(文部科学省ホームページ:学制百年史/資料編 / 学校系統図)
http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/others/detail/1318188.htm
http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/others/detail/1318188.htm
文部科学省の諮問機関、中央教育審議会が、
次期指導要領の「審議まとめ案」を発表しました。
(Web産経ニュース:次期学習指導要領 中教審特別部会がまとめ案
→http://www.sankei.com/life/news/160801/lif1608010022-n1.html)
色々、感想はありますが、
「教育問題」は、百人百様の意見があるものなので、
「流行」を追うのに忙しく「不易なる部分」すなわち理念を失わないように、
ま、上手くまとめてください、とだけ言っておきましょう。
ところで、
8月3日は「学制発布記念日」なんだそうです。
が、
いまだに「戦前の日本」はとにかく嫌い、という人も多くて、
そのせいか、地味な扱いですね。
〈政府は五年八月二日学制の趣旨を宣言した太政官布告(第二百十四号)とともに「学制」を公布し、文部省は翌八月三日(太陽暦九月五日)「文部省布達第十三号および第十四号」を発して右の太政官布告をそえて「学制」を全国に頒布したのである〉
(文部科学省ホームページ:学制百年史/学制の制定
→http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/others/detail/1317581.htm)
というところから来ているとのことですが、
「偏狭なナショナリズム」だと(ゆえなく)批判された教科書には、
こなんふうに書かれていました。
〈1872(明治5)年、学制が発布された。教育は国家のためだけでなく、個人のためにも必要なのだという考え方が説かれ、「どの村にも子どもを学校に行かせない家は一件もなく、どの家にも学校に行かない子どもは一人もいないようにする」と宣言された。
小学校は義務教育となり、江戸時代の寺子屋の多くが小学校に転換されたため、わずか数年で2万6千校の小学校が設立された。就学率は、はじめ5割以下だったが、その後急増し、明治末年には100%近くに達した〉
(『新しい歴史教科書・改訂版 扶桑社2005年より)
私なんぞは、ほほ〜、と素直に受け止めますけどね。
というか、
「江戸時代の寺子屋の多くが〜」というあたり、
明治時代の変革は江戸時代が在ったればこそで、
巷間いわれているほど、
(少なくとも当時の庶民にとっては)激変ではなかった気もするし、
まさに「維新」だったんだなあ、と思います。
ひょっとしたら、
昭和20年夏の前と後も、
時代が変ったということにしたい人々の宣伝が行き渡っているだけで、
本当のところ、日本も、日本人も、そんなに変っていないのかもしれませんね。
ところで、
学制には前文がついていて、
〈「御布告書」あるいは「勧学の御布告」と呼ばれ、また結びの文に「右之通被仰出候」とあるところからのちに「被仰出書」とも呼ばれるようになった〉
そうですが、それは、
〈人々自(みづか)ら其身を立て其産(さん・しんだい)を治(をさ)め其業(げふ・とせい)を昌(さかん)にして以て其生(せい・いっしょう)を遂(とぐ)るゆゑんのものは他(た)なし身を脩(をさ)め智(ち・ちえ)を開(ひら)き才芸(さいげい・きりょうわざ)を長(ちょう・まず)ずるによるなり〉
(文部科学省ホームページ:学制百年史/資料編
→http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/others/detail/1317943.htm)
で始まってまして、
今日でも、そのまま通る「教育理念」になってます。
この文科省の資料は、
ふりがなが・意味が、かっこ書きになってて、
かえって読みにくいので、
いっそ、それらを抜きにし、
適宜改行して全文引用しておきます。
人々自ら其身を立て其産を治め其業を昌にして以て其生を遂るゆゑんのものは他なし
身を脩め智を開き才芸を長ずるによるなり
而て其身を脩め知を開き才芸を長ずるは学にあらざれば能はず
是れ学校の設あるゆゑんにして
日用常行言語書算を初め仕官農商百工技芸及び法律政治天文医療等に至る迄凡人の営むところの事学あらさるはなし
人能く其才のあるところに応じ勉励して之に従事ししかして後初て生を治め産を興し業を昌にするを得ベし
されば学問は身を立るの財本ともいふべきものにして人たるもの誰か学ばずして可ならんや
夫の道路に迷ひ飢餓に陥り家を破り身を喪の徒の如きは畢竟不学よりしてかゝる過ちを生ずるなり
従来学校の設ありてより年を歴ること久しといへども或は其道を得ざるよりして人其方向を誤り
学問は士人以上の事とし農工商及婦女子に至つては之を度外におき学問の何物たるを辨ぜず
又士人以上の稀に学ぶものも動もすれば国家の為にすと唱へ身を立るの基たるを知ずして
或は詞章記誦の末に趨り空理虚談の途に陥り其論高尚に似たりといへども之を身に行ひ事に施すこと能ざるもの少からず
是すなはち沿襲の習弊にして文明普ねからず才芸の長ぜずして貧乏破産喪家の徒多きゆゑんなり
是故に人たるものは学ばずんばあるべからず之を学ぶに宜しく其旨を誤るべからず
之に依て今般文部省に於て学制を定め追々教則をも改正し布告に及ぶべきにつき
自今以後一般の人民華士族農工商及女子必ず邑に不学の戸なく家に不学の人なからしめん事を期す
人の父兄たるもの宜しく此意を体認し其愛育の情を厚くし其子弟をして必ず学に従事せしめざるべからざるものなり
高上の学に至ては其人の材能に任かすといへども幼童の子弟は男女の別なく小学に従事せしめざるものは其父兄の越度たるべき事
但従来沿襲の弊学問は士人以上の事とし国家の為にすと唱ふるを以て
学費及其衣食の用に至る迄多く官に依頼し之を給するに非ざれば学ざる事と思ひ一生を自棄するもの少からず
是皆惑へるの甚しきもの也自今以後此等の弊を改め一般の人民他事を抛ち自ら奮て必ず学に従事せしむべき様心得べき事
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