1923年9月1日。
38歳の竹久夢二は、渋谷宇田川の自宅にて地震に遭う。
揺れは大きかったが、家は無事であった。
翌日から、友人の画家・有島生馬とともに被災した東京の街を歩く。
被服廠跡、浅草、神田などをめぐり、スケッチブックに街や人々の様子を書き留める。
これをもとに、「東京災難画信」と題したペン画と文章によるルポを「都新聞」に寄稿する。
9月14日から10月4日まで全21回の連載。
「都新聞」は現在の東京新聞。
麹町内幸町の社屋は、倒壊や火災を免れる（＊社屋が無事だった在京新聞社は、有楽町駅前にあった、報知新聞、東京日日新聞、都新聞の３社のみであった）。
しかし、電力が途絶し膨大な活字が散乱して印刷不能に陥る。それでも翌2日には手作り号外を出すとともに、懸命の復旧作業により、9月8日には新聞発行を再開する。
★9月8日の都新聞の紙面
（1面・最終面）
（1面・最終面）
（4面・5面）
当時、夢二は、「都新聞」に自身初となる長編小説『岬』を連載中であった。
発行再開後の「都新聞」が震災報道に特化した紙面編成となったことに伴い、小説掲載は一時中断、その代わりということだろうか。
ちなみに小説掲載は10月1日から再開している。
以下、「東京災難画信」から３選。
第４回：煙草を売る娘（9/17）
やっと命が助かって見れば人間の慾には限りがない。
どさくさの最中に、焼残った煙草を売っている商人の中には定価より安く売ったものもあれば、火事場をつけこんで、定価より二三割高く売った商人もあったと聞く。高く売る者は、この際少しでも多く現金を持とうとするのだし、安く売る者は、ただの十銭でも現金に換て、食べるものを得なくてはならないのだ。
三日の朝、私は不忍の池の端で、おそらく廿と入っていない「朝日」の箱を持って、大地に座って煙草を売っている娘を見た。煙草をパンに換えて終ったら、この先き娘はどうして暮らしてゆくのであろう。
売るものをすべてなくした娘、殊に美しく生れついた娘、最後のものまで売るであろう。
この娘を思う時、心暗澹とならざるを得ない。そうした娘の幸不幸を何とも一口には言い切れないが、売ることを教えたものが誰であるかが考えられる。恐怖時代の次に来る極端な自己主義よりも廃頽が恐ろしい。
第６回：自警団遊び（9/19）
「萬ちゃん、君の顔はどうも日本人ぢやあないよ」
豆腐屋の萬ちゃんを摑えて、一人の子供がそう言う。郊外の子供達自警団遊びをはじめた。
「萬ちゃんを敵にしようよ」
「いやだあ僕、だって竹槍で突くんだろう」萬ちゃんは尻込みをする。
「そんな事しやしないよ。僕達のはただ真似なんだよ」そう言っても萬ちゃんは承知しないので餓鬼大将が出てきて、
「萬公！敵にならないと打殺すぞ」と嚇かしてむりやり敵にして追かけ廻しているうち真実に萬ちゃんを泣くまで殴りつけてしまった。
子供は戦争が好きなものだが、当節は、大人までが巡査の真似や軍人の真似をして好い気になって棒切を振りまわして、通行人の萬ちゃんを困らしているのを見る。
ちょっとここで、極めて月並みの宣伝標語を試みる。
「子供達よ。棒切を持って自警団ごっこをするのは、もう止めましょう」
第７回：被服廠跡（9/20）
災害の翌日に見た被服廠は実に死體の海だった。
戦争の為めに戦場で死んだ人達は、おそらくこれ程悲惨ではあるまい。ついさっきまで生活していた者が、何の為めでもなく、死ぬ謂れもなく死んでゆくのだ。死にたくない、どうかして生きたいと、もがき苦しんだ形がそのままに、苦患の波が、ひしめき重なっているのだ。相撲取らしい男は土俵の上で戦っているように眼に見えぬ敵にあらん限りの力を出した形で死んでいる。子を抱きしめて死んだ女は、哀れではあるがまだ美しい。血気の男の死と戦った形は、とても惨しくて、どうしても描く気になれなかった。
この絵は、最後の死髄を焼いている16日に写生したものだ。市はこの空地をどう利用するつもりか知らないが、何か愉快な寺でも建て、この空地をはじめ両国のあたり川岸一帯に柳でも植て、せめて死者のために、工場の煙の来ない緑の楽土にしてほしい。昔の事は知らないが、柳橋に柳が沢山植てあったり、緑町が文字通り緑であったら、こんなことも或は免れたのかも知れない。
作品の画像は、東京都復興記念館の常設展示から。
新聞の画像は、次の展示から。
夢二の震災ルポと都新聞～関東大震災100年の記憶～
2023年8月〜9月16日30日（延長になった模様）
東京新聞本社１階ロビー