ガラテヤ人への手紙 4-6章 解説 2
2023.4.6
相続人となる
(ガラテヤ4:5)口語訳
「それは,
律法の下にある者をあがない出すため,
わたしたちに子たる身分を
授けるためであった。」
イエス・キリストを信じる祝福には,
神の子としての相続人になります。
(ガラテヤ4:1-5)口語訳
「わたしの言う意味は,こうである。
相続人が子供である間は,
全財産の持ち主でありながら,
僕となんの差別もなく,
父親の定めた時期までは,
管理人や後見人の監督の下に
置かれているのである。
それと同じく,
わたしたちも子供であった時には,
いわゆるこの世のもろもろの霊力の下に,
縛られていた者であった。
しかし,時の満ちるに及んで,
神は御子を女から生れさせ,
律法の下に生れさせて,
おつかわしになった。
それは,
律法の下にある者をあがない出すため,
わたしたちに子たる身分を
授けるためであった。」
●●
「アバ父」-御子の霊を持つ
(ガラテヤ4:6口語訳)
「このように,
あなたがたは子であるのだから,
神はわたしたちの心の中に,
『アバ,父よ』と呼ぶ御子の霊を
送って下さったのである。」
「アバ」とは,アラム語で父の意味です。
聖霊がわたしたちに働きかけて,
「アバ父よ」と言わしめます。
呼ぶ人は,器にしかすぎません。
御子の御霊,聖霊は私たちの心に宿ります。
そして,
イエス・キリストを信じる者は神の子,
神の相続人となるのです。
○
神の子とされる
(ガラテヤ4:7口語訳)
「したがって,
あなたがたはもはや僕ではなく,
子である。
子である以上,
また神による相続人である。」
イエス・キリストを信じる人は,
僕ではなく,
神の子であり,神の相続人です。
(ローマ8:15)
「あなたがたは,
人を再び恐怖に陥れるような,
奴隷の霊を受けたのではなく,
子としてくださる御霊を受けたのです。
私たちは御霊によって,
『アバ,父。』と呼びます。」
「子としてくださる御霊」は,
聖霊がキリストを信じる者を養子として,
神の家族に入れてくださいます。
イエスを信じる者は,解き放たれ,
「奴隷」ではなく,
「子」あり,「相続人」であります。
(3:29)
この恵みは「神による」ものです。
○
神を知る
(ガラテヤ4:9口語訳)
「今では神を知っているのに,
否,むしろ神に知られているのに,
どうして,あの無力で貧弱な,
もろもろの霊力に逆もどりして,
またもや,
新たにその奴隷になろうとするのか。」
「神を知る」とは,
神と「一つとなる」ということを
含めたものです。
●●
「キリストが形づくられる」
(ガラテヤ4:19口語訳)
「ああ,わたしの幼な子たちよ。
あなたがたの内に
キリストの形ができるまでは,
わたしは,またもや,
あなたがたのために
産みの苦しみをする。」
ガラテヤの信徒が,福音の真理に立ち返り,
心の中にキリストが形造られるまでは,
パウロ自身が
生みの苦しみをすると言います。
同じように,わたしたちも,
こころにキリストが形造られるまでは,
私たち自身が苦しみます。
わたしたちは,
わたしたちの内に
キリストの形を造るべきです。
私たち自身をつくろうとしてはいけません。
イエス・キリストご自身が,
わたしたちの心の中にいるということが,
わたしたちの生き方です。
○
キリストにある自由
(ガラテヤ5:1口語訳)
「自由を得させるために,
キリストはわたしたちを
解放して下さったのである。
だから,堅く立って,
二度と奴隷のくびきに
つながれてはならない。」
イエス・キリストと共にあるなら
怖れから自由にされます。
罪から,悪から,この世の力から,
死の恐れから自由にされます。
(ヨハネ8:30-32)
「イエスが
これらのことを話しておられると,
多くの者がイエスを信じた。
そこでイエスは,
その信じたユダヤ人たちに言われた。
『もしあなたがたが,
わたしのことばにとどまるなら,
あなたがたはほんとうにわたしの弟子です。
そして,あなたがたは真理を知り,
真理はあなたがたを自由にします。』」
○
自由,愛
(ガラテヤ5:13口語訳)
「兄弟たちよ。
あなたがたが召されたのは,
実に,自由を得るためである。
ただ,その自由を,
肉の働く機会としないで,
愛をもって互に仕えなさい。」
●●
聖霊の実を結ぶ
(ガラテヤ5:22,23口語訳)
「御霊の実は,愛,喜び,平和,
寛容,慈愛,善意,忠実,
柔和,自制であって,
これらを否定する律法はない。」
イエス・キリストが十字架につけられ,
復活し,昇天した後,聖霊が降ります。
イエス・キリストを信じる者は,
信じたときこの聖霊を受けます。
私たちは,肉の行いではなく,
御霊によって導かれるように,
勧められています。
そうするなら,
この御霊の実を結んでいきます。
生まれたままの生き方では
この実を結ぶことはできません。
(ガラテヤ5:22-25口語訳)
「御霊の実は,
愛,喜び,平和,
寛容,慈愛,善意,
忠実,柔和,自制であって,
これらを否定する律法はない。
キリスト・イエスに属する者は,
自分の肉を,その情と欲と共に
十字架につけてしまったのである。
もしわたしたちが
御霊によって生きるのなら,
また御霊によって進もうではないか。」
☆彡 ●
御霊によって歩きなさい
(ガラテヤ5:16-23口語訳)
「わたしは命じる,
御霊によって歩きなさい。
そうすれば,
決して肉の欲を満たすことはない。
なぜなら,
肉の欲するところは御霊に反し,
また御霊の欲するところは
肉に反するからである。
こうして,
二つのものは互に相さからい,
その結果,
あなたがたは自分でしようと思うことを,
することができないようになる。
もしあなたがたが御霊に導かれるなら,
律法の下にはいない。
肉の働きは明白である。
すなわち,不品行,汚れ,好色,
偶像礼拝,まじない,敵意,争い,
そねみ,怒り,党派心,分裂,分派,
ねたみ,泥酔,宴楽,
および,そのたぐいである。
わたしは以前も言ったように,
今も前もって言っておく。
このようなことを行う者は,
神の国をつぐことがない。
しかし,御霊の実は,
愛,喜び,平和,
寛容,慈愛,善意,
忠実,柔和,自制であって,
これらを否定する律法はない。」
○
十字架の赦しに生きる
(ガラテヤ5:14-26)口語訳
律法の全体は,
「自分を愛するように,
あなたの隣り人を愛せよ」
というこの一句に尽きるからである。
気をつけるがよい。
もし互にかみ合い,食い合っているなら,
あなたがたは互に滅ぼされてしまうだろう。
わたしは命じる,御霊によって歩きなさい。
そうすれば,決して肉の欲を満たすことはない。
なぜなら,肉の欲するところは御霊に反し,
また御霊の欲するところは肉に反するからである。
こうして,二つのものは互に相さからい,
その結果,あなたがたは自分でしようと思うことを,
することができないようになる。
もしあなたがたが御霊に導かれるなら,
律法の下にはいない。
肉の働きは明白である。
すなわち,不品行,汚れ,好色,
偶像礼拝,まじない,敵意,
争い,そねみ,怒り,
党派心,分裂,分派,
ねたみ,泥酔,宴楽,および,
そのたぐいである。
わたしは以前も言ったように,
今も前もって言っておく。
このようなことを行う者は,
神の国をつぐことがない。
しかし,御霊の実は,
愛,喜び,平和,寛容,
慈愛,善意,忠実,
柔和,自制であって,
これらを否定する律法はない。
キリスト・イエスに属する者は,
自分の肉を,その情と欲と共に
十字架につけてしまったのである。
もしわたしたちが御霊によって生きるのなら,
また御霊によって進もうではないか。
互にいどみ合い,互にねたみ合って,
虚栄に生きてはならない。
〇
御霊に導かれる
(ガラテヤ5:25口語訳)
「もしわたしたちが御霊によって生きるのなら,
また御霊によって進もうではないか。」
イエス・キリストを信じる者は聖霊に満たされ,
聖霊に導かれて行動すべきです。
私たちの信仰によっての行動とは,
御霊に導かれることです。
○
重荷を負い合う
「互いの重荷を負い合い,
そのようにして
キリストの律法を全うしなさい。」
(ガラテヤ6:2)
(ガラテヤ6:2)口語訳
「互に重荷を負い合いなさい。
そうすれば,
あなたがたはキリストの律法を全うするであろう。」
イエス・キリストは,
わたしたちの重荷を背負ってくださっています。
「すべて,疲れた人,重荷を負っている人は,
わたしのところに来なさい。
わたしがあなたがたを休ませてあげます。」
(マタイ11:28)
つぎに,わたしたちは互いの
「重荷を負い合う」ように勧められています。
☆彡
(ガラテヤ6:1-10)口語訳
「兄弟たちよ。
もしもある人が罪過に
陥っていることがわかったなら,
霊の人であるあなたがたは,
柔和な心をもって,
その人を正しなさい。
それと同時に,
もしか自分自身も誘惑に陥ることがありはしないかと,
反省しなさい。
互に重荷を負い合いなさい。
そうすれば,
あなたがたはキリストの律法を全うするであろう。
もしある人が,事実そうでないのに,
自分が何か偉い者であるように思っているとすれば,
その人は自分を欺いているのである。
ひとりびとり,自分の行いを検討してみるがよい。
そうすれば,自分だけには誇ることができても,
ほかの人には誇れなくなるであろう。
人はそれぞれ,自分自身の重荷を負うべきである。
御言を教えてもらう人は,
教える人と,すべて良いものを分け合いなさい。
まちがってはいけない,神は侮られるようなかたではない。
人は自分のまいたものを,刈り取ることになる。
すなわち,自分の肉にまく者は,肉から滅びを刈り取り,
霊にまく者は,霊から永遠のいのちを刈り取るであろう。
わたしたちは,善を行うことに,うみ疲れてはならない。
たゆまないでいると,時が来れば刈り取るようになる。
だから,機会のあるごとに,だれに対しても,
とくに信仰の仲間に対して,善を行おうではないか。」
●●
世界は十字架につけられる
(ガラテヤ6:14口語訳)
「しかし,わたし自身には,
わたしたちの主イエス・キリストの十字架以外に,
誇とするものは,
断じてあってはならない。
この十字架につけられて,
この世はわたしに対して死に,
わたしもこの世に対して
死んでしまったのである。」
「世界は私に対して十字架につけられ」とは,
世界がわたしに対して,
力も価値もなくなったということを
あらわしています。
十字架につけられたとは死を意味します。
この世は自分とは関係なくなったと言う意味です。
「私たちの古い人が
キリストとともに十字架につけられたのは,
罪のからだが滅びて,
私たちがもはやこれからは
罪の奴隷でなくなるためであることを,
私たちは知っています。」
(ローマ6:6)
「信仰の創始者であり,
完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。
イエスは,ご自分の前に置かれた喜びのゆえに,
はずかしめをものともせずに十字架を忍び,
神の御座の右に着座されました。」
(ヘブル12:2)
新聖歌 117 栄えの主イェスの
①栄えの主イェスの 十字架を仰げば
世の富誉(ほま)れは 塵(ちり)にぞ等しき
②十字架の他には 誇(ほこ)りはあらざれ
この世のもの皆 消えなば消え去れ
③見よ 主の御頭(みかしら) 御手(みて)御足(みあし)よりぞ
恵みと悲しみ 交々(こもごも)流るる
④恵みと悲しみ 一つに溶け合い
茨(いばら)は眩(まばゆ)き 冠(かむり)と輝く
⑤ああ主の恵みに 報(むく)ゆる術なし
唯(ただ)身と魂(たま)とを 献げて額(ぬか)ずく
ペテロは次のように言います。
(Ⅰペテロ2:22-25)
「キリストは罪を犯したことがなく,
その口に何の偽りも見いだされませんでした。
ののしられても,ののしり返さず,
苦しめられても,おどすことをせず,
正しくさばかれる方にお任せになりました。
そして自分から十字架の上で,
私たちの罪をその身に負われました。
それは,私たちが罪を離れ,
義のために生きるためです。
キリストの打ち傷のゆえに,
あなたがたは,いやされたのです。
あなたがたは,羊のようにさまよっていましたが,
今は,自分のたましいの牧者であり
監督者である方のもとに帰ったのです。」
○
新しい創造
(ガラテヤ6:15口語訳)
「割礼のあるなしは問題ではなく,
ただ,新しく造られることこそ,
重要なのである。」
イエス・キリストを信じる者は,
新しく造られた者です。
「天なる喜び」(新聖歌211)
1
天(あめ)なる喜び こよなき愛を
携(たずさ)え降(くだ)れる 我が君イエスよ
救いの恵みを 顕(あらわ)に示し
卑(いや)しきこの身に 宿らせ給(たま)え
2
命を与うる 主よ留(とど)まりて
我らの心を 常宮(とこみや)となし
朝(あした)に夕べに 祈りを捧(ささ)げ
称(たた)えの歌をば 歌わせ給(たま)え
(※常宮・・・永久に変わらない宮)
3
我らを新たに 造り清めて
栄えに栄えを いや増し加え
御国(みくに)に昇(のぼ)りて
御前(みまえ)に伏(ふ)す日
御顔の光を 映させ給(たま)え
○
イエスの焼き印
(ガラテヤ6:17口語訳)
「だれも今後は,
わたしに煩いをかけないでほしい。
わたしは,
イエスの焼き印を身に帯びているのだから。」
奴隷に所有者の名が明記され,
また軍人がどの司令官の下で
戦うかが明示されているように,
パウロは「イエスの焼き印」を受けました。
イエスに全く従属する事実を,
使徒としての歩みの中で文字通り身に受けた傷
(参照2コリ11:23以下,ピリ3:10)により
あかししています。
2023.4.6