朝の光(聖書の言葉)

村上春樹,物語。

物語

先日,村上春樹は興味深いことを言っていました。

それは,次のようです。


われわれは,カルトの影響を受けている。

かれはカルトを広くとらえて,自分でものを考えないで,

何かに支配されている状態である。

それを脱する方法は,物語である。



彼の小説は,その考えがあるのだろう。


キリスト教会では,以前から聖書の考え,

或いは神の真理を伝える方法は,

2つだと言われてきた。

1つが言葉,すなわち聖書の言葉です。

それを,聖句,或いは御言葉として表現してきました。


もう一つが,聖書の物語です。

たとえば,よきサマリア人の話し,

イエスの降誕,山上の説教など

聖書の中の一まとまりを

物語として伝える方法です。


ある人,或いは本によっては,

聖句を中心に真理を伝えようとしています。

わたしのこのブログの聖書の記事は,

この方法を取っています。

しかし,物語を抜きにしては,

真理が伝わらないことを,

多くのキリスト者は知っています。

聖書の場合は,ほぼ,すべてが

歴史上の事実の上に成り立っています。

一部,黙示といって,

神から啓示を受けた幻の記述もあります。

また,預言として,

神から示された言葉の記述もあります。

黙示も預言も,

歴史から全くは離れたものではありません。



ただ,学校で教えている歴史と違う部分は,

創世記のアブラハム以前の部分だと考える人がいます。

それは,登場する人物,

たとえばアダム,ノアなどは,

生まれた年と死んだ年代の双方がわからないからです。

そこから,実存したかどうかが,わからないと考えるからです。


この場合,ある歴史観では,伝説上の人物として扱っています。

しかし,わたしはアダムから初めて,聖書の人物はすべて

歴史上の人物と信じています。

聖書の真理は歴史の中で示されたと考えているからです。

神は,この世に場所と時間の中で,具体的に現れた。

すなわち,神は真理を歴史の中で啓示しました。

歴史を神が導いたとしんじています。

そして,特別な場合,不思議な方法,奇跡を伴いました。


村上春樹の物語のよる,カルトからの脱出は,

小説,作った話しを読むことによるのででしょう。

しかし,かれの洞察は,多くのヒントをわれわれに与えています。

彼の小説を数冊しか読んでいませんが,

教えられることがたくさんあります。

かれの小説は,知識だけ出なく,感情,意思を伴い,

人格的に影響を与えるように思えます。


(2009.7.27)




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