熱い大人のROCK・・・・
これだと確信した。。。最高な夜だった。。。
blogに日記を書いておきましたのでご覧ください。。
http://blogs.yahoo.co.jp/beatjpm/4042360.html
和歌山で買ってきた雑賀衆のマグカップで コーヒーで一服しながら…、
せっかく和歌山まで足を延ばしたのだから、
楽しい思いをさせていただいた 和歌山について、撮りためた画像を交えながら
私なりに調べてみた。。
■和歌山市の歴史
5世紀~7世紀 - 岩橋千塚古墳群が築造される。
770年 - 唐僧・為光により護国院(紀三井寺)が開創されたと伝える。
1585年 - 豊臣秀吉の命を受けた豊臣秀長による和歌山城築城開始。古代からの名勝地「和歌浦」に対して、秀吉が「和歌山」と命名したことに由来する。
1600年 - 関ヶ原で徳川氏に味方した浅野幸長が紀伊国和歌山37万6,000石で和歌山城に入城。
1619年7月19日 - 徳川頼宣が紀伊和歌山55万5,000石で和歌山城に入城し、紀州徳川家を創設。
1879年1月 - 郡区町村制により和歌山区となる(和歌山城下)。
1889年4月1日 - 市制町村制により和歌山市へ移行(名草郡より分立)
■和歌山の位置
紀の川の河口に位置する。都心はほぼ南岸。
和歌山市の中心市街地には、城下町としての名残を留めた小さな町が点在するが、特徴的なのは町名に「○○丁」と「○○町」とが混在していることである。
丁は「ちょう」と読んでかつての武家町を、町は「まち」と読み同じく町人町を表すという(一部「町」でも「ちょう」と読む例あり)。他に「丁」と「町」が混在する旧城下町には、仙台市がある。
■和歌山「ぶらくり丁」
1830年(文政13年)に、この一帯が大火により焼失した後に、食料品や衣料品等を扱う商人が集まってきたのが商店街の始まりである。
その商人たちが商品をぶらくって(吊り下げての意)軒先を飾っていたのがぶらくり丁という名前の由来であると言われている。
以来、和歌山城城下町の一部を形成し、紀州藩を代表する繁華街、歓楽街として栄華を極めていた。
■雑賀孫市 鈴木 孫一(すずき まごいち、天文3年(1534年)? - 天正17年(1589年)5月2日?)は、雑賀衆の有力者の一人。
雑賀孫一という名でも知られ、また孫市とする史料もある。
雑賀衆(さいかしゅう)は、戦国時代に紀伊国北西部の雑賀荘を中心とする一帯(現在の和歌山市の雑賀崎)の諸荘園に居住した国人・土豪・地侍たちの結合した集団(一揆)である。
雑賀党ともいい、「さいが」とも読む。16世紀当時としては非常に多い数千丁単位の数の鉄砲で武装しており、きわめて高い軍事力を持って傭兵集団としても活躍した。
又海運や貿易も営んでいたため、正確には武装商人集団と見た方が正しいのかも知れない。
■雑賀孫市が登場する作品
○漫画
八咫烏(ヤタガラス)(小林裕和、『週刊少年サンデー』2009年39号、小学館)
センゴク(宮下英樹、『週刊ヤングマガジン』2004年21号 - 連載中、講談社) - 雑賀孫市重秀の名で登場。
陸奥圓明流外伝 修羅の刻 織田信長編(川原正敏) - 雑賀孫一の名で登場。
魔空八犬伝(石川賢) - 雑賀孫一の名で登場。
戦国八咫烏
(小林裕和、『週刊少年サンデー』2010年25号 - 連載中、小学館) - 雑賀孫一の名で登場。
○ テレビドラマ
国盗り物語(1973年、NHK大河ドラマ、演:林隆三)
葵徳川三代(2000年、NHK大河ドラマ、演:鳥木元博)
○小説
尻啖え孫市(司馬遼太郎、1969年映画化・大映・中村錦之介主演)
枯木灘など(中上健次)
■和歌山ラーメン
和歌山ラーメン(わかやまラーメン)は、主に和歌山県北部で、専門店や大衆食堂で出されるご当地ラーメンである。地元では「中華そば」、略して「中華」と呼ぶのが一般的(ただし、若い世代はラーメンと言っていることが多く、単に「そば」と呼ぶこともある。
和歌山、特に中心となる和歌山市でラーメンが食されていたのは戦前からだと言われており、古くから屋台のラーメン屋が多数軒を連ねた。これは和歌山が湯浅などの醤油産地に近いため県民が醤油の味に慣れ親しんでおり、また隣県などからスープの材料となる豚骨や鶏がら、魚介類などを仕入れやすかったためであるとされる。
■早寿司
店舗で出される中華そばの量は少なめに設定されている(もちろんほとんどの店で大盛りの注文は可能である。ラーメン大と表記する店が多く、大一丁のように注文する)。
これは、客が中華そばと同時に「早寿司」を食べることを前提にしているからである。
早寿司とは早なれのことで、早なれとは紀州名物の腐り鮨「なれずし」を十分に発酵させていない状態の鯖寿司のことである。
寿司をアセの葉で巻いているのが本格的だが、近年はプラスチック製のものが主流である。
早寿司は大抵、テーブルの上に置かれている。また、巻き寿司が置かれている店もあるが、ラーメンと一緒に寿司を食べる地域は全国的にも類を見ない。
なお、このような習慣が生まれた理由は、元々関西では定着している、うどんと同時に寿司を食べる習慣が派生したもの。
「チャリンコ」 小旅行 日記
先日 思いたつがまま、、自転車で 行くけるところまで 行ってみようと、、、
「板橋から永代橋」まで 往復してみた。。。
走行距離 約30キロ 所要時間 3時間 (往復)。。。
春風(強風)に 負けそうになりながらも 何とか 完走。。
おかげで いい運動になり 爽やかな気分と やり遂げた 達成感で いっぱい!!
たまには、、いいものです。。。自力走行は、、節電にもなったしね。。。
「板橋・仲宿」(スタート)⇒ 「北区滝野川・東武東上線」⇒ 「都電・庚申塚」⇒
「巣鴨・とげぬき地蔵尊」⇒ 「おばちゃんの原宿」巣鴨地蔵通り ⇒ 「後楽園」⇒
「水道橋」 ⇒ 「西神田・富士レコード」 ⇒ 「一ツ橋」⇒
「大手町・東京消防庁」⇒ 「東京駅近く・JR高架下」⇒ 「日本橋」⇒
「永代橋」⇒ 「永代橋」 から望む スカイツリー(終点)
舎人公園 at BBQ
4.24日曜日、昨日の雨天から一変!!神は、やはり見方してくれましたね。。
最高の天気に恵まれ BBQ!!!
食ったあ~ 食ったあ~ 笑った~ 騒いだ~
参加のみなさん! お疲れ様でした。。。
CD JAKETのイメージ考えました。。JIM
あくまでもイメージです。。。どうかな???作成してみました。。。
Queen - Teo Torriatte (Let Us Cling Together) (Lyrics)
頑張れ!日本!手を取り合っていこう!
http://www.fuwakumusic.com/Q/Queen/Teo_Toriatte.html
僕がいなくても不思議に思わないで
僕が君を思えば
同じ月が輝き
同じ風が僕ら2人に吹いてる
時間なんてただの紙の月だよ
過ぎ去らないさ
僕が行ってしまっても
僕はあたかも君を感動させる花を持ってるように
新しい生命になるんだ
花は他に誰もいないとわかってて
僕のハートを君と同じくらい暖かくしてくれた
過ぎ去ることはなく
年月が過ぎ去るままに抱き合っていよう
ねぇ、君、愛しい人
夜の静寂に
僕らのキャンドルを燃やしつづけよう
僕らが学んだ教訓を失わないように
手を取り合ってこのまま行こう
愛する人よ
静かな宵に
光を灯し
愛しき教えを抱き
まだ僕のことを思ってる僕の歌を聴いて
君が僕のことを思うようになった方法さ
夜達は次第に長くなり
だけど夢は生き続ける
ただきれいな瞳を閉じて
僕と一緒にいられる
夢を見よう
手を取り合ってこのまま行こう
愛する人よ
静かな宵に
光を灯し
愛しき教えを抱き
僕がいないときに彼らは僕らが皆バカだって言うだろう
だから僕らにはわからない
ああ、強くなるんだ、気持ちを変えないで
僕らは全て、君が全て、僕らはいつだって全てのための全てさ
年月が過ぎ去るままに抱き合っていよう
ねぇ、君、愛しい人
夜の静寂に
僕らのキャンドルを燃やしつづけよう
僕らが学んだ教訓を失わないように
チャック・ベリー、演奏中に倒れる
ロックンロール界の大御所、チャック・ベリー(Chuck Berry、84歳)が1月1日の夜、シカゴ(Chicago)のコンサート会場で演奏中にステージで倒れたらしい!
チャック・ベリーは満員の観客を前に、1時間ほど演奏を続けたところでキーボードに突っ伏して、ステージから運び出された。
15分後にチャック・ベリーは再びステージに登場。
演奏を再開しようとしたが、すぐに医療関係者に連れ戻された。
チャック・ベリーは、待ち続けていたファンに挨拶するため、再びステージに戻り、その数分後に自分の足で歩いて外に待たせていたリムジンに乗り込み、会場を後にした。
結局、ベリーは病院には向かわず、セントルイス(St. Louis)の自宅に戻った。
チャック・ベリーは前夜にも、ニューヨーク(New York)で2ステージをこなしていた。
ご存知、1950年代に『ジョニー・B・グッド(Johnnie B. Goode)』『スウィート・リトル・シックスティーン(Sweet Little Sixteen)』『ロール・オーバー・ベートーベン(Roll Over Beethoven)』など、数々のヒット曲を飛ばした。
今更だけど、ベリーの音楽は、ビートルズ(The Beatles)やローリング・ストーンズ(Rolling Stones)、ビーチ・ボーイズ(Beach Boys)に多大な影響を与えた。
ジョン・レノン(John Lennon)はかつて、「もしもロックンロールに別の名前をつけるなら、チャック・ベリーと呼ぶだろう」と述べて、チャック・ベリーを讃えている。
原因は過労らしいが、84歳で現役とは!恐れ入りますね!
ベリー爺さん!お体を大切に!
さすがのRock'n'rollerも 年齢と疲れには、お手上げですね。
泣けますね。お涙ちょうだい? いや正直泣ける。
素敵なVです。
忙しない 師走 走り抜けるような年末ですよ。
今年一年、皆さんは、どんな年だったですか??
年齢とともに時間が経つのが早く感じるのは、仕方ないが、
またひとつ老けてゆく。
ゆく歳、くる歳…
わたしごと
だけど この一年は、病気との闘いになってしまい、仕事も出来ず、おまけに金欠、苛立つこともあったけど
人生において こんな時もあるさ! と自問自答しながら何とか 今年も終わりそう!!
音楽が おおかたの支えになり、毎日ヒマしながらも まるで格好よく言えば、音楽活動をしていなかった頃のJOHN LENNONのように、主夫してました。
意外と愉しいんですよね。炊事洗濯など
家族や仲間、職場の皆さんに感謝の一年でした。
現在、C型肝炎の治療も 思わしくない状況で
来年早々には、また イチからの出発!新しい治療が始まります。
検査入院から また薬による副作用との闘いになりますが、来年は、晴れて仕事に復帰だぁー!!
音源のあるサイトみつけました。。
http://www.coconutsdisk.com/kichijoji/archives/japanese-power-pop-special-2010-spring
パソコンのみ試聴できます。。