#630: さよならを言うたびに

2014-06-29 | Weblog
もう終了してしまったが、NHK地上波テレビで放送されていた土曜ドラマ『ロング・グッドバイ』(全5回)は、レイモンド・チャンドラーの原作を、終戦直後の東京を舞台に翻案、なかなか見どころの多い作品だった。意外なことに、連続ドラマは初主演だという浅野忠信が私立探偵(増沢磐二)に扮した。和製フィリップ・マーロウの感じがよく出ていて好感が持てた。ほかに綾野剛、小雪、古田新太、冨永愛、柄本明らが出演してなかなか骨太なドラマに仕上がっていた。以前、こちらでも触れたことがあるが、『ロング・グッドバイ』のキャッチコピーは、“To Say Goodbye Is To Die A Little”(「さよならを言うのは、少しだけ死ぬことだ」/村上春樹訳)である。人気を博した朝ドラ『あまちゃん』の音楽で名を上げた大友良英がこのフレーズをもとに曲を書き、歌姫役の福島リラが歌っていた。マイルス・デイヴィス風のミューテッド・トランペットを多用した劇中音楽も、混沌とした時代の雰囲気が出ていて、出色の出来ではなかったかと思う。

「さよならを言うのは、少しだけ死ぬことだ」は、原作“The Long Goodbye”のあまりにも有名な決め台詞であるが、このフレーズは、どうやらレイモンド・チャンドラーのオリジナルではないらしい。というのは、主人公の私立探偵マーロウは「フランス人というのはどんな場合にもぴったりとはまる台詞を持っている」と前置きをしてから、このフレーズを口にするからである。では、ここでいう「フランス人」というのは何のことか。調べてみると、フランスの詩人・劇作家エドモン・アロクール(1856‐1941)のことだそうだ。彼の詩にフォーレが作曲した歌曲もいくつかある。このフレーズは彼の『別れのロンデル』という詩の一節からの引用だという。

RONDEL DE L'ADIEU (1891)/Edmond Haraucourt

Partir, c'est mourir un peu,
C'est mourir a ce qu'on aime...

別れのロンデル(1891年)/エドモン・アロクール

出発することは、ほんのちょっぴり死ぬことだ
愛する人との死に別れ...

だが、この決め台詞をチャンドラーよりも先に世に出した人がいる。コール・ポーターである。“The Long Goodbye”が発表されたのが1953年、ポーターがレヴュー『Seven Lively Arts』のために書いた“Ev'rytime We Say Goodbye”を発表したのが1944年である。このレヴューはストラヴィンスキーのバレエを紹介するという趣向のミュージカルで、要所にポーターの歌が挟まるというものだったそうだ。ヒットした有名なナンバーなので、フィリップ・マーロウ氏にしたって、この言い回しは既に知っていたはずである(笑)。

まずは、ポーターの歌がどういうものか見てみよう。

EV’RYTIME WE SAY GOODBYE (words & music by Cole Porter)

Ev'rytime we say goodbye, I die a little
Ev'rytime we say goodbye, I wonder why a little
Why the Gods avobe me, who must be in the know
Think so little of me, they allow you to go...

さよならを言うたびに 私はすこしだけ死ぬ
さよならを言うたびに 少しだけ不思議に思う
私のことをよくご存じのはずの神様は
どうして私のことを考えてくれないのか
あなたを行かせてしまうなんて

あなたがそばにいると あたりが春の気配に満ち
どこからか春を歌うヒバリの声が聞こえてくる
これほど素敵なラヴソングはないのに なんて変なのだろう
長調(major)のはずが短調(minor)になってしまう
さよならを言うたびに

“be in the know”というのは、「よく知っている、事情に通じている」という意味の成句である。「なんて変なのだろう、長調のはずが短調になってしまう」という箇所は“how strange the change from major to minor”で、別れのつらさをこう表現しているのである。しかもこの部分は実際にメジャーからマイナーへと変化するコード進行となっていて、いかにも粋なポーターらしい。この曲、『いつもさよならを』という邦題もあるけれど歌の内容とニュアンスが違う感じがして、『さよならを言うたびに』の方が蚤助にはしっくりとくる。数あるポーターの作品の中でも最も美しいバラードのひとつである。


(After Hours/Sarah Vaughan)

基本的に、女心を歌っていると思われる内容なので、多くの女性シンガーに愛好されている作品だが、サラ・ヴォーンの軽やかなスウィング感を持ったバラード表現はとりわけ印象深い。伴奏はマンデル・ロウのギターとジョージ・デュヴィヴィエのベースのみ、61年の録音。


(Duet/June Christy & Stan Kenton)

サラより「さら」にシンプルにスタン・ケントンのピアノ伴奏だけで歌ったジューン・クリスティは、丁寧に歌いこんでいる。いわば美しき楷書体による歌唱である。55年の録音。

なお、87年にはシンプリー・レッドがノスタルジックに歌って、リバイバル・ヒットさせている。

インストではテナーの二大巨匠、ジョン・コルトレーンとソニー・ロリンズのプレイがやはり聴きものだろう。どちらも同じワンホーンのカルテット演奏だが、受ける印象はかなり違う。


(The Sound Of Sonny/Sonny Rollins)

ロリンズは、ソニー・クラークのピアノ、パーシー・ヒースのベース、ロイ・ヘインズのドラムスを従えて、ミディアム・バウンスで悠揚せまらぬプレイを聴かせる(こちら)。ここではこの美しい曲を単なるインプロヴィゼーションの素材として扱っているようだ。一筆書きで一気呵成に綴った風格漂う演奏(57年録音)。


(My Favorite Things/John Coltrane)

コルトレーンがマイルス・デイヴィスのバンドを脱退し、独自の世界を追求し始めた60年の録音。この曲はソプラノ・サックスでオーソドックスなバラードプレイに徹しており、トレーンの自信に満ち溢れた力強いソロ・ワークに魅了される。共演はマッコイ・タイナーのピアノ、スティーヴ・デイヴィスのベース、エルヴィン・ジョーンズのドラムス。“My Favorite Things”が有名すぎるほどの名演だが、これはその隠し味ともいうべき秀逸な演奏である(こちら)。

さよならのメールウィルス付けて出す  蚤助



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2 コメント

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Unknown (けいこ)
2014-06-30 19:16:51
冒頭のドラマは見ていないんですが
浅野氏、モスクワ映画祭主演男優賞を取りましたから
タイムリーな話題ですね。

コール・ポーターの曲は本当にあらゆるミュージシャン
がカバーしていて、「EV’RYTIME WE SAY GOODBYE」
もどこまでも切なく甘く・・・。

でも生意気ながら、もし歌うとなると、
こんな難しい曲はありません。
実際シンプリーさん、1箇所音程怪しい気が・・・。

変わりどころではアニー・レノックスもライブで
ハ―ビ―・ハンコックとやってますね。
あとロッド・スチュアートの歌唱も結構好きです。
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浅野忠信 (蚤助)
2014-06-30 22:31:41
けいこさんの言うとおり、なんだかしらないけどとてもタイムリーでしたね。

けいこさんの耳には感服です。

ロッド・スチュワートの「ザ・グレート・アメリカン・ソングブック」(4CD+DVD)は蚤助もボックス・セットで持っております。
彼の声が好きです。美声の歌手よりもどちらかといえば渋い塩辛声の持ち主(笑)や、ハスキーな歌手が好みだということを自覚しております。
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