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ある土木技術者の雑記帳

日頃感じたメモ、新聞投稿。"野にして粗だが卑ではない"生き方を目指す・・んなこと言っても結構難しいと感ずる今日この頃

佐藤工業倒産を考える

2002-03-03 09:10:58 | 社会・事件
 二〇〇二年三月三日準大手ゼネコン・佐藤工業倒産のニュース。負債総額五千億円で今日三日会社更生法の適用申請。
 佐藤工業。従業員数三一三一人。本社富山市(富山県に本社を置く熊谷組とも関連はあるのだろうか)。一八六二年(明治維新の六年前)佐藤組として創立した歴史ある会社。設立一九三一年(昭和六年)。トンネルなどの土木工事に強い。
 上場ゼネコンの倒産は二〇〇一年十二月に民事再生法を申請した青木建設以来の計八社目となる。
 ハザマ(間組)、飛島建設を含めた三社の経営統合の話は、第一勧業銀行を中心とするみずほフィナンシャルグループが中心になっていたが、この中で、財務体質が特に悪い佐藤工業は不信感を持たれていた。
 結局、ハザマは独自に再建計画を立てて、やっていくという方針になり、飛島建設は新たな金融支援を要請している。佐藤工業もこれにならったが、支援を求めた銀行からこれを拒絶され、今回の事態になったらしい。佐藤工業は、既に株価が額面の五〇円を割れて、一〇円になっていたらしい。もちろん、ハザマ、飛島とも額面の五〇円には満たない状態である。
 土木工事特にトンネルでは高い技術をもっていた会社だと聞く。
 だが、建設不況のせいもあるが、倒産にまでいたった原因は大型土木工事だけをやっている点、技術的に特徴が少ないという点で、他社との統合を考えるときには不利だったと聞く。
 このゼネコン危機の話題のとき必ず話題に上るハザマ、飛島建設、熊谷組であるが、共通しているのは公共事業の比率が高い会社であり、その高い公共事業比率を変えることができず、会社の不労所得の財産を確保したいため、不動産購入・売買に手を出して、この価値の暴落が借財(銀行の不良債権)となった会社である。バブル経済期に会社を構造的に変えるのは難しく、将来への安心料を不動産投資に求めたという経営者の智恵を、私は一笑することなどできない複雑な気持ちである。
 三千人の社員、関連会社を含めさらに多くの方が、新たな職など再出発の道を見つけることを祈りたい。
平成十四年三月三日(日)