先日の地震で、15年ぶりに大きな揺れを経験した。
勤務地は震度5弱だったけど、ビルの中の揺れは相当なものだった。
物が揺れ、倒れていく中、少しずつ揺れが強まっていく不安感。
揺れが収まるまで、ただ待つことしかできなかった。
宮城県には、まだ見ぬ友人がいる。
すぐに安否が気になったが、「とりあえず」無事とのこと。
しかし、そのあとは連絡が途絶えている。
おそらく大丈夫だと思うけど、やはり心配であることには変わらない。
同じく、宮城県にいる父方の親戚。
僕にとっては遠い存在だったけど、やはり心配している。
早く連絡がつくといいんだけど・・・。
友人の実家は福島県にある。
同じく、その友人の通っていた大学は、宮城県だった。
幸い、ご家族や知り合いの皆さんは無事だったみたいだけど、
原発事故の詳細が分かりづらい状況であり、心中穏やかではいられないと。
まだまだ不明者はたくさんいる。
これ以上悪い事態を想像したくない。
現実だけど、受け入れられない。
津波が町中を襲い、民家を流していく異常な光景。
それを目の当たりにし、泣いている女の子の映像が流れた。
胸が詰まって、やりきれなかった。
地震発生の当日、首都圏の電車はほぼストップした。
その日の運行中止を早い段階で発表したJR。
バスもタクシーも利用者でいっぱいの状況であり、道路は渋滞していた。
JRを使わないと帰宅のしようがない僕は、
その夜会社で過ごすことを早々に決めた。
明け方まで、何度も何度も余震が起きた。
普段はほとんど鳴らない緊急地震速報も、たびたび携帯に届くようになった。
その夜、東北だけでなく、新潟や長野でも強い揺れが観測された。
また、規模は小さかったものの、東京湾を震源とした地震もあったらしい。
東日本全体が襲われたかのような、異様な事態だった。
そんな中、何事もなく無事に過ごせたことには、感謝するしかない。
生きていることがありがたいと、心の底から思う。
昨日、ようやく帰宅できた僕は、夜になってから神社を訪れた。
辺りは真っ暗で、もう閉門していたけれど、手を合わせて感謝の気持ちを伝えた。
そして、自分の、友人の、家族の大切な人たち、被災地にいる人たちみんなが、
どうか無事であってほしいと祈るばかりだった。
今は祈ろう。
勤務地は震度5弱だったけど、ビルの中の揺れは相当なものだった。
物が揺れ、倒れていく中、少しずつ揺れが強まっていく不安感。
揺れが収まるまで、ただ待つことしかできなかった。
宮城県には、まだ見ぬ友人がいる。
すぐに安否が気になったが、「とりあえず」無事とのこと。
しかし、そのあとは連絡が途絶えている。
おそらく大丈夫だと思うけど、やはり心配であることには変わらない。
同じく、宮城県にいる父方の親戚。
僕にとっては遠い存在だったけど、やはり心配している。
早く連絡がつくといいんだけど・・・。
友人の実家は福島県にある。
同じく、その友人の通っていた大学は、宮城県だった。
幸い、ご家族や知り合いの皆さんは無事だったみたいだけど、
原発事故の詳細が分かりづらい状況であり、心中穏やかではいられないと。
まだまだ不明者はたくさんいる。
これ以上悪い事態を想像したくない。
現実だけど、受け入れられない。
津波が町中を襲い、民家を流していく異常な光景。
それを目の当たりにし、泣いている女の子の映像が流れた。
胸が詰まって、やりきれなかった。
地震発生の当日、首都圏の電車はほぼストップした。
その日の運行中止を早い段階で発表したJR。
バスもタクシーも利用者でいっぱいの状況であり、道路は渋滞していた。
JRを使わないと帰宅のしようがない僕は、
その夜会社で過ごすことを早々に決めた。
明け方まで、何度も何度も余震が起きた。
普段はほとんど鳴らない緊急地震速報も、たびたび携帯に届くようになった。
その夜、東北だけでなく、新潟や長野でも強い揺れが観測された。
また、規模は小さかったものの、東京湾を震源とした地震もあったらしい。
東日本全体が襲われたかのような、異様な事態だった。
そんな中、何事もなく無事に過ごせたことには、感謝するしかない。
生きていることがありがたいと、心の底から思う。
昨日、ようやく帰宅できた僕は、夜になってから神社を訪れた。
辺りは真っ暗で、もう閉門していたけれど、手を合わせて感謝の気持ちを伝えた。
そして、自分の、友人の、家族の大切な人たち、被災地にいる人たちみんなが、
どうか無事であってほしいと祈るばかりだった。
今は祈ろう。