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タケフナイフ

2006-07-19 15:08:49 | 過去のBlog記事

僕は28歳のとき、交通事故に遭って、車椅子での生活を余儀なくされたんです。
しかしその後も2年くらい東京の赤坂でデザインスタジオを開設しました。でも働き続けたせいで体を壊して、故郷の福井に戻ったんです。
いわゆるUターンですね。


ARTUS

そこで出会ったのが、伝統工芸です。
福井の越前には“打刃物”という、1300年代から始まり、おおよそ750年の歴史を誇る打刃物の技術があります。でも時代の流れとともに廃業してしまうところが多かったんですね。そこで、廃れつつある伝統工芸にデザインを導入することによって活性化できないかということで、『タケフナイフビレッジ』を若手集団と立ち上げたんです。
そういう経緯で、僕は“インダストリアルデザイン”として刃物を造りはじめました。



この活動は、デザインを導入することで産業を復活させ、地域を活性化した!ということで、その当時大変話題になりました。タケフナイフビレッジを立ち上げてから、早いものでもう20年以上経つんですが、今も活動を続けています。
タケフナイフビレッジでは、ナイフ作家を育てるという活動も目指し、今では雑誌に掲載されるような優秀なナイフ作家が二人ほど生まれました。ナイフ作家は1本30万円もするナイフを造ったりするので、彼らには「川崎さんのインダストリアルデザインのナイフよりも、俺の刃物ほうがはるかに高い!」とか言われたりするんですよ(笑)



タケフナイフビレッジでの活動を通して、刃物についていずれ本を書かなければと思うほど、刃物の研究をしました。

タケフナイフビレッジでの僕の活動を知って、イタリアのキッチンアイテムメーカーの『アレッシー』や銃器メーカーの『ベレッタ』から「一緒にやりたい」と言われてナイフの試作もしたんですが、イタリアの刃物技術ではあまり切れないんですね。他の国のメーカー、たとえばドイツでもタケフナイフのような切れ味は出せませんでした。
日本の刃物の技術はそれだけ優れているということです。



夢は世界一切れるナイフの生産地として、越前の『タケフナイフビレッジ』が認められることです。
たった10名のメンバーなんですが、1000坪くらいの土地のところにちゃんと工房を建てて、見学者も入れる、本格的な“ナイフビレッジ”と呼べる「場」を10年かけて実現しました。



CULEUS

中華包丁や寿司屋さんの蛸引や柳刃とかも全部ひっくるめると、タケフナイフビレッジで50種類くらいの作品つまり、製品を作りました。20年位前にデザインしているんですけど、未だにモデルチェンジとかはしていません。それだけ完成度を自分でも懸命にやりとげた作品だということになります。



タケフナイフは大々的な販売はしていないんです。実際に刃物を作っているところを見ていただいたうえで買っていただいたほうがいいと思っているのです。実際に、タケナイフビレッジに来ていただかないと買えないスタイルをとっているシリーズもあります。そのような売り方とユーザーとの関係づくりが必要だ、と僕は思っているんですね。



PLA_SCHOL

Folding_Knife


FLUCTUS&CULEUS

X&I