神鳴り2

「神鳴り」「かみなり」の続編です。

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スマホ屋さんへ行きました

2021年06月20日 17時25分46秒 | 日記
やっぱりすぐに電池切れを起こしてしまいますから
今日の午後はスマホ屋さんへ行きました。

すると、スマホに内蔵されている電池の劣化だからとりかえないといけないのだそう。

電池をとりかえてもらうのには2週間くらい預けなければならないと言われる。

「え、2週間も?」と思い、
「新しく買うといくらくらいですか?」と聞くと、
2万円から2万3千円くらいと言われる。

電池はとりかえるだけで6千円から9千円くらいかかるのだそう。

お店の女店員さんは新しい機種に買い換えることは勧めない。

これは良心的なのか、あるいは、お婆さんの私を馬鹿にして勧めないのか。

しかもマスクを付けたまま、もぞもぞ話すから全然聞こえない。

仕方なく、私のバッグに入っていた紙に要点を書いてもらった。

私だって、新しいスマホを買うくらい簡単だけれども、
なんとなく馬鹿にされたような感じがしたから、あの店では買いたくない。

あの店員さんの性格だと思うけれども、
こちらはお客さんなのだから、もう少しお客様扱いしてほしいと思った。

それでいったん帰宅したが、
明日から緊急事態要請が解除になるからスマホは使える状態にしておきたい。

現在、スマホが使えないため、
訪問してくださった方のブログにも訪問しにくい状態です。

★身体(しんたい)の一部になりしスマホゆゑ一日なくてもすご~く困る

★親のごと思ひ始めてをりしかな無ければ困るスマホのことを

★訪ひくれしblogの友のブログにも訪問しがたくゐるスマホなく

★パソコンを開けるblog活動はしがたくなりぬスマホに馴れて

★スマホなら外でもソファでも見ることができてすいすいレスもできしに

★生協の注文、ネットの買ひ物もすべてスマホでしてゐる今は

★パソコンはパソコン前に座らねばできぬ仕事をスマホ素早く

★いま此の世統(す)べるスマホに操られパソコンさへや力うしなふ


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スマホはアップデート中でした

2021年06月19日 07時20分06秒 | 日記
昨日はご心配をおかけしてしまいましたが、今朝開いてみますと、
「アップデート中なので電源を切らないでください」という表示が。

私はアップデートのお願いをした記憶などございませんでしたから、てっきりスマホが、壊れたと。

今日は朝一番にスマホ屋さんに行かなければと思っておりましたから、ホッといたしました。

機械音痴が文明の利器を持ちますと屡々こういう騒ぎを引き起こしてしまいます。

ご心配してくださった皆様、申し訳ございませんでした。

★真つ暗になりし画面に狼狽へてこのスマホはや壊れしかとぞ

★心臓の悪きわたしは動悸してそのまま寝込んでしまひし昨日

★けさ見ればスマホは灯りかく書かるアップデートを今しています

★デートなど今更することなき歳でアップデートの意味もわからず
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スマホの充電ができなくなりました

2021年06月18日 21時25分32秒 | 日記
それで久しぶりにパソコンから書いています。

最近はスマホでの投稿ばかりでしたから、スマホで書くのが億劫に感じられます。

それに私の場合、スマホで写真を入れながら投稿していましたから、パソコンだと写真なしになります。

しばらくblogやすむかな?

①コンセント差込口にこのスマホプラグ挿せどもスマホ灯らず

②壊れしはスマホプラグか本体か灯らぬスマホに途方に暮れる

③パソコンでしばらく書いたことのなきblogを今日はパソコンで書く

④入力もスマホに馴れてタイピングするパソコンよりスマホが楽に

⑤どこででも書けるスマホのブログ記事パソコンなれば机上にて書く

⑥書く場所の限定されるパソコンを避けてスマホで書いてゐた記事

⑦直るまで何日かかるスマホかな買ひ替へなければならぬかスマホ

⑧倹約のできぬスマホの使用料洋服買ふをやめてもスマホ

⑨パソコンやスマホに時間は吸ひ取られお金も使はせられてわれわれ

⑩もう戻ることは不可能パソコンやスマホのあらぬ不便な時代(よ)には

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karensakuraさん、お元気でいてくださいませ

2021年06月17日 11時51分44秒 | 日記
以前はkarensakuraさんの素敵なBlog「今日が一番素敵」をよく読ませていただいておりました。

が、私がBlogを新しく作り直したことと、私の地味なBlogも、それなりに読みに来てくださる方が多くなりまして最近はご無沙汰いたしておりました。

が、今日、訪問してくださっていたことを知り、嬉しくなって記事にさせていただいています。

なぜならkarensakaさんは応援ポチをつける欄もつけておられず、コメント欄も閉じておいでですから。

今回拝読させていただくと、私の「アフィリエイト」の記事はkarensakuraさんにお気を使わせてしまったかもしれないと思い当たりました。

この記事は、私の感じたことを、感じたままに書かせていただきましたが、特に誰彼のBlogを指してのことでもございませんので、お気にされないでいただきたく存じます。

確かにkarensakraさんのBlogにも、アフィリエイトをお付けでございますが、あまり気になりません。むしろkarensakraさんのお人柄、お暮らしぶりの窺われる品物のご紹介で、私どもはなかなか買うことのできない品物の紹介をしていただき、私の視野を広げさせていただけるように感じております。

以前よく見せていただいていたころは、素敵なお料理群をうっとりと眺めさせていただいたものでございました。

そしてご旅行されても素敵なホテルにお泊りになられるkarensakraさんは、そういう生まれ合わせの方と思いながら拝見させていただいておりました。

人には生まれつきの分というものがございまして、karensakraさんは、それがおできになる生まれ合わせの方とお見受けいたします。

わたくし?

わたくしは、残念ながら、そういう生まれ合わせではございませんで、そのためか、余計なところで余計な頑張りをしてしまうのでございます。

ということで、久しぶりにkarensakuraさんのBlogを拝見した嬉しさで、つい記事にしてしまいました。

どうか、これからもお身体には気をつけられまして、お元気にお暮らしくださいますよう!

かしこ

★品の良き「今日が一番素敵」とふBlog書かれるカレンさくら様

★応援のポチするところあらざれば新たな記事を立てて応援

★あなたならアフィリエイトをする資格あると拝見してゐるわたし

★高級な品物われには買へざれどカレンさくら氏そが似合ふ人

★品の良き人はこの世にをりましてその人のため高級品は
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自分を救うことができるのは自分

2021年06月17日 02時39分00秒 | 日記
これは、毎日読ませていただいている、団塊のシニアさんの昨日の記事のタイトルである。

団塊シニアさん、勝手にリンクして申し訳ありません。

団塊のシニアさんは毎日、私達シニアが読んで「なるほど」と納得できる記事を書き続けておられる。

昨日の記事も納得できる内容であった。

が、私は、もう一つ付け加えたい。

それは自分を救う者は最終的には自分しかいないが、その前の段階では家族、親戚さらに友人の救いが大きかったということを。

私自身、結婚してからの苦労、苦悩を、経済的にも精神的にも実父母、祖父母、親戚の人達に救ってもらってきた。

またある時は友人にも救ってもらった。

最終的に救うのは本人だが、そこに至る段階で、実父母、祖父母、兄弟が救ってくれていなければ、今の私はなかった。

だから最後に救ったのは自分でも、そこに至る協力者がいたことは否めない。

それを感謝しながら私は今まで生きてきたし、これからも生きて行くだろう。

★自らを助ける前にたくさんの周りの人に支へられきし

★自らの力は小(ち)さきものなれど見えぬ力に守られてゐる

★自らを救ひし過去の大方は大きな力の働きの上

★自らを助けるわれを助けゐる見えぬ大きな力に感謝
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白髪

2021年06月16日 04時31分26秒 | 日記
約四年前まで白髪染めをしていた。

が、生え際だけが白くなるのが嫌で、やめたいと思っていた。

それでやめていた。

「やめていた」という過去形の言い方は、その後また毛染めをしていたことを意味する。

毛染めをやめても、髪の毛全体が白髪になるには時間を要する。

全体が白くなるのに一年くらいを要しただろうか。

が、全体が白くなっても真っ白にはならない。

アメリカで暮らしているBlog友さんによれば、白人さんは真っ白になるけれど、アジア人はグレーがかった白髪にしかならないらしい。

グレーがかった白髪は、これは好みの問題かもしれないが、私には美しく思えない。

それでまた毛染めを復活させていた。

が、ダークな毛染めだと髪が伸びてきたときに生えてきた白髪が目立つから、思い切り明るい毛染め剤を使用した。すると金髪になった!

その頃、実家の母が亡くなって長年保留していた海外旅行を決行した。

行き先はイギリスであった。

すると向こうで不都合なことが…。

私は身長が160センチあって、私達の年代の女性としては高身長だった。

その高身長が、幸が不幸か向こうでは溶け込んでしまうのだ。

しかも、たまたま金髪にしていたから、夫はイギリスの町で私を探すのに苦労したと。

何しろ向こうの女性に溶け込んでしまう身長の私が金髪にしているのだから。(苦笑)

だからというわけでもないが、金髪はやめた。

その後、私が選んだのはカラートリートメントであった。

ご存知の方は多いと思うが、カラートリートメントは一気に染まることはない。

一気に染まることがないのと同様に色が抜けるのも緩やかにだ。しかも髪全体の色が抜けていくのだから、伸びてきた生え際の白髪が目立つということにもならない。

数年このカラートリートメント法で乗り切っていた。

が、ここにきて、夫が、「カラートリートメントだと髪の色が斑でよくない」と宣う。

それでここ一ヶ月くらいカラートリートメントもしていない。

もう73歳なのだから、このままでもいいのだが、しかし、何歳になっても綺麗でありたい。

綺麗でありたいというより薄汚れた老女にはなりたくないと言ったほうが正確かもしれない。

グレーヘアでも、化粧をばっちりすれば、それなりの綺麗さは保てるかもしれない。

が、私は60歳くらいから基本的に化粧はしないことにしている。

化粧した時と、していない時のギャップを避けるためにだ。

常に化粧していると、そのときは綺麗に見えても、化粧を落としたときは見劣りする。それが嫌さに…。

ということで、白髪染めもカラートリートメントもやめて、どうやって綺麗を保つか思案のしどころなのである。

繰り返し言うが、「綺麗を保つ」とは「みすぼらしくならない」という意味合いで言っている。

★グレーヘア受け入れ難くゐるわれは毛染めもカラートリートメントも止めて

★命ある限り綺麗でゐたいとは望めど難き髪の毛の色
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勝たなくても良いが負けたらダメ

2021年06月15日 23時41分37秒 | 日記
いつも読ませていいただくブログに


というタイトルの記事があった。

この言葉は良い。

なぜなら、勝とうとすれば、相手を負かさなければならないが、「負けてはダメ」だけだと相手を必ずしも負かす必要はないから。

要するに「自分が負けなければよい」ということだ。

引き分けでもいいではないか。

肝要なのは飽くまで自分が負けないことであるから、極端な話、相手に負けていても、自分に負けなければよいという理屈にもなる。

昨日、以前、私と同じようにかの人から嫌な思いをさせられた女性がイイネをくださった。

その頃その人が私に訴えてきていたようなことを私もされたから、遅ればせながら、その女性の気持ちが今はとてもよくわかる。

私はアフィリエイトで僅少なお金を得ることの是非にまつわるその人の性格の卑しさを指摘したかったのかもしれなかったと遅ればせながら気づいた。

しかし、もう関わらないでいよう。

「触らぬ神に祟りなし」という諺の通り関わって嫌な思いをさせられても何の得るものもない。

昨日の私の記事にイイネしてくれた人には私のこの気持ちをわかってもらえることだろう。

世の中にああいう人は案外多い。

ああいう人には勝たなくても良いから負けてはダメだ。

★良き人が大半なれど良くあらぬ人もゐるのがブログの世界

★関はらぬことが解決法になる人もこの世に一定数ゐる

★勝たなくて良いが負けるな僅小なる利益を得むと利己的人に
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和田浦海岸さんのブログ

2021年06月15日 12時04分01秒 | 日記
和田浦海岸さんのブログは為にもなるし役立つ。

たとえば今日の記事は「新書だよ人生は」であるが、和田浦海岸さんはいつも本の触りを引用して私にその本を読んだような気分にさせてくれる。

最近の私は家事の合間にブログ活動をしていることもあり、時間が足りない。

しかし本は好きなので今でも買う。

が、恥ずかしながら、読み上げることができないことが常態化している。

和田浦海岸さんのブログを知ってから本を読む代わりにその記事を読ませていただくことが多くなった。

和田浦海岸さん自身なかなか読み上げることがお出来にならないようで触りを記事にされる。

私はちゃっかりそれを読ませていただくのだ。

その中で、「これは!」と思う本があれば買う。

そして届いたときは読むのだが、読み上げる前に、また別の本を読みたくなるという浮気症は我ながら困ったものだと思っている。

というわけで、和田浦海岸さんの記事を愛読させていただいているのだが、それ以外にも新古今和歌集写本の解説してくれるブログもあり、漢文の読み下し解説をしてくれるブログもある。

一応、主婦の端くれなので、主婦ブロガーさん達のお料理の記事も読ませていただく。

趣味の短歌の記事もたまに…。

そんなこんなで一日中ブログにハマっている私であるかもしれない。

こういう人のことをスマホ中毒者と呼ぶのだろうが、私は正にスマホ中毒者なのである。

もし現在の私にスマホがなければ、私の老後はどうなっていただろう。

考えるだに恐ろしい!

★ちまたでは老女と呼ばれる年齢になりてスマホに毒されてゐる

★傍目には姥桜なる婆さんがスマホ離さずゐるは異様か
↑私は姥桜というほど妖艶でもないが、まあ偶には自惚れさせてください。

★文学も料理もスマホで間に合つてゐればスマホを離さず日がな
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誹謗中傷?…言葉に気をつけて!

2021年06月15日 07時55分08秒 | 日記

「誹謗中傷」···恐ろしい言葉である。

こういう言葉はよくよくでないと使ってはいけない、と私は思う。

なぜなら名指しでそう決めつけられた人は衝撃を受けるから。

しかも、それがその言った人の思い込みによるものであったとしたら、それこそ本物の誹謗中傷になる。

人を殺すのに刃物は要らない。言葉で人を殺すこともできるということを私達は心しなければならない。

殺すというと物騒だが、名指しされたブロガーさんにそのBlogを閉じさせることも、広義の殺すになるかもしれない。

言葉は便利なものであるが、諸刃の刃にもなりうる。

これは、自戒を込めて書くのだが、私達ブロガーも気をつけなければならないことだと思う。

自分と違う意見を出されて、その異なる意見の人を攻撃するのはマナー違反ということも肝に銘じる必要があるだろう。

違う意見を出す人のことを妬みからと断じる前にまず自分のことを反省したらと私は思ってしまう。

★たはやすく言ふてはならぬ言葉あり誹謗中傷されたなどとは

★見解の相違は人にありがちで誹謗中傷ではあらざりき

★相手にも考へあるを認むれば人には言へぬ「誹謗中傷」

★ブロガーにブログ閉じさすこともまた広義の殺すになるらむこれは
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人はそれぞれ

2021年06月14日 21時12分34秒 | 日記
一昨日書いた記事「アフィリエイト」を、たくさんの方々が読みに来てくださっています。

ありがとうございます。


ありがとうございます。

が、ここで付け加えておかないといけないことは、私は自分の考えが絶対正しいと書いたわけではないということです。

飽くまで「私はこう思います」という気持ちで書きました。

ですから私の考えに賛同できない方はご自分の信念を貫かれたらいいと思います。

だいたい物事には絶対これが正しいということはありえません。

それぞれが今まで生きてきた体験から、それぞれの考えを持っているわけです。

ですから私の書いた記事も、「こういう考え方の人もいるんだね」という参考にしていただければと思います。

アフィリエイトを為さりたい方は為さったらいいですし、私のように、したくない人はしなければいいだけの話です。

私は、Blogは、喧嘩する場所ではないと思っています。

もちろん、喧嘩なさりたい方は喧嘩をされたらいいですが、疲れやすい私は喧嘩したくないです。かと言って、人に迎合するのは嫌ですけどね。☺️

まあお互いを認め合えば、考えが違っていても、それなりに仲良くできると思います。

昔、漢文でそういう考えを学んだように記憶します。

「大人は考え方が違っていても同席するが、小人は考え方が似ていても、いがみあって同席しがたし」というような内容だったと思います。

★同じ人ふたりとゐないこの世にて同じ考え持ちがたきかも

★同感をすることありて同意することなきこともこの世にあらむ

★考えは違(たが)へど楽し考への異なるBlog読ませもらふは
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小高賢『本所両国』あとがきより

2021年06月13日 17時34分00秒 | 日記
いつも読ませていただいて大いに勉強させていただいている和田浦海岸さんの記事にコメントをさせていただくと、こういうコメント返しがいただけた。

短歌に関心のない方には面白くもない記事ですが、自分の備忘のために転載させていただきます。

ーーーーーーー

歌集『本所両国』の
あとがきには

「どのような形であれ、
生きるということが滲んでいないと
ゆたかにはならない。

といってただ自分の生をべたっと
描写すればいいというものではない。

小といえども文学への志向が
なければならない。その狭間の緊張感。
・・・・・
そういいつつ作品をながめていると、
忸怩たるところも少なくない。

まあこれが自分なのだ。これもまた
あきらめるより仕方がない。・・・」

ーーーーーーー

なるほど、さすが名編集者の短歌観である。

私は歌人としての小高賢氏しか知らなかったが、編集者鷲尾賢也として、短歌に対する一家言もお持ちだったのだ。

こういう優れた編集者であり、かつ歌人でもあられた小高賢氏の早世が改めて惜しまれる。

★どのやうな形であれど生きるとふことが滲んで豊かな歌に

★文学の志向あらねば詩にならぬ短き詩形の短か歌かな

★文学の志向のあれば緊張感わきて際立つ短詩形短歌
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アフィリエイト

2021年06月12日 09時27分00秒 | 日記
最近、アフィリエイトという個人のBlogで商品を紹介するシステムが流行っているらしい。

が、私はアフィリエイトに対して、あまり良い印象は持てない。

私も自分が使ってよかったものの紹介をすることはある。

が、それは自分の利というよりも善意でお薦めするというスタンスだ。

アフィリエイトも善意からかも知れないが、そこに僅小と言えども利得が介在すると少し汚れてみえる。

もちろん人は経済活動をしないと生きていけない

そのことは認めるが、しかし本来素人の書くBlogに僅小と言えども利益を発生させると忽ち汚れる。

「自分が使ってよかったからいかがですか?」と薦められても、それはいわゆるコマーシャルの文言と同じである。

それまで好感をもって読ませてもらっていた記事も忽ち薄汚れて見えるようになると言うと言い過ぎであろうか。

誰でも、お金はほしい。

が、それはここではないでしょ?と私は言いたくなるのである。

リアルな友人関係でも、そういうことは起こり得る。

友人と思って付き合っているのに、急に物を売りつけられるようになったなら、利用されているような気分になる。

それで、その友人とは距離をとるようになるということはよくある。

もちろん友人に気の毒な事情ができて、経済的に助けてあげなければならないと言う経緯があるのなら話は別だ。

私自身、経済的に余裕があるわけではないが、そういうケースであれば、友人として、喜んでとまではいかなくても気持ちよく買わせてもらうだろう。

そうでもないのに、一方的に売りつけられるのなら、私はカモにされたのかと不快な気持ちになる。

これからアフィリエイトを検討されようとしている方々は、そう思われる側面もあるということを頭に入れておかれたほうがいいかもしれない。

★流行りかもしれぬが信用失へることもあるらむアフェリエイトに

★下心ありてわたしに近づきてきたのか物を売らむがために

★使用してよかつたといふ言葉こそ宣伝手段の常套文句
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自分で自分のことをダメだって思うと直ぐにダメになる

2021年06月11日 04時08分24秒 | 日記
さきほどBlog友さんのところで読ませいただいた記事の中に次のような言葉が書かれてあった。

———————————

自分に自信を持てず『私なんて…』と口にする彼女に、『人は他人に多少の事されたって、言われたってダメにならないけど、自分で自分の事をダメだって思うと直ぐダメになる。今日から“私なんて”は禁止。』

—————————

これは私に言ってくれた言葉かと思った。

だから転載させていただいて時々思い出させていただくようにしよう。

私は時々、否、常に自信喪失しがちである。

きっかけは人に何かを言われたことであったりするのだが、しかし、自分で自分に失望していて将来があるはずがない。

人から何と言われても、自分が自分を見捨てなかったら何とかなる。

★自らを見捨てなければ未来ある自ら見捨てていかなる未来

★人は人おのれはおのれ俺様はこの俺様が何とかしやる

別のBlog友さんにはこういう考え方を教えていただきました。せっかくいただいたからこちらも記事にさせていただきます。↓

———————
「確かに私はあなたの言うとおりの人間です。
だから何? それであなたに迷惑でも掛けましたか?」

自分を駄目と思った時
「この環境に私を置いたのはあなた(神様)です。
だから、私がこうなったのも私のせいではありません。」

—————————

おまけで三年前の今頃イギリスに行っていた事を書いた昨年の今日の記事です。イギリスは薔薇のシーズンでした。
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清荒神清澄寺~宝塚市立中央図書館

2021年06月10日 12時42分17秒 | 日記
最近、歌集『梅花藻』を上梓された冬道麻子さんから、5日9日朝日新聞夕刊に歌集の記事が出ると連絡いただいた。

それで昨日はまだ暑さ盛りの午後3時にコンビニに出向いたが、夕刊は置いていないと。

駅の売店にも行った。が、やはり置いていませんと。

こうなれば、緊急自粛宣言中の図書館にお願いするしかない。

で、川西市立中央図書館に。

やはり新聞の閲覧は一切できませんと。

「6月20日を過ぎたら閲覧できます」と言われるのに対して「新聞が図書館に配達されているのなら、コピーだけでもさせてください」と粘った。

すると館長さんと思しき男性が出てこられて「申し訳ないけれど、できません」。

「しかし、宝塚市立中央図書館では閲覧ができるかもしれないから電話してあげましょう」と電話してくださった。

が、折悪しく水曜日は休館日だつた。

それで、今日は朝一番に宝塚市立中央図書館に行くことにした。

宝塚市立中央図書館は阪急清荒神駅前にあるという。

図書館だけのために清荒神駅まで行くのはもったいないから、図書館の開く前に久しぶりに清荒神清澄寺を参拝することにした。

清荒神は駅から遠い。その遠い参道の両側は土産物屋が並んでいる。

その参道を休み休み30分ほどかけて上がった。

山門である。


早朝でもあるから厳かな空気が漂っている。


境内の案内図。

この清荒神清澄寺は確か神仏混淆だったと記憶する。

だから、こちらは清荒神という神社だと思う。


こちらが清澄寺というお寺だと思う。


弘法大師像が。


寺池。




こんな荒神様が展示されてある。


境内にある富岡鉄斎と清荒神の関係の説明。
富岡鉄斎美術館も開いていれば入館させていただこうと思っていたが、やはりコロナのため閉鎖中だった。

沿道の地図。


この地図の下方に描かれてある清荒神駅に戻って、駅前の宝塚市中央図書館へ。


ここではスムーズに事が運ぶと思ったが、緊急自粛要請時の新聞閲覧は当日分だけですと言われる。

私は、それじゃ休館日だった昨日の新聞は見せてもらえないのですか?わざわざ川西図書館で教えてもらって来たのに?と言うと、特別に昨日の夕刊を持って来てくれた。

が、残念ながら冬道さんの『梅花藻』の記事は見当たらない。

図書館の人が親切に調べてくれたところによると冬道さんの記事は全国版ではなさそうだった。

図書館の人は「ひょつとすると大阪版には載っているかもしれませんね」と。

私の住む川西市から大阪府池田市は川一つ隔てただけである。

が、固いことを言えば、緊急事態宣言中は県外である川向うに行ってはいけないことになる。

まあ、どっちみち、私はここまでで疲れ果てたから帰宅することにした。

そうそう宝塚の図書館は、長居させない目的と思われるが、一脚の椅子も置かれていなかった。だから清荒神から下りてきた私は坐らせてもらうこともできず疲れが倍加した。

★一脚の椅子も置かれてをらざれば坐りもできぬ宝塚図書館

★昨日から新聞ひとつを見るためにコンビニ、駅の売店、図書館

★不便なり緊急自粛宣言になべて杓子定規の対応

★新聞の記事のひとつを読むために府県をまたぐこともできかね

★猪名川を渡れば大阪池田市である川西市は兵庫県なり

——————————
gosen-sugi-junさんからいただいたコメントで朝日新聞デジタルに無料登録して全文読むことができました。ありがとうございました。

いただいたコメント
「ネットで冬道麻子 朝日新聞で検索すると、記事の一部が出てきました。全文を読むには無料会員になると見れるようです。」
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反撃しようとしてはなりません

2021年06月09日 06時07分22秒 | 日記
今朝読ませていただいたBlog友さんの記事に次のような文章があった。
ーーーーーーーー
たとえ迫害を受けようとも、悪し様に言われようとも、他人に利用されようとも、反撃しようとしてはなりません。悪意あることを為そうとしてはなりません。
ーーーーーーーー

私は執念深いほうかもしれない。

してもらったことも忘れない方だと思うけれども、されたことを忘れにくいのは私の欠点かもしれない。

さらによくないことは、仕返しをしたくなることである。

しかし、仕返しをすれば、悪の連鎖になることは目に見えている。

元々私に悪意を持ったから、そういう意地悪なり、嫌がらせをしたのだから、そんな人に仕返しをしたら倍返しされるのが落ちである。

たとえ倍返しをされなくても、そういうふうに仕返しを考えること事態が、すでに自分を貶めていることに気づかなければならないと思う。

読ませてもらっていて気づいたのだが、このBlog友さんなら、どんな悪意のある対応をされても、それを許すだろう。

そのためか、その方のBlogには清潔感がある。

こういうふうに清潔でいることも強さだと今朝は思った。

★信仰をしてゐる人の魂はいかなるときも汚されざらむ

★悪意ある人の言葉に傷つくはわが魂がまだ弱きゆゑ

★凛としてゐるには凛とするだけの強き魂もつ必要が

★汚されぬ強き魂持ち得たら生きつつすでに天上の人

★わが道を行かむ心に災いは己を磨く砥石とならむ
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