鷹守イサヤ💞上主沙夜のブログ

乙女ノベルとライト文芸を書いてる作家です。ご依頼はメッセージから。どちらのジャンルもwelcome!

闇もなほ from『戦国花嫁~時空を翔ける恋~』

2016-11-21 | 番外編置き場
こちらは豪華カラーリーフレットで、KRN先生の描きおろしカラーイラスト付きでした!
合わせてご覧ください(^o^)



 水面で月が揺れた。池の魚が跳ねたのであろう。かすかな水音が、ぱしゃんと響く。目を向けた崇晃は、漣が静まるまで見るともなしに揺れる月光を眺めていた。
 やがて黒い水面にしらじらと月が浮かんだ。それは息づくように明滅して見えた。ふと振り仰げば、叢雲が夜空を次々に駆け抜けてゆく。そのさまに戦場《いくさば》を思い浮かべ、崇晃は苦い笑みをこぼした。

  さて修羅道に、をちこちの
  たづきは敵《かたき》、雨は箭先《やさき》……

『所詮は修羅道に堕ちるしかない殺戮者が。えらそうに吠えてんじゃねぇよ』
 余十郎の怒声が脳裏に響く。それは崇晃に向けられたものではなかったのに、思わぬ痛みを覚えてしまった。そうだ、あれはまだ手を血で染めたことのない弁丸ではなく、自分にこそ向けられるべき罵倒だった。
 いずれまた自分は戦場へ引き戻される。何か目には見えない大きな力によって。……いや、自ら戻っていくのかもしれなかった。戦いのさなかでなら、余計なことに頭を悩ませなくて済む。ただひたすらに生き延びることだけを、無心に願っていられるから……。
「――崇晃様?」
 遠慮がちな呼び声に振り向くと、手燭を持った美緒がとまどい顔で佇んでいた。こわばっていた心がふっとゆるむ。崇晃が微笑むと、美緒はホッとした表情になって歩み寄った。
「何してるんですか?」
「別に何も。ぼうっとしてただけさ」
 にこりと笑うと、隣に座った美緒は無邪気に笑い返した。
 ああ、可愛いなと崇晃は思った。照れくさそうな笑顔が好きだ。美緒の笑顔を見ていると、許されたように感じられる。心がなごむ。
 幼い彼女と初めて出会ったときもそうだった。満面の笑顔で、感嘆に瞳を輝かせて見つめられると、自分がとても価値あるもののように感じられた。
 白烏として働くうちに、いつしか自身を卑下し始めていた崇晃には、彼女が童女の姿を取った菩薩のように思えたのだった。
「お月さま、綺麗ですね」
 ニコニコと無邪気に言って美緒は夜空を見上げた。並んで顔を上げると、いつのまにか雲は飛び去って、皓々と月が照り映えていた。
「やっぱり夏は夜ですよね。月の頃はさらなり!」
「ん? ……ああ、枕草子か」
「夏は、夜。月のころはさらなり。闇もなほ、蛍の多く飛び違ひたる。また、ただ一つ、二つなど、ほのかにうち光りて行くも、をかし。雨など降るも、をかし」
 得々と暗唱してみせる様子もまた可愛くて、崇晃は目を細めた。
「美緒はどの季節が好きなんだ?」
「んー……、やっぱり夏かなぁ。春も秋も好きだけど、冬はちょっと苦手です。この辺、寒いんでしょうね?」
 心配そうに問われるとからかいたくなって崇晃はニヤリとした。
「山国だからな。案ずることはない、俺が温めてやる」
 思ったとおり美緒は真っ赤になった。『せくはら』だのなんだのと、よくわからない文句をモゴモゴと口にする美緒を抱き寄せて機嫌を取る。
「そうむくれるな。ほら、あそこに蛍が飛んでるぞ」
「えっ、どこ!?」
「こら、池に落ちる」
 焦って身を乗り出した美緒を、崇晃は急いで捕まえた。池の向こうから、ふわりふわりと明滅する光が浮かび上がるのを見て、美緒は無邪気な歓声を上げた。
「わぁっ、綺麗……! ……やっぱり夏は夜ですねぇ……」
 しばらく寄り添って蛍を眺めた。やがて美緒はふふっと笑って囁いた。
「ねぇ、崇晃様。あたし、春も秋も冬も、こうしてずっと崇晃様と一緒にいたいです」
 衒いのない、純真な言葉に胸が疼く。崇晃は美緒を懐に抱いて頷いた。
「ああ、俺もだ」
 月が翳り、蛍の輝きが増す。崇晃は美緒のぬくもりを胸にしまい込むように抱き締めた。

 ……闇もなほ、蛍の多く飛び違ひたる。

 胸に巣喰う修羅の闇に、ひとつ、またひとつと蛍が美しく舞い始めた。




引用している謡(さて修羅道にをちこちの~)は『清経(きよつね)』です。
修羅物の名作です。

作中でちらりと触れているとおり、崇晃は美緒と離ればなれになった数年後、忍(おし)城の戦いに従軍し、討ち死に(戦死)します。
その前夜、弁丸に請われて『清経』を舞う……というエピソードが脳内にひっそりとしまわれています。


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