乾季に入り水がまったく無くなってしまったようだ。今日もドラムからがんばって汲んだ水での行水から始まった。3日水不足が続くと小さい家では水を確保できない為公園の井戸から水を運ぶ。これは子供たちの仕事のようで最近は日増しに子供達が増えてきている。いつになったらこの町から水がでるのだろ!?今日も私の部屋はシャワーの栓が開けている状態の日が続く。
仕事では、エアコンがあったものの昼からは炎天下の為役にたたなくなり、エアコンから出てくる風も生暖かくなってしまった。部屋にいると蒸し暑さに脱水症状になりそうである。申し方が無いが服を脱いじゃえ!!と服を脱いでの仕事!!本当のニカラグア人かのようだ。
とうとう、屋根が完成した。そこで屋根に登ってみた。12mの高さで見る景色はいつも見る景色とはまったく違った。時より吹く風が、“達成感“というように心地よくあたった。明日、明後日で補強工事が終わり、プロジェクトも一旦終了する。去年の10月から今年の3月迄5ヶ月間、ここに来て本当にいろいろあった。改めて実感する。
そしてこれから・・・・!!!人生の旅はまだまだ続きそうだな・・・・・。
最後の写真です。
2年間のありのままの生活をこのブログで書き綴っていこうと思いましたが、今日のブログで無期限の休暇にしたいと思います。私の異国での生活や人付き合い、毎日の心情に至るまで多くの人に知ってもらおうと思い事細かく素直に書いていたつもりでしたが途中でリタイアをせざる終えなくなってしまいました。
親を初め関係者に毎日の生存報告ができなくなる事を大変申し訳なく思っております。
何も連絡がなければ笑顔で生きていると考えてください。そして多くの読者にはいつも読んでいただきありがとうございました。毎日どのようにして読んでもらうかを考えていく事が楽しみでした。
一度は、東北大震災の為ブログは一旦中止しようと思っていました。まったく先の見えない日本の状況や、何もできない自分に無力さを感じていました。心が沈んでいた為先日、サンファンデル・スールという港町にふらっと一人で行きました。
ブログでは、おもしろおかしく書いていますが実は、一人でずっと夕日を見ていました。サンファンデル・スールは日本と同じ太平洋側にある小さい港町です。私はそこで夕日が沈むのを眺めていました。
夕日は真っ赤に燃え、泣いているようでした。ふと、幼稚園のアルバムを思い出しました。おかっぱのあくびをして真ん中に立っている私の写真が思い浮かびました。その隣の子、ちょっと顔がこわばってうっている子だったな。そう、小林君!?幼稚園ではよくお互い喧嘩していたな~その隣は、高校でひさびさに一緒になったサッカー部の!?あ、新木くん!幼稚園のころから背が高かったな・・・・。思い出のページは一枚ずつ丁寧にめくれていきました。
みんなどうしているのだろ!?仲間たちの思い出とひとりひとりの名前を照らし合わせている自分に気がつきました。考えている内に少し目尻が熱くなってきました。裏切られた事、いじめられた事、できなかったこと、悔しかった事、負けた事、当時はつらかったことも今となればいい思い出です。
そのうちいやでも風の噂で同級生の死を知る事となるでしょう。そんなときは必ず驚きを受けるでしょう。同級生とは、くちゃくちゃになった顔でも再開し人生の思い出を話したいものです。
港のレストランに座り日本から一番近いところで夕日を一人眺めていました。高校までのアルバムをめくると夕日はまるで瞳を閉じるように沈んでいきました。震災の為に私にできること、何かしたくても今のここでは募金を集める事ぐらいしかできないでしょう。もし、私が東京にいたとしても同じだったのかもしれません。救援はプロに任せたほうが安全だし、早いです。シロートが行った所で何もできません。救援に入ったところで救援物資をいただいてはそれこそ本末転倒でしょう。逆に海外に私がいる分、日本にいて私が食べるだろうの量は被害地に支給されるでしょう。万が一、現在ボランティアを止め途中帰国したとします。そうしますと私は無職です。落ち着かない現在の日本では、就職もままならないと思われます。その為、当面は国からの支給を受けざる終えない状況になるでしょう。これも本末転倒かと思われます。結局、今できる事を精一杯努力するということが私にとっても日本にとってもよいことだと考えました。そして私にできること、それは多くの人にブログを見てもらい馬鹿な自分を笑ってもらうことでした。できることなら多くの岩手、宮城、福島、青森の仲間の安否や状況を、知りたいと思いました。私も岩手出身です。現在、インターネット検索で “イモケン”と打つと一番初めに出てきます。これこそが遠い昔の仲間との連絡手段であり、更新し続けることで思い出のアルバムをめくった人が返信してもらえると期待していました。最後に残念な締めとなってしまいましたが、まだ連絡の無い気仙沼、宮古、釜石の仲間、そして東北、日本全土にいる仲間達にメッセージを送りたいと思います。
“また、逢ったらバカやりたいな!!それまでお互い笑顔でいような!”
これがニカラグアから最後の日本の仲間に向けたメッセージになります。
また、どこかでみなさんと合える日を楽しみにしています。
いつまでも素敵な笑顔で!!!
今までご愛読ありがとうございました。
青年海外協力隊
ニカラグア共和国
22年度1次隊(平成22年6月21日 赴任)
イモケン(岩手出身)
中米ニカラグアとの架け橋
(2010年6月20日連載開始~2011年3月28日連載停止)