鷹守イサヤ💞上主沙夜のブログ

乙女ノベルとライト文芸を書いてる作家です。ご依頼はメッセージから。どちらのジャンルもwelcome!

皇帝陛下がポロをなさっているところを見学させていただきました。

2019-04-29 | 番外編置き場
『帝國の華嫁 英雄皇帝は政略結婚の姫君を溺愛する』より。
趣味に走りすぎて削った部分です。
文庫ではp.107に入ります。


 新たに配属されたすらりと見目よい青年宦官に日除けの傘を挿し掛けてもらいながら蓮池や花木のあいだを逍遥していると、どこからか人の叫び交わす声と馬蹄の轟きが聞こえてきた。
「軍事演習でもしているのかしら」
「──打馬球《ポロ》をしているようですね」
 耳を澄まして呂荷が言う。
「波斯国《ペルシャ》から伝わったという球戯ね? 見てみたいわ」
 菊花の案内で園林《にわ》を進むと、陽射しに白く輝く大理石の石塀が見えてきた。
「あそこから先が外朝になります」
「出てもいいの?」
「寧寿さまはお妃ですもの、どこでも出入りは自由です。ただし、こちら側へは皇上以外の殿方は入れません」
 石塀には立派な屋根付きの門があり、五本爪に玉を掴んだ竜を打ち出した、見事な黄金の円盤が朱塗りの双扉のそれぞれに付けられている。
 菊花が小さな脇扉を敲くと上部の連子窓が開いて衛兵の顔が現れた。
「李貴妃さまが外を散策なさいます」
 即座に衛兵が引っ込み、双扉が開かれる。槍を持った衛兵が左右でうやうやしく身をかがめた。尖った頭頂部から赤い房を垂らした兜をかぶり、揃いの明光鎧を身につけている。
 寧寿が打馬球《ポロ》を見学したがっていると菊花が言うと、衛兵のひとりが先導してくれた。門の外側は甃《いしだたみ》が整然と敷きつめられた広場になっていて、その向こうに楼閣が立っている。楼閣の左右には瑠璃瓦を載せた石塀が遥か彼方まで続いていた。
 衛兵の案内で楼閣の下をくぐると、向こう側は広大な競技場になっていた。短い草地の地面を蹴立て、騎馬の人が十人ほど入り乱れて駆け回っている。
 競技場の周りには見物用の席が設けられており、そこへどうぞと言われたが、近くで見たいからと断った。
 柵に寄って寧寿は熱心に競技に見入った。話に聞いたことはあっても見るのは初めてだ。
 全員が筒袖の胡服姿で、褲《ズボン》に革の長靴《ブーツ》という恰好。左手で手綱を捌きながら右手に持った柄の長い木槌を振り回しては地面を転がる小さな球を打っては、球が飛んだ方向へ馬を駆り立てる。そして地面に落ちて転がった球を思いっきり打ち飛ばすのだ。
 広大な長方形の競技場の両端には二本ずつ柱が立っていて、それぞれの陣地となっているらしい。
(球を相手側の陣地に入れれば得点になるのね)
 馬場を挟んだ反対側の柵には何人かの人間が寄り集まって声を張り上げたり突き上げた腕を振り回したりしている。
 小さな球を追って広大な競技場を騎馬が駆け回るのを、寧寿はわくわくと眺めた。球を奪い合って競り合う騎馬のひとりの横顔に寧寿は目を瞠った。
「皇上だわ」
 ぶつかりあう騎馬のなかに皇帝の姿を見いだし、鼓動が跳ね上がる。菊花も気付いてはしゃいだ声を上げた。
「まぁ、本当!」
 明るい黄橡《きつるばみ》色の盤領袍をまとった玉藍は、巧みに馬を御して球を追い、長木槌振り回した。球が跳ぶと同時にかかとで馬腹を蹴り、追いすがる敵を躱してふたたび球を打つ。わーっと歓声が上がった。点が入ったらしい。
 それで試合終了となった。笑顔で側近と話していた玉藍が、何か言われて振り向いた。寧寿がいることに気付くと、彼はパッと破顔し、馬首を巡らせて駆けてきた。
「寧寿! 見ていたのか」
 秀麗な額に浮かんだ汗が爽やかに陽光を弾く。ドキドキしながら寧寿は拱手した。
「はい。とても素敵でした」
 素直に口にすると、玉藍は嬉しそうに皓歯を覗かせた。運動直後のせいか、活力にあふれ、いきいきとした様子に、いつもとは違う魅力を感じて胸がざわめく。彼は悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「やってみたそうな顔だな」
「えっ? あ……、はい。おもしろそうです、とっても!」
 つり込まれるように頷くと、玉藍は愉快そうに笑った。
「故国《くに》でやったことはないのか?」
「ありません。騎射の練習ならよくやりましたが」
「では、今度教えてやろう。そなたならすぐに覚える」
「嬉しい! ありがとうございます」
 にこにこする寧寿に目を細め、玉藍は馬上から腕を伸ばして頬を撫でた。
「政務に戻る前に一息つく。一緒に茶でもどうだ」
「よろしいのですか」
「もちろんだ。迎えをよこすからしばし待て」
 言い置いて玉藍が去り、だだっ広い競技場を見回した寧寿は隅のほうに固まっている襦裙姿の女性たちに気付いた。
「あれは誰?」
「外朝で働いている宮女たちですわ。皇上がお出ましと知って、おおかた仕事をサボって見物していたんでしょう」
 肩をすくめて答えた菊花が声をひそめる。
「先帝の元お妃ですよ」
「えっ、そうなの?」
 驚いた寧寿が改めて眺めると、向こうからもじっと見られているようだ。かなり距離があったが、どうも好意的とは言えない視線を注がれている気がする。
「帰る家がないなどの事情で居残りを希望した人たちです。今はただの宮女ですが、以前は妃嬪でしたからね。内廷に残しておいて勘違いというか、下手に期待されても困るので、外朝に出されたんです。皇上に直接お目にかかる機会などないのに、未だに諦めきれない人もいるようで。なんとか目に留まろうとしているのですよ。まっ、無駄なあがきですけどね! 皇上は寧寿さまにぞっこんですもの」
 得意そうに菊花は顎を反らした。
(敵視されているのは思い違いではなさそう……)
 先帝の妃は三十人くらいいたと聞いた。その全員を平等に扱ったとは思えない。残った女たちはほとんど捨ておかれていたのではないだろうか。帰る場所もないくらいなのだから元の身分が高かったはずもなく、皇帝の寵愛を得て内廷でのし上がることが唯一の希望だったのかもしれない。
 ところが先帝はほんの数年で玉座を追われ、後を襲った異母弟は政務熱心で結婚を面倒がるような人物だった。
(……でも、玉藍さまは思わず見惚れてしまうような美丈夫だから)
 夢やぶれた彼女たちが、ふたたび野心を燃え立たせても不思議ではない。そこへ突然迎えられた初めての妃。
 臣従の証として人質代わりに娶っただけのはずが、皇帝はすっかりその蕃族の女を気に入って皇后にすると言い出す始末。一縷の望みをよすがに下働きに従事している彼女たちにとっておもしろかろうはずもない。
 そういう女性たちと内廷で顔を合わせずにすんでありがたいわ……と嘆息を洩らすと、涼やかな声が寧寿を呼んだ。
「李貴妃さま」
 うやうやしく拱手したのは戻寥だった。競技場の隅から放たれる視線がいっそう殺気をおびたのは気のせい……では絶対にない。麗しき金髪碧眼の宦官が、宮女たちからも絶大な人気を得ていることは、菊花や呂荷から聞いている。
 美貌の皇帝に寵愛され、艶美な宦官を顎で使う(ように見える)寧寿は、元妃の宮女たちにとって今や完全に嫉妬の的となっていた。
(こ、怖い……!)
 なるべくそっちを見ないようにして、寧寿は戻寥の後に続いてそそくさと政庁へ向かった。
 皇帝の執務室の隣は私的な引見も行なわれる居間になっていて、見事な彫刻のほどこされた紫檀の大きな卓子《テーブル》と揃いの椅子、脚を伸ばせる優美な榻《ながいす》が置かれ、竜の描かれた衝立や、大きな白磁の壺、たくさんの巻物を収めた書棚など、贅美を凝らした室内の様子を寧寿は感心して眺めた。
 やがて汗を流して着替えた玉藍がやってきて、一緒に茶菓を楽しんだ。少し離れたところに控えた侍女が牡丹の描かれた絹貼りの大団扇で心地よい微風を送ってくる。
 ほんのりと白檀香がただようなか、戻寥も交えてしばし雑談をした。玉藍が政務に戻ると、寧寿は宦官兵を警護につけられて内廷に戻ったのだった。


構想では居残り組の女官たちと一悶着あったりも考えたのですが、
枚数的に収まりそうにないので割愛しました。
嫌がらせもそれなりにあった……とお考えくださいませ。
『帝國の華嫁 英雄皇帝は政略結婚の姫君を溺愛する』


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