
この作品の胆になるのは「凍った川を渡る」ことである。確かに凍ったセントローレンス川は何トンもあるトレーラーが通っても割れないぐらいだから結構頑丈である。まさしく、「100人乗っても大丈夫!」のイナバ物置みたいな物だ。けど、そうは言われても不安だよね。
目の前に凍った川とアスファルトの道があったら、ほとんどの人はアスファルトの方を選ぶんじゃないかな? アスファルトは安全という点では絶対であるのに対し、凍った川はトレーラーでも大丈夫と言われても絶対ではない。多分、ゴジラがそこを歩いたらダメでしょ? そう考えると、普段からそこを通ってる人に「大丈夫」とは言われても、やっぱり不安なんだよ。そう、この不安な感覚が凍った川を渡る以外にもいくつもあり、これが映画のポイントでもある。
それこそレイ親子の生活なんて常に凍った川を渡る様な危うい物である。いつ壊れるかわからないボロいトレーラーハウスに支払い期限が迫っている新しいトレーラーハウスの件。息子TJからすればレンタルの期限が迫って(レンタル業者に)取られるかもしれないテレビなど。
分かりやすい所ではこうした経済的なことかもしれないが、レイとTJの親子の仲、というか15歳のTJの動きも常に危うい。怪しい高校の仲間と怪しいやり取りをしたり、何やら怪しい電話勧誘をしたり。常に不安な動きをする。そんな彼に5歳の息子(彼にとっては弟)を任せるのはやっぱり不安だよね。そういう意味ではレイ親子の家庭の様子を見るだけでも凍った川を渡る様なハラハラ感が常につきまとう。
それこそ凍ったセントローレンス川を渡ることや密入国の仕事なんかも、慣れているライラが言ってもやっぱり不安である。アメリカ側の川の近くでネズミ取りをしている警察の前を通ることもライラから「あなたは白人だから大丈夫」って言われてもやっぱり不安になる。なぜなら、密入国をしているから「調べられたらどうしよう」と思う。大丈夫、この方法なら捕まらない、と言われてもやっていることは違法なことだから不安さはどうやっても拭えない。成功しても違法なことで金を稼ぐわけだから、息子たちに気持ちよくどうやって稼いだかは言えない。密入国の客もいまいちわからない奴を乗せているし、密入国をする側も結構不安だったりする。中には女が運転することに不安に思い難癖つけている奴がいるぐらいだ。
そもそもレイとライラの仲もいつ壊れてもおかしくない状態である。ファーストコンタクトが車を盗む・盗まれたの関係だからそもそもよろしくない。ましてやレイにとっては逃げた旦那が通っていたビンゴの会場での出会い。決していいわけがない。
その上ライラは白人から蔑視されがちなネイティブ・アメリカンのモホーク族。そのコミュニティの中でもライラは疎まれている存在。中古車を売っている店でちょっと高い車種(シエラ)はライラには売るなと上司からお達しがあるくらいだ。レイからすればあらゆる角度からライラは信用出来ない女性である。つまり、この二人の関係の危うさも凍った川を渡る様なものである。