初めて聴いたのは高校生の頃、
有頂天が好きなら、と先輩がCDを貸してくれた。
正直なところ、有頂天も好き、という感じだったので、
さほど乗り気じゃなくアルバムを聴き始めて、
十代の馬鹿な俺にはピンと来ないままアルバムが終わりそうだった。
いや、そのまま終われば良かったのに、たった一曲に貫かれてしまった。
急いでCDケースを見ると、「赤い戦車」と書かれていた。
その日は繰り返し聞きながら音量をあげ続けた。
先輩にCDを返して「良かったです」と言うと
「やっぱりね」とだけ返ってきてニヤニヤ笑ってたな。
友達に聴かせたら「ふ~ん、変な曲」というリアクションだった。
それでも僕は、カセットテープしかなかった当時、
一本のカセットの両面に「赤い戦車」だけを入れて延々と聞き続けた。
「赤い戦車」には希望というか焦燥感というか執着というか、
生きていく上で必要でありながら、
足をとられかねないようなものが詰まっていて
地団駄を踏んでいるように感じた。
人にはその人の枠や居場所、陣地があって、
本来なら不可侵であるそのエリアをはみ出そうとする人と、
はみ出さないように生きる人、この二種類がいる。
そして、意志はどうであれ、結果的にはみ出さずにいる人と、
はみ出してしまう人がいる。
それは選べないことなのだ。
この曲によって歌われているのは、
はみ出してしまった人と、
決して切り崩されることのない、何者の侵入も許さぬ完璧な要塞だ。
昔、フジテレビで、ゲストが遺書を書く、という深夜番組があった。
戸川純が出演していた回があって
最後の遺書を読み上げるシーンで「赤い戦車」が流れていた。
戸川純の「我が同胞よ」という言葉で遺書は締めくくられ、
番組が終わったのを覚えている。
少し前、大好きなマンガのあとがきで「赤い戦車」の歌詞が書かれていて、
ああ、ここにもこんな人がいたのか、という懐かしい気持ちになった。
戦友に見えたといったら笑われるだろうか。
いや、かまやしない。
今でも「赤い戦車」を聴く度に心のどこかが引き攣るような疼きを感じる。
その疼きは尚一層深く鮮やかに全身を駆け巡る。
そして、この疼きが解消された時に、きっと僕はどこかへ行ってしまうんだろう。
有頂天が好きなら、と先輩がCDを貸してくれた。
正直なところ、有頂天も好き、という感じだったので、
さほど乗り気じゃなくアルバムを聴き始めて、
十代の馬鹿な俺にはピンと来ないままアルバムが終わりそうだった。
いや、そのまま終われば良かったのに、たった一曲に貫かれてしまった。
急いでCDケースを見ると、「赤い戦車」と書かれていた。
その日は繰り返し聞きながら音量をあげ続けた。
先輩にCDを返して「良かったです」と言うと
「やっぱりね」とだけ返ってきてニヤニヤ笑ってたな。
友達に聴かせたら「ふ~ん、変な曲」というリアクションだった。
それでも僕は、カセットテープしかなかった当時、
一本のカセットの両面に「赤い戦車」だけを入れて延々と聞き続けた。
「赤い戦車」には希望というか焦燥感というか執着というか、
生きていく上で必要でありながら、
足をとられかねないようなものが詰まっていて
地団駄を踏んでいるように感じた。
人にはその人の枠や居場所、陣地があって、
本来なら不可侵であるそのエリアをはみ出そうとする人と、
はみ出さないように生きる人、この二種類がいる。
そして、意志はどうであれ、結果的にはみ出さずにいる人と、
はみ出してしまう人がいる。
それは選べないことなのだ。
この曲によって歌われているのは、
はみ出してしまった人と、
決して切り崩されることのない、何者の侵入も許さぬ完璧な要塞だ。
昔、フジテレビで、ゲストが遺書を書く、という深夜番組があった。
戸川純が出演していた回があって
最後の遺書を読み上げるシーンで「赤い戦車」が流れていた。
戸川純の「我が同胞よ」という言葉で遺書は締めくくられ、
番組が終わったのを覚えている。
少し前、大好きなマンガのあとがきで「赤い戦車」の歌詞が書かれていて、
ああ、ここにもこんな人がいたのか、という懐かしい気持ちになった。
戦友に見えたといったら笑われるだろうか。
いや、かまやしない。
今でも「赤い戦車」を聴く度に心のどこかが引き攣るような疼きを感じる。
その疼きは尚一層深く鮮やかに全身を駆け巡る。
そして、この疼きが解消された時に、きっと僕はどこかへ行ってしまうんだろう。