そのさきへ -Deep Sky Blue version-

このブログは引っ越しています

[NBA短評]How to think LINSANITY

2012-02-19 21:22:56 | NBA
ジェレミー・リン。この1週間アメリカでこの名前以上に数多くメディアで流れた名前はないでしょう。そして誰もがこの台湾系アメリカ人が何者で、何をもたらしているのかを考えたことでしょう。

そもそも、ジェレミー・リンとは誰なのでしょう?こちらのコラムに書かれているこの説明が最も簡潔でわかりやすいものだと思います。

Born to parents Shirley and Gie-Ming on August 23, 1988, Lin is an Asian-American NBA player for the New York Knicks. He wears the jersey No. 17 and plays as point guard. As a professional basketballer he's not overly tall, measuring 6 feet, 3 inches (191 centimeters) and weighs 200 pounds (90.7 kilograms). He played for four years at Harvard, and has spent just one year as a professional player.

この名前が全米中に知れ渡ったのは、現地2月10日にニューヨークで行われたレイカーズ@ニックス戦でした。全米中継されたこの試合で、リンはレイカーズ、そしてコービー・ブライアントを相手に38点を上げ、勝利に大いに貢献しました。それ以降、リンは毎試合何を成し遂げるのかが人々の関心ごとになりました。

2月14日には、ニックスとMSGは"Happy VaLINtine's Day"という全面広告をニューヨークの地元紙に掲載しました。

(@darrenrovellより)
そしてリンはこの日トロントで行われたラプターズ戦で、試合終了間際に逆転の3ptシュートを放ち、チームとファンをハッピーにさせました。敵地で行われたにもかかわらず、ショットの瞬間、会場が大盛り上がりだったのはこちらを見ればわかります。


2月4日のネッツ戦で25得点を挙げてニックスに勝利をもたらして以降、リンはまさしくニックスとNBA、そしてアメリカのスポーツ界を変えました。リンの活躍で7連勝をし、ニックスをプレイオフ争いに引っ張りあげました。現地17日、ホーネッツがやっとのことでニックスの連勝を止めましたが、それでもLINSANITYと呼ばれるこのブームはまだまだ止まる様子はありません。リンはオールスター前日に行われるルーキーと2年目の選手で行われる試合に出場することが急遽決まりました。NBAもリンの影響力を無視することができなくなったのです。

リンはハーバード大学出身という知性のエリートである一方、それはバスケットボールの世界ではエリートとは呼べない環境にありました。リンがハーバードをMarch Madnessへ導き、バスケットボールのエリート校コネチカット大学を相手に大活躍をしても、NBAのスカウトからは無視されました。リンは2010年にFAで西海岸のウォーリアーズに加入しても大した活躍をすることもなく、ロケッツを経て、昨年末、東海岸のニックスへ入りました。ハーバードで活躍する台湾系プレイヤーということで、その当時少しはメディアも注目されましたが、それ以降彼の動向を追いかけるメディアは皆無だったといえるでしょう。

そう、今やリンは誰もが無視できない存在になりました。それはなぜなのか、ということがこの1週間の全米での命題になりました。もちろん、ニックスという大都市にあるかつての名門でここ最近は低迷が続くチームを勝利に導いてきた結果があるのは当然なことです。一方で彼は福音派(Evangelist)のキリスト教徒であることが注目を集めているのだという声もあります。福音派はアメリカ国内では政治を動かすほどの一大勢力のひとつなので、それに基づいたリンの敬虔さが、1ヶ月前までアメリカのスポーツ界で注目の的だったティム・ティーボウと比較にもされました(それにしても、NFLのシーズンが終わったとはいえ、1ヶ月でこれほどまでにスポーツ界の主役がここまであっさりと変わってしまうのも、という印象を受けます)。

そして、LINSANITYでどうしても避けられない要素、それは人種だと言えるでしょう。恐らくそのことは誰もが思っていたことでしょうが、今週初め、フロイド・メイウェザーJrがツイッターでパンドラの箱を開けました。

Jeremy Lin is a good player but all the hype is because he's Asian. Black players do what he does every night and don't get the same praise.

その後、76ersのアンドレ・イグドラもメイウェザーJr.に賛同し「黒人のNHL選手がリンのような活躍をすればみんな大騒ぎする」とコメントしました(実際、すでにNHLには黒人の選手はそんざいしているので必ずしもリンのようなアジア系アメリカ人選手ほど珍しい訳ではないのですが)。また、ヤンキーズのエース、C.C・サバシアも「ニックスにはLINSANITYがあるかもしれないが、これほどのヒーローはいない」という言葉と共に、かつて1試合で100得点を成し遂げたウィルト・チェンバレンのことを紹介する文章を掲載しています。かれらはみんな黒人なのですが、リンの活躍が奇しくもアメリカでの「黒人歴史月間」(Black History Month)に起こったことに、どこか苦々しさを感じているのかもしれません。

しかし、どれがLINSANITYの決定的な要素なのかもわからないし、どれもがその要素ではない、というのが実際のところでしょう。むしろ人々はジェレミー・リンという選手をどう捉えるべきかを、ある人はそのプレイスタイルというバスケットボールの純粋な面から、ある人は信仰というアメリカ人の内なるところから、またある人は人種というアメリカを形成する根幹から、それぞれ見出そうとしているのだと思います。ジェレミー・リンは今のような活躍を得る2週間前までは、兄弟のカウチで寝ていたそうなのですが、それが今ではアメリカ国内はもちろんのこと、BBCのスポーツニュースでも当たり前のようにLINSANITYという言葉が出るほどの共通語になりました。それはメディアが、チームが、リーグが、そしてリン自身が「ジェレミー・リン?まぁよくやってるよね」だけでは済まされない影響力をもたらした結果でもあるのでしょう。

それでも、LINSANITYは過去に起こったもの2つと似ているところがあると思います。ひとつは昨年春の「ジマーマニア」。当時ブリガムヤング大学の4年生だったジマー・フレデットがひとりでBYUの得点源になるほどの活躍をして、決してバスケットボールの世界ではエリートとはいえないBYUに快進撃をもたらし、同時にバスケットボールの大ファンであるオバマ大統領ですら「素晴らしい選手!」と褒めるほどの活躍をしました(大統領はまだ台湾系のリンについて公にコメントをしていませんが、それは北京から次の中国のトップになる習近平氏が訪米したことと何か関係があるのかもしれません)。BYUという宗教色の強い大学、カイリー・アービングやケンバ・ウォーカーという圧倒的な運動能力の高い黒人選手と違い、白人で誰もがわかりやすいほどにシュートを入れまくるフレデットは、今のリンとバスケットの点ではいろいろと似通っているように感じます。

そしてもうひとつ似ている点、それは野茂英雄の「ノモマニア」との比較です。どちらもアジア系の繋がりを持ち、ロサンゼルスとニューヨークという大都市を本拠地にしたチームで活躍している、あるいはしていたわけですが、どちらの選手も1994-95年のメジャーリーグのストライキ、昨年発生したNBAのロックアウトというリーグの騒動後に現れた点は見逃せません。特に今シーズンのNBAはロックアウト後のタイトなスケジュールのため、ふだんでは考えられないほどの連戦が続いています。その中でリンが文字通り毎日のように試合に出て、勝利を導く活躍を見せています。これがもし通常どおりにNBAが開幕し、いつもどおりの試合間隔だとしたら、リンはニューヨークまで来ることすらなかったかもしれません。リンはある意味リーグの危機から生まれた副産物だったと思います。

いずれにしても、たった1週間かそこらで、ジェレミー・リンとLINSANITYを把握及び吸収するのはあまりにも短いです。リンはそれだけの強い印象をNBAだけでなくアメリカ国内に残しています。同時に、リンの活躍を見逃さず盛り上げるチームやリーグ、メディアの行動力の速さも今回ほどすごかったと思うことはありません。ノモマニアの時代と違い、TwitterとFacebook、YouTubeで簡単に様々な出来事を広められる2012年は、それだけ時代の動きが速くなったのでしょう。リンはありきたりな言葉で言うならば、時代が生んだニューヒーローです。さて、来月は誰がジェレミー・リンになるのでしょうか。


最新の画像もっと見る