まだ8月
今年の夏は短かった。信州はお盆が過ぎると秋風が吹くんです
今日はかなり蒸し暑い、けど夕方になれば涼しい風はふくので少しの我慢
今年こそトマトが豊作になるはず・・・の予定でしたが強風のため折れてしまった
主人が脇芽つみをしてくれたけど、そのすがたみて放置
今は無残にもかろうじて残った枝にぽつぽつとなっているのをたまに収穫
けどミニトマトは形悪いけど美味しい・・・
来年に夢を託して今年のトマトつくりは終了
子供の頃夏と言えば帽子は麦わら帽子
2年に一度買ってもらえるので2年目はリボンを変えて新品
いえは町中だったので、トマト畑は無かったけど、母の実家に行くと祖母がトマトを作ってくれていた
今ほど味が良くないので、あまり食べる人がいないので、独り占め
麦わら帽子にいくつか入れて、広縁でかじりつくのが楽しみでした
青臭いけど真っ赤なトマト、懐かしい思い出です
自分で作って見ると、せいぜいミニトマトがジャングル状態
桃太郎なる種類の物も形は悪く味も今一
とまとは義父が沢山作ってくれたけど、丸いのはほとんどなくて凸凹だったり大きすぎたり
それでも美味しかったのは真っ赤に熟れてから収穫するのでおいしかった。義父は今は天国なので食べることはできない
ご近所さんが届けてくれる野菜の中のトマトはミニトマトくらいでやはり高価なのだろうと思います
時々地場センターに行って1箱1000円くらいのをかってきて楽しんでいます
その頃はバジルが高価で乾燥バジル。で、今は藪のように茂っているけどトマトがない
思うようにいかない世界です
まだ夏だし、ゾゾっとする話もきいたりして
先日知人が「稲川淳二って人知ってる?」聞くので、「知らないの?」と反対に尋ねた
「しらないの、どんな人」ですって
知らない人がいるなんて思いがけないことなので「どこであったの?」と聞いたら
「本家に行ったらお座敷にいて挨拶されたのよ」
有名なおうちなのでそんな人が訪ねていくのも不思議ないけど
「怪談話で有名な人よ」と教えてあげた
NHKでも季節なのか特番やっていたけど、彼の話は怖い!と私は思う
取材に行ったのか、講演場所を探しに行ったのかいずれにしても私が会いたかった
八ヶ岳のホテルに泊まった時「ここは開かずの間で1年数日だけ稲川淳二さんが話をするんです」
すぐに予約でいっぱいになり聞く機会もなさそうです
「どういうわけがいつもおかしなことが起きるので開かずの間になってまして・・・」と余韻を残しての会話
わたし、そんな話聞いたらトイレにも行けなくなりますわ
主人が「すごい話を聞いたよ、話してやろうか」といつになくもったいぶる
私も知っている事故の後の話
1985年、関西から北信濃のスキー場に行くバスツアー
雪道で犀川湖畔にスリップしてダイビング
15名の大学生がそのまま水死・・・死んだことすらわからない人もいたかもしれないです
真冬の川に寝たま投げ出され助かった人21人。8名が重症
1
事故の事知らないで通った人が、「明け方なのになんで明るいんだろう」とおもったほどコウコウとライトが付き
事故を知ってから通ったら、霊柩車が沢山止まっていたそうです
国道19号線のその場所は、道路がクランクで危険と知っている人は気を付けていたようですが
クランクの先は川の縁でした、
犠牲者が出て今はべつに道が開け橋もかかって
慰霊碑が建ち、今は事故があったことも知らない人も多いようです
主人の知人がトラックの仕事をしていたときに聞いた話だそうです
チェーン履き替え場所も大きく広げられ、トラックが数台止まれる場所もあるようです
遠距離のトラックの運転手さんが「こんなに広い場所、一休みできる」と車を止めて仮眠していたら
ドアをコンコンとたたく音がする。知ってる人かもしれないとドアを開けてみたけれど誰もいない
そんな経験した人が何人もいたようです
聞いているうちに私は鳥肌
色々脚色されて話されるよりも、迫力ありました
最近若い人がバス事故で命を落とすことが多いですね
そんな事がない世の中になってほしいと思います
今年の夏は短かった。信州はお盆が過ぎると秋風が吹くんです
今日はかなり蒸し暑い、けど夕方になれば涼しい風はふくので少しの我慢
今年こそトマトが豊作になるはず・・・の予定でしたが強風のため折れてしまった
主人が脇芽つみをしてくれたけど、そのすがたみて放置
今は無残にもかろうじて残った枝にぽつぽつとなっているのをたまに収穫
けどミニトマトは形悪いけど美味しい・・・
来年に夢を託して今年のトマトつくりは終了
子供の頃夏と言えば帽子は麦わら帽子
2年に一度買ってもらえるので2年目はリボンを変えて新品
いえは町中だったので、トマト畑は無かったけど、母の実家に行くと祖母がトマトを作ってくれていた
今ほど味が良くないので、あまり食べる人がいないので、独り占め
麦わら帽子にいくつか入れて、広縁でかじりつくのが楽しみでした
青臭いけど真っ赤なトマト、懐かしい思い出です
自分で作って見ると、せいぜいミニトマトがジャングル状態
桃太郎なる種類の物も形は悪く味も今一
とまとは義父が沢山作ってくれたけど、丸いのはほとんどなくて凸凹だったり大きすぎたり
それでも美味しかったのは真っ赤に熟れてから収穫するのでおいしかった。義父は今は天国なので食べることはできない
ご近所さんが届けてくれる野菜の中のトマトはミニトマトくらいでやはり高価なのだろうと思います
時々地場センターに行って1箱1000円くらいのをかってきて楽しんでいます
その頃はバジルが高価で乾燥バジル。で、今は藪のように茂っているけどトマトがない
思うようにいかない世界です
まだ夏だし、ゾゾっとする話もきいたりして
先日知人が「稲川淳二って人知ってる?」聞くので、「知らないの?」と反対に尋ねた
「しらないの、どんな人」ですって
知らない人がいるなんて思いがけないことなので「どこであったの?」と聞いたら
「本家に行ったらお座敷にいて挨拶されたのよ」
有名なおうちなのでそんな人が訪ねていくのも不思議ないけど
「怪談話で有名な人よ」と教えてあげた
NHKでも季節なのか特番やっていたけど、彼の話は怖い!と私は思う
取材に行ったのか、講演場所を探しに行ったのかいずれにしても私が会いたかった
八ヶ岳のホテルに泊まった時「ここは開かずの間で1年数日だけ稲川淳二さんが話をするんです」
すぐに予約でいっぱいになり聞く機会もなさそうです
「どういうわけがいつもおかしなことが起きるので開かずの間になってまして・・・」と余韻を残しての会話
わたし、そんな話聞いたらトイレにも行けなくなりますわ
主人が「すごい話を聞いたよ、話してやろうか」といつになくもったいぶる
私も知っている事故の後の話
1985年、関西から北信濃のスキー場に行くバスツアー
雪道で犀川湖畔にスリップしてダイビング
15名の大学生がそのまま水死・・・死んだことすらわからない人もいたかもしれないです
真冬の川に寝たま投げ出され助かった人21人。8名が重症
1
事故の事知らないで通った人が、「明け方なのになんで明るいんだろう」とおもったほどコウコウとライトが付き
事故を知ってから通ったら、霊柩車が沢山止まっていたそうです
国道19号線のその場所は、道路がクランクで危険と知っている人は気を付けていたようですが
クランクの先は川の縁でした、
犠牲者が出て今はべつに道が開け橋もかかって
慰霊碑が建ち、今は事故があったことも知らない人も多いようです
主人の知人がトラックの仕事をしていたときに聞いた話だそうです
チェーン履き替え場所も大きく広げられ、トラックが数台止まれる場所もあるようです
遠距離のトラックの運転手さんが「こんなに広い場所、一休みできる」と車を止めて仮眠していたら
ドアをコンコンとたたく音がする。知ってる人かもしれないとドアを開けてみたけれど誰もいない
そんな経験した人が何人もいたようです
聞いているうちに私は鳥肌
色々脚色されて話されるよりも、迫力ありました
最近若い人がバス事故で命を落とすことが多いですね
そんな事がない世の中になってほしいと思います