カヤックと過ごす非日常

大人は水辺で子供に返ります。男は無邪気に、女はおバカに。水辺での出来事を通してそんな非日常を綴っていきます

927.伊勢と熊野を繋ぐ道 ― つづら折れの峠道

2019年09月21日 | Weblog

台風が去ったと思う間もなく、遠くの海ではまた台風が発生したらしい。海にはそこそこの波が立ち、空には見事な青空が広がり、峠には里の暑さがウソのような涼風が吹く日に、それではと熊野の峠道を歩いてきた。そんなある日の記録。

 

伊勢と熊野を境する峠、ツヅラト峠。近くに別の歩きやすい峠道があるが、古くはツヅラト道が使われていたとのこと。世界遺産にもなっている道はどんななのだろう、と歩いてみる。どの道もどの山も、いろいろなコースがあれば行き方もある。ペルーでは4000メートルを超える峠をバスで行った。マチュピチュは10日もかけてインカ道を歩いて行く人もいれば、目の前までバスで行くこともできる。

ではこの峠道はどんな風に攻めようか。10キロか、15キロか。と、思案して、結局、世界遺産部分にちょいと花を添えた距離ほどにした。達人なら2時間? 1時間?  そんな早く終えたのではもったいない、とたっぷりと時間をかけて楽しんだ。今回は伊勢側から上り、熊野側へ下りる。

今日ご一緒するのはバルトさん。まずは山の小さな神様にお邪魔しますの挨拶から。

 

この神様、最初にお参りしたのは5年前の冬。あれから幾度の雨風が襲ったが、山も神様もご無事だっただろうか。歩き慣れた人はここまでずいぶん歩いてきて、ここで一休みする辺りなのだろうが、私はここから出発する。

道はよく整備されていて迷う事もない。しかし公園の遊歩道と思うのはしばらくの間で、じきに古道らしい道となる。

 

いにしえの女衆はこんな道を、壺装束で伊勢を目指したのだろうか。急ぎ旅の男衆は手甲脚絆で熊野を目指したのだろうか。

 

名もない小さな山道は時には崩れていたり、落石があったり、分岐がわかりにくかったりするが、「熊野古道」として紹介されている道はどこも安心して歩ける。整備している人たちのおかげだ、ありがたい。礼を言わねばならない。

こんな道もご愛敬。木の根階段。

 

荷坂峠道ができてからはそちらがメインになったと言うが、なるほど、こちらの道は難所ではないが荷坂よりは険しい。息を切らせて登ってしばらくすると、峠のこんな景色で癒される。

 

秋の澄んだ空気は10キロ離れた島も近くに見せる。大島、先日、あそこへ行こうと誘われたのだが、何だかんだで行かず終いとなった。初めて行ったのは、あれはカメラさんやペンタさん達とだった。「ロウソク岩」と名付けた高い岩があった。もう、7年も前となったのか。今度、また行こう。

見晴らしの良い展望所、漕いだ島、漕いだ岬を下からも上からも、と記憶と記録に残す。ゆっくりと景色を堪能し、そろそろと言って下り始める。

 

途中何ヶ所かに野面積みの石垣がある。粗野な趣が古道に相応しい。縦の石があれば、横の石もある。熊野古道で時々見かける石畳。

 

「ヒール」なんぞと言う物が存在しなかった時代には泥濘よりは歩きやすかったのだろう。しかし捻挫に注意が要りようだ。山道の途中で小さな祠があった。

 

山神様がおいでになる所はいろいろだ。小さいながらも立派な社だったり、石を積み上げた祠だったり、岩の小さな窪みだったり、雨ざらしの道端だったり。石の姿だったり、丸太だったり。そうそう、男性が自分の奥さんの事を「山の神」などと呼ぶこともあった。山の神は人の姿にもおなりになるようだ。

 

もうずいぶん下って来た。短い距離にしてはだいぶゆっくりしてきた。木の根の、幹の、石の形の、色の、どれとして同じではない、同じではない日のささやかな違いを記録することが私の楽しみである。だから、時間がかかる。

まだまだ暑い日ではあったが、峠の道は尾根風が心地良く、麓に下りれば水音高い渓流が涼を呼ぶ。流れのそばにこんな仏様がおいでになる。

        

中においでになるのがご本尊? 外にお立ちのお地蔵さまは脇仏? プライバシーどうのこうのと言う時代、あまり覗き見するのは失礼かと思い、ここでやめた。蛇やムカデや蜘蛛や蜂が怖かったからではない。この先、平坦な道を行き、熊野古道のお手軽峠ハイクは無事終了した。古道はどの道も平らな一直線の道ではない。折れ曲がり右に左にを繰り返しているが、この道は、「ツヅラト」の名に相応しく、本当に99回は曲がっているだろう。

終了したところで、まだ元気が残り、昼からはこんな所へも行った。

 

海を見下ろす高台にある神社。歴史は古いようだが、建って何百年も経つと言う社殿ではない。意外と、と言っては罰が当たるかもしれないが、意外ときれいだ。 入ってすぐに楠の巨木がある。

 

幹回りは10メートルを超すと言う、樹齢900年とも、1000年とも言われる古木の幹はその歴史を折りたたむかのように深い皺が幾重にも重なっている。1000年と言う時間を一目にして教えてくれる木。 地元の人が草取りをしていた。近くに行って話を聞く。仕事の手を止めて語る話にこの地区の時代の移り変わりを垣間見た。

近くにこんな物があった。

 

水準点を示す古い覆い。錆びて、いつの時代からの物かわからないが、マンホールのような蓋に絵柄が付いているのが珍しかった。日本列島と、ヘルメットを被り測量機械を動かしている作業員のような画。かなりの錆び様。千年の大楠には及ばないが、これもまた歴史の生き証人なのだろう。お仕事、ご苦労様です。と言って後にした。 

帰りにこんな所に寄った。

 

マンボウたちは今日も元気に空を泳いでいた。やっぱりマンボウは青い空に限る。

 

良い日だった。終わってみれば倍は歩けただろうと思ったのだが、次の日、珍しく筋肉痛が起きた。伊勢と熊野を分ける峠道は、そう、甘い道ではないようだ。

 

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