東京でカラヴァッジョ 日記

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若冲《菜蟲譜》を観る -「虫めづる日本の人々」(サントリー美術館)

2023年08月17日 | 展覧会(日本美術)
虫めづる日本の人々
2023年7月22日〜9月18日
サントリー美術館
 
 
【本展の構成】
1章 虫めづる国へようこそ
2章 生活の道具を彩る虫たち
3章 草と虫の楽園 草虫図の受容について
4章 虫と暮らす江戸の人々
5章 展開する江戸時代の草虫図 見つめる、知る、喜び
6章 これからも見つめ続ける 受け継がれる虫めづる精神
 
 
 本展のお目当て作品は、伊藤若冲筆、佐野市立吉澤記念美術館所蔵の重要文化財《菜蟲譜》。
 
 縦31.8cm・長さ1095.1cmの1巻もの絵巻。
 前半には野菜や果物が、後半からは昆虫や爬虫類たちが描かれる。
 
 本展では、後半部分の昆虫や爬虫類たちが公開される。
 場面替えありで、8/9〜9/4が後半の前半、9/6〜18が後半の後半となる。
 
 私が本絵巻を観るのは、2016年の東京都美術館「若冲展」以来7年ぶり2度目。同展では長さ1095.1cm全部が一挙公開されていて、その魅力に酔ってしまった。前半の野菜や果物、その一つ一つが愛おしい。一方、後半の昆虫や爬虫類たちはそれほどでもなく、割とスッと通過したような記憶がある。
 
 
 《菜蟲譜》は、2番目のフロア、階段を降りた3階第2展示室にある。本展の第5章に位置づけられている。
 目玉作品だけあって、長くはないながらも鑑賞待ちの列ができている。
 まず思ったのは、公開部分が「短い」。
 前回鑑賞時が1095.1cm全部の一挙公開だったからそう思ってしまうのだが、後半の前半は全体の5分の1程度、長さ2m少しの公開となる。
 長めの立ち止まりはできないながらも、ユーモラスな虫たちをしっかりと見つめる。これを何度か繰り返す。
 
 
 『論語』の中に孔子が弟子・陽貨に詩を学ぶ意義について説いた一節。
 「詩を学ぶことで鳥、獣、草木の名前を多く知ることが出来る」(『論語』陽貨・第17)。
 それが多くの生き物を知り、自らの知識を増やすことを奨励する思想につながり、江戸時代の絵画において、より多くの虫たちが画中に登場することにもつながった。
 本作品が制作された時代背景の説明である。
 
 
 本作品は、長らく幻の作品であった。
 1927年の現京都国立博物館での展覧会以降、所在不明となり、その間はモノクロ図版のみの存在となる。
 1999年、栃木県葛生町(現佐野市)で石灰業を営む旧家・吉澤家に伝わっていることが公表される。
 2000年、京都国立博物館の没後二百年の若冲回顧展にて公開。
 他の美術コレクションおよび美術館施設などとともに町に寄贈され、2002年に開館した吉澤記念美術館の目玉作品となる。
 2009年、重要文化財に指定。
 
 佐野市立吉澤記念美術館では、直近では2022年9-11月に展示し、2023年度は展示予定はない。展示しない期間は、高精細複製(紙本印刷)を2mずつ場面替えしながら展示しているようである。
 
 
 
 もう2点触れる。
 物語のなかに登場する虫たちに着目する第1章の2点。
 
 
「虫めづる姫君」
 全10編からなる短編物語集『堤中納言物語』(平安時代後期以降に成立)のうちの1編。
 
 姫君は化粧もせず、虫を可愛がる変わり者。
 しかしそれは外見を飾り立てて美しい蝶ばかりをかわいがり、元となる毛虫を嫌うのは考えが浅いとの信念を持つゆえの行動であった。
 
 同物語の絵画作品は存在しないのか、西尾市岩瀬文庫が所蔵する、挿絵もない江戸時代17世紀の写本が展示される。
 上の文章は、「虫めづる姫君」にかかる展示室内解説だが、この物語への興味がかき立てられる良い文章だと思う。
 
 
《天稚彦物語絵巻》
 海龍王の天稚彦は、地上で人間の娘と契りを結ぶが、やがて自分の本性をあかし天に戻る。娘はそのあとを追って天で天稚彦と再会する。そこで鬼である彦の父から難題をもちかけられるが、見事にこれをさばき二人は年に一度7月7日にだけ会うことを許される。
 
 サントリー美術館所蔵の江戸時代17世紀の絵巻二巻のうち下巻の1場面が展示。
 難題は、「千石の米を一粒残さず別の蔵へ動かせ」。
 蟻たちが手助けする。米俵に群がり、一匹一粒を担いで別の蔵に移す。稚拙だが、可愛らしい蟻たちの描写。
 
 
 
 「虫」が主題の企画なので、どうしても作品中に虫を探してしまう。容易に見つからない場合もある。
 
 本企画でなかったら探すこともなかっただろう、草木の間に静かにひっそりとそれと分かりにくく虫の存在が描かれる、鈴木其一《雨中菜花楓図》江戸時代 18~19世紀、個人蔵 。
 
 画中に虫が描かれていない作品も。
 例えば、出掛ける身支度をしている女性、足元のうちわの上に置かれた小さな箱が、言われないと分からないが蛍籠であって、この女性はこれから蛍狩りに出掛けることを伝えている喜多川歌麿《夏姿美人図》1794〜95年頃、遠山記念館。
 
 作品名により想像はできるけれども、光の筋が飛んでいる蛍を表す、川端龍子《螢図》1955年、個人蔵。
 
 小さい、草木に隠される、経年劣化で見づらい、一種・一匹見つければそれでコンプリートではなく実は何種・何匹もいてコンプリートできたのかどうか分からない、などから、総じて虫探しに難儀する。
 
 
 
 会場内には、虫の音も。
 地味めなのだろうけれども、日本における虫の美的表現を追う、サントリー美術館らしい好ましい企画。
 
 本展出品作を通じて思うのは、虫は、美術作品の主役にはなれない、ということ。ただし、作品のアクセントとして、名脇役として大活躍している。
 
 私的には、山種美術館所蔵の重文指定作品・速水御舟《炎舞》も、この中で見てみたかったかな。


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