「高いところから失礼致します」を言いそびれた冒頭、まるで頭の中でこけて、原稿がどこかへとんでった状態。もうこうなったら、一か八か、気持をそのまま、実績とともに語るっきゃない。腹は決まった。気持は「応援団長ばり」声を張り上げ、真紀子節ならぬ、気迫節。何か口走ったか、笑いを取りに行くゆとりなど、とうに失い、国政に帰られこの大仕事をとか、空恐ろしくもお集まりの支援者の方々に檄を飛ばしていたらしい。
終えてがっくり、というのも実績報告というか、先生の手がけてこられた人権に根ざした勉強会の成果と真価をしっかりと述べるつもりが、柄にもなくあがってしまい、肝心のそこをはしょってしまったのだ。
それはそうと、心根の違うすばらしい女性に出会った。橋本岳先生の母上、『久美子夫人』である。
感謝に溢れたお言葉、謙虚にして息子を信じ、それを支える方々への敬意すらにじませる奥ゆかしさ。お姑さんのお言葉を引用され、それに学ぶ姿勢。
岳先生のお人柄に触れるたび、いつも想っていたものだ。こういう青年をお育てになるお母様はさぞや飾らない聡明なお方だろうと。そのお方と同席でき、しかもお言葉に触れえた幸運に感謝したい。
それにしても、暴風は吹き荒れ、今後の国会運営は危なっかしさすら予見させる。何とかチルドレンどころか、素人軍団大行進でしょ、これじゃ。
選挙制度の問題点も重複証明された感があります。あの馳先生や原田先生や橋本先生がなんで負けたんでしょうか。マスコミの刷り込みの怖さでしょうか?党も責任をとっていいただきたい。寅さんを落としたのが、そもそもの間違いよ。
それより年金記録問題に端を発する政治への不信感でしょうね。
それ言ったら、二の句は次げません。でも、地元岸田先生がかろうじて勝ってくださったのは、せめてもの救いだった。
今回、都合3回倉敷入りした。3年前の私なら、一昨日に福岡入りし、原田義昭先生を応援して、金沢に飛び、馳先生の決起集会に参加したかもしれない。
今はその体力に自信がない。倉敷に行っても次の日から3日は毎回「寝たきりおばさん」に昇格。こういうのを症状が進んだって言うのかな。でも回復させるものね、またこれまでと同様に。
世の中がどんなに変わろうとも、私は『咲き満ちて』前へと、生きていくのです。
あの久美子夫人や土井君のように。
終えてがっくり、というのも実績報告というか、先生の手がけてこられた人権に根ざした勉強会の成果と真価をしっかりと述べるつもりが、柄にもなくあがってしまい、肝心のそこをはしょってしまったのだ。
それはそうと、心根の違うすばらしい女性に出会った。橋本岳先生の母上、『久美子夫人』である。
感謝に溢れたお言葉、謙虚にして息子を信じ、それを支える方々への敬意すらにじませる奥ゆかしさ。お姑さんのお言葉を引用され、それに学ぶ姿勢。
岳先生のお人柄に触れるたび、いつも想っていたものだ。こういう青年をお育てになるお母様はさぞや飾らない聡明なお方だろうと。そのお方と同席でき、しかもお言葉に触れえた幸運に感謝したい。
それにしても、暴風は吹き荒れ、今後の国会運営は危なっかしさすら予見させる。何とかチルドレンどころか、素人軍団大行進でしょ、これじゃ。
選挙制度の問題点も重複証明された感があります。あの馳先生や原田先生や橋本先生がなんで負けたんでしょうか。マスコミの刷り込みの怖さでしょうか?党も責任をとっていいただきたい。寅さんを落としたのが、そもそもの間違いよ。
それより年金記録問題に端を発する政治への不信感でしょうね。
それ言ったら、二の句は次げません。でも、地元岸田先生がかろうじて勝ってくださったのは、せめてもの救いだった。
今回、都合3回倉敷入りした。3年前の私なら、一昨日に福岡入りし、原田義昭先生を応援して、金沢に飛び、馳先生の決起集会に参加したかもしれない。
今はその体力に自信がない。倉敷に行っても次の日から3日は毎回「寝たきりおばさん」に昇格。こういうのを症状が進んだって言うのかな。でも回復させるものね、またこれまでと同様に。
世の中がどんなに変わろうとも、私は『咲き満ちて』前へと、生きていくのです。
あの久美子夫人や土井君のように。