社会問題研究所

社会の裏側に隠された真実を追求します。

何者が毒ガスを提供したのか

2011年03月06日 | 国際・政治

題名:「何者が毒ガスを提供したのか」
定価:1800円
オウム真理教事件の真相を暴く
小平市立図書館在庫
国立国会図書館在庫 全国書誌番号 20999335

まえがき

 一連のオウム真理教にかかわるとされた事件が大きく取り上げられるに至ったのは、地下鉄サリン事件が発生してからである。このときの市民の第一声は「誰がこんなことをやったのだ」であった。その日を境にして、マスコミはオウムの犯罪なるものを大々的に報道しだした。新聞には第一面で「自衛隊の乗っ取り計画」とか、「サリン二百五十キロの東京上空散布」とかの記事が二年にわたって続いた。
 これを契機として、また五年以上も前の一九五九年暮れに起きた坂本弁護士一家殺害事件も突如浮上した。この事件の直後、元信者岡本一明が坂本夫妻の長男龍彦が埋められた場所の地図と映像を神奈川地検と共産党系の弁護士団体横浜法律事務所に郵送しているのである。しかし、この事実は地下鉄サリン事件発生まで完全に隠蔽され続けていた。
 松本サリン事件は地下鉄サリン事件より八カ月も前に起きた事件であったが、河野義行氏が犯人とされ続け、警察が河野氏に謝罪したのは事件後一年たってからのことであり、地下鉄サリン事件が発生してからも五カ月たってからのことである。しかし一九九五年元旦の『読売新聞』では、上九一色村でサリンの残留物が発見されたと報じられた。この報道は『読売新聞』一社というのも奇妙であったが、地下鉄にサリンが撒かれる一カ月前のことであり、その後に行われたように徹底的に捜査をすれば、地下鉄サリン事件がオウム真理教の犯罪であるか否かは分かったはずである。一方地下鉄サリン事件が発生する直前の一月に、上九一色村のオウム教団施設で子供を含む五十人以上のサリン中毒事件が発生している。これは当時はまったく報道されなかった。
 このように権力機構はマスコミを操作し事実を隠蔽し続けてきた。また事件の取り上げ方もまず地下鉄サリン事件から始まり、坂本弁護士一家殺人事件となり、松本サリン事件は一番最後になった。しかし、オウム教団弾圧の計画はすでに坂本弁護士一家殺害事件以前から企てられていたものである。
 この本ではオウム教団弾圧の過程での逆行した事件の取り上げ方とは反対に、時間を歴史的に追いながら新聞その他の報道から、その裏に潜む真実を掘り起こしオウム教団弾圧の経過とその目的を明らかにすることに努めた。
 アメリカは国土が広く移民の国であることから、多くの新興宗教が生まれてきた。古くは「モルモン教」や「ものみの塔」などすでに大きくなったものがある。一方、多くの弾圧された新興宗教もある。
 ジム・ジョーンズが主催する人民寺院はアメリカ国内を追い回されて、ついに南米のガイアナで一九七八年十一月、子供を含む九百人以上が殺された。一九九三年四月にはブランチ・デビデアンが主催する新興宗教はテキサス州ウェイコで宗教施設が軍隊に一カ月も包囲されたあと総攻撃を受け、女子供を含む百人以上が惨殺された。さらに地下鉄にサリンが撒かれる半年前の一九九四年十月五日、ほとんど同時にカナダのモントリオール近郊と、追われた先のスイスのシェリー村で殺人が行われ、子供を含む五十を超える死体が発見され、リュック・ジュレが主催する新興宗教『太陽寺院』が弾圧された。
 これらはキリスト教系の新興宗教であるが、アメリカでは、この他にイスラム系、ヒンズー系、黒人アフリカ系など七十年代以降、十種にも及ぶ教団が弾圧の憂き目に遭っているという。いずれも殺人集団のレッテルを貼られての圧迫であった。
 大軍事力という集団的テロによって圧迫解体された民族は、個人一人一人が身を犠牲にして反撃に立ち上がっている。今は集団的テロはテロといわず、個人的反撃のみをテロとして忌まわしいもののように糾弾されている。この一身を犠牲にした個人の反撃は宗教的信念に裏付けされている。大軍事力を陰で操っている権力集団は常に宗教集団の動向に敏感であり、教義の内容が権力集団の支配目的に反する動きがあるときには、教団が拡がらないうちにその芽を摘み取ろうと世界的に監視、策謀している。
 岩永天佑『告発の書』(インターネットHP)によれば、オウム教団に対しては、一九八六年四月以降、「神仙の会」時代にすでに権力者集団のスパイ数名が教団に潜入、会員になりすまして麻原教祖の人格、教義を徹底的に分析し、その結果教団が権力者集団に重大な脅威であると結論し、教団の活動妨害が決定されたという。その後どんな経過を辿ったのか、これに始まる一連の事件を辿って事実を明らかにしていこう。

あとがき

地下鉄サリン事件が起きてから八年余が経過した。この本で取り上げた内容を要約してみると次のようになる。
当初の一年はオウム教団を弾圧する目的のマスコミを動員しての大々的な宣伝とならんで、国松長官銃殺未遂事件、村井秀夫氏殺害事件、各所に起きた異臭事件、そして都庁小包爆弾事件と集中的に事件が発生し、教祖を含む教団幹部が次々と逮捕された。続く一年は頻発するO‐157食中毒事件や列車妨害事件で、社会不安の情勢が醸し出された雰囲気の中で元信者という連中の自白に基づいた裁判が行われた。その後判決が下されたが、いずれの事件も「麻原教祖の指示の下に村井秀夫氏が先頭に立って犯行が行われた」という検察側の主張に対して、裁判所はこれを丸飲みにした判決を出したのが特徴である。まさに『死人に口なし』を地で行ったものであった。
その後情勢は徐々に変化した。幹部を一掃した後、圧迫は一般信者にも及んだ。オウム真理教信者の関与するパソコン会社の経営に干渉し、資金源を絶つほかに、信者の居住権をも奪う策動が続いた。これには住民運動なるものが組織されたほか、暴力団の策動もあり、その中には拳銃発砲事件も起きた。
こうした策動にもかかわらず教団は生き延びており、最近はアーレフという名前に代えて信者は再結集しているという。ここにきて謀略集団はオウム真理教事件を過去のものとして忘却の彼方に消し去ろうとしている。ニューヨークで起きた国際貿易センター爆破9・11事件直後、地下に潜行していると称されている元オウム信者平田信と菊池直子に六百万円の懸賞金を掛けたが、一年も過ぎた現在は交番に張ってあった顔写真も捕まったかどうかについて何の断りもなくほとんど撤去されてしまった。
 今年(二〇〇五年)に入ってから、麻原教祖に対する論告求刑もおわった。麻原教祖がサリンの存在すら一貫して否定しているにかかわらず、一連のサリン事件を指示したとする検察側の主張は今までの経過から間違いなく判決に反映されるであろう。すでに一九九六年春の最高裁判決で何の実質裁判も行われないままに「オウム教団はサリン犯罪を行なった」という判決を下しているのだから。
東京地裁の麻原判決が下された後は、時間を稼いで事件を闇から闇に葬る策動を続けるに違いない。国民の関心が薄らぐように努め、忘却の彼方に押しやろうとするであろう。すでに帝銀事件の例もある。帝銀事件は、陸軍登戸研究所が開発した有機シアン化合物シアンヒドリンを戦争直後米軍が押収したことに始まる。シアンヒドリンは青酸カリと異なり、胃に入って胃酸により分解されて効果を発揮する遅効性の毒物である。この毒薬の人体実験をやらされた男は陸軍中野学校出身者で、戦犯訴追と引き替えに実行したといわれている。犯人とされた平沢忠道は全く無実であった。平沢は何度も再審を請求したがその都度却下された。しかし死刑を執行することができず獄死した。養子がその後再審を請求しているが、最早過去のものとしてマスコミにも取り上げられることはなくなった。一九四九年七月、国鉄レッドパージに際して起きた下山国鉄総裁殺害事件も線路に裸で横たわっている写真がなぜかアメリカ公文書館で五十年ぶりに発見されたにもかかわらず、写真週刊誌に載せられただけでマスコミは何の反応も示さなかった。
オウム真理教についても黙殺を狙っていることは事実である。オウム教団抹殺を図った一連の事件について内情を最もよく知っていた警察庁長官である国松孝次氏は口封じのために射殺されようとして九死に一生を得た。その後、外交官の経歴が無いのにスイス大使に任命され隔絶の身になった。今は任を終え帰国しているが、沈黙を強いられている。しかし、オウム教団弾圧には余りにも多くの人が関与している。教団は多くに信者を抱えていたし、今も存続している。弁護士だった青山伸吉氏も、殺人犯でもないのに科せられた十七年という不当に長い刑期を終えた後には出所するであろう。真実を隠蔽することは不可能であろう。
ソ連が崩壊しアメリカが一人勝ちとなった今、世界は大きく変貌しつつある。世界貿易センタービルを倒壊させた9・11事件を契機にアフガンに侵攻し、さらにイラクを侵略した。特にイラク侵略は石油資源の略奪を目的とするものであった。この9・11事件は実は米国政府が事前に知っていた疑いが持たれている。その理由はCNNテレビ局がビルに突入する最初の飛行機を事前に準備し撮影し、しかも放映していたのである。この事件の直前に開かれたサンフランシスコ平和条約締結五十周年記念会議に出席していた田中真紀子外務大臣は帰国早々テレビの取材に対して、今まで経験したこともない「五十人のボディガードがつく異常な警戒態勢」だったと述べた。この後間もなく田中は外相を解任された。これらは裏に闇の権力集団の存在をうかがわせる。この権力者集団こそがオウム教団弾圧を目論んだ者たちである。
なぜオウム教団をこれほど徹底的に弾圧するほど危険視したかについては、充分に解明されてはいない。この教団の教義については全く知らず本書でも触れていないが、教義によるというより社会的影響力から判断されるべきであろう。原始仏教では出家信者と在家信者が分かれていた。出家信者は生産労働に携わらず修行に専心し人間に生きる道を教え托鉢により暮らしていた。生産に携わる在家信者は出家信者から人生の道を教えられ食料を寄進して生活を支えていた。小乗仏教といわれる南方仏教はこの伝統を引き継いでいる。日本の仏教はこれと異なり在家主義で、最近は葬式仏教と化してしまった。街には浮浪者が溢れる時代にもかかわらず万人に救いを差し伸べるという宗教者の理念が失われてしまっている。
オウム教団は釈迦の昔に帰って出家信者を中心に活動しているが、修行としてパソコンショップやラーメン屋を経営し生産活動に従事していて、その収益金で在家信者である浮浪者を含む貧しい人々を救済しているようである。阪神大震災の時も真っ先に救援活動を行なったのもオウム教団であった。若い青年が多く惹かれたのも故無きことではなかった。こうした宗教の急速な拡大に、世界支配の権力が恐れを抱いたと推察される。
オウム教団弾圧劇は世界を支配する黒い謀略集団が日本の国家機構、すなわち政府、国会、警察、公安調査庁そして裁判所をも動員し、マスコミも言論統制下に置いていることを明らかにしている。この本は一連のオウム真理教事件を追うことによって日本が亡国の淵(ふち)にあることを示している。我々はこの現実を見据えて我が国の将来を切り開いていかなければならない。


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