした「マリー」や「ミラボー橋」というすばらしい詩が収められている。特にローランサンとの恋の破局に苦しむ彼を慰めたミラボー橋から眺めたセーヌの流れについて…

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 ミラボー橋の下をセーヌ川が流れ
  われらの恋が流れる
 わたしは思い出す
  悩みのあとには楽しみが来ると

   日も暮れよ 鐘も鳴れ
   月日は流れ わたしは残る

 手と手をつなぎ 顔と顔を向け合おう
  こうしていると
 二人の腕の橋の下を
  疲れたまなざしの無窮の時が流れる

   日も暮れよ 鐘も鳴れ
   月日は流れ わたしは残る
 
 流れる水のように恋もまた死んでゆく
  恋もまた死んでゆく
 命ばかりが長く
  希望ばかりが大きい

   日も暮れよ 鐘も鳴れ
   月日は流れ わたしは残る

 日が去り 月がゆき
  過ぎた時も
 昔の恋も 二度とまた帰ってこない
  ミラボー橋の下をセーヌ川が流れる

   日も暮れよ 鐘も鳴れ
   月日は流れ わたしは残る (「ミラボー橋」/堀口大學訳)

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 この詩は、1952年になって、パリの大歌手であり作曲家、思想家でもあったレオ・フェレの手によって、素晴らしいシャンソンとなり、第二次世界大戦の戦火から復興していく途上のパリ市民の愛唱歌となった。

 そして、ローランサンの方は、アポリネールの死後も長く画家として生き、シャンソン「ミラボー橋」の歌が流れるパリで、1956年、73歳で亡くなった。葬儀は、ローランサンの遺志通り執り行われた。白い衣装に包まれ、赤いバラとアポリネールからの手紙を胸にしながら…

 「死んだ女より、哀れなのは忘れ去られた女です」(マリー・ローランサン)

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 「恋一つなくして部屋の鍵を変え」

  


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2 コメント

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ミラボー橋 (伊閣蝶)
2010-12-29 18:08:22
ギヨーム・アポリネールのミラボー橋、胸にしみる美しい詩ですね。
彼はこれほどまでにマリー・ローランさんのことを愛し続けていたのかと思うと、感動もいやますものがあります。
それにしても、「アルコール」が出版されたのが1913年で、その翌年には、当のマリー・ローランサンはドイツ人の男爵と結婚してしまうわけですから、何だか男としては寂しいものを感じてしまいますね。

・男の恋愛は「名前を付けて保存」
・女の恋愛は「上書き保存」

なんて話もありますが、身につまされます。

最後の句にもとても深い感動を覚えます。やはり身につまされますが。

ところで、先日の中八のことについて、私のブログでもちょっと取り上げさせていただきました。
その折、蚤助さんのブログも引用させていただきましたので、事後になって申し訳ありませんが、ご報告申し上げます。
レオ・フェレ (管理人)
2010-12-29 21:43:54
引用はNo Problemです。
どうぞ、ご批評なり、反論なりをしていただいて結構です。
今回、本当はアポリネールとローランサンの話ではなく「ミラボー橋」に曲をつけたレオ・フェレの方をメインにする予定だったのです(笑)。
レオ・フェレについてはまたの機会に、ということで…

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