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中米ニカラグアとの架け橋 JICAでの活動

2010年6月21日より中米ニカラグアに派遣されました。日本との架け橋を目標に2年間の日々を書いていきます。

中米ニカラグアとの架け橋  連載無期限休止の報告

2011-03-28 | 日記

 乾季に入り水がまったく無くなってしまったようだ。今日もドラムからがんばって汲んだ水での行水から始まった。3日水不足が続くと小さい家では水を確保できない為公園の井戸から水を運ぶ。これは子供たちの仕事のようで最近は日増しに子供達が増えてきている。いつになったらこの町から水がでるのだろ!?今日も私の部屋はシャワーの栓が開けている状態の日が続く。

 仕事では、エアコンがあったものの昼からは炎天下の為役にたたなくなり、エアコンから出てくる風も生暖かくなってしまった。部屋にいると蒸し暑さに脱水症状になりそうである。申し方が無いが服を脱いじゃえ!!と服を脱いでの仕事!!本当のニカラグア人かのようだ。

 とうとう、屋根が完成した。そこで屋根に登ってみた。12mの高さで見る景色はいつも見る景色とはまったく違った。時より吹く風が、“達成感“というように心地よくあたった。明日、明後日で補強工事が終わり、プロジェクトも一旦終了する。去年の10月から今年の3月迄5ヶ月間、ここに来て本当にいろいろあった。改めて実感する。

そしてこれから・・・・!!!人生の旅はまだまだ続きそうだな・・・・・。

 

 

最後の写真です。

 

 

 

 

2年間のありのままの生活をこのブログで書き綴っていこうと思いましたが、今日のブログで無期限の休暇にしたいと思います。私の異国での生活や人付き合い、毎日の心情に至るまで多くの人に知ってもらおうと思い事細かく素直に書いていたつもりでしたが途中でリタイアをせざる終えなくなってしまいました。

親を初め関係者に毎日の生存報告ができなくなる事を大変申し訳なく思っております。

何も連絡がなければ笑顔で生きていると考えてください。そして多くの読者にはいつも読んでいただきありがとうございました。毎日どのようにして読んでもらうかを考えていく事が楽しみでした。

 

一度は、東北大震災の為ブログは一旦中止しようと思っていました。まったく先の見えない日本の状況や、何もできない自分に無力さを感じていました。心が沈んでいた為先日、サンファンデル・スールという港町にふらっと一人で行きました。

ブログでは、おもしろおかしく書いていますが実は、一人でずっと夕日を見ていました。サンファンデル・スールは日本と同じ太平洋側にある小さい港町です。私はそこで夕日が沈むのを眺めていました。

 夕日は真っ赤に燃え、泣いているようでした。ふと、幼稚園のアルバムを思い出しました。おかっぱのあくびをして真ん中に立っている私の写真が思い浮かびました。その隣の子、ちょっと顔がこわばってうっている子だったな。そう、小林君!?幼稚園ではよくお互い喧嘩していたな~その隣は、高校でひさびさに一緒になったサッカー部の!?あ、新木くん!幼稚園のころから背が高かったな・・・・。思い出のページは一枚ずつ丁寧にめくれていきました。

みんなどうしているのだろ!?仲間たちの思い出とひとりひとりの名前を照らし合わせている自分に気がつきました。考えている内に少し目尻が熱くなってきました。裏切られた事、いじめられた事、できなかったこと、悔しかった事、負けた事、当時はつらかったことも今となればいい思い出です。

 

そのうちいやでも風の噂で同級生の死を知る事となるでしょう。そんなときは必ず驚きを受けるでしょう。同級生とは、くちゃくちゃになった顔でも再開し人生の思い出を話したいものです。

 

港のレストランに座り日本から一番近いところで夕日を一人眺めていました。高校までのアルバムをめくると夕日はまるで瞳を閉じるように沈んでいきました。震災の為に私にできること、何かしたくても今のここでは募金を集める事ぐらいしかできないでしょう。もし、私が東京にいたとしても同じだったのかもしれません。救援はプロに任せたほうが安全だし、早いです。シロートが行った所で何もできません。救援に入ったところで救援物資をいただいてはそれこそ本末転倒でしょう。逆に海外に私がいる分、日本にいて私が食べるだろうの量は被害地に支給されるでしょう。万が一、現在ボランティアを止め途中帰国したとします。そうしますと私は無職です。落ち着かない現在の日本では、就職もままならないと思われます。その為、当面は国からの支給を受けざる終えない状況になるでしょう。これも本末転倒かと思われます。結局、今できる事を精一杯努力するということが私にとっても日本にとってもよいことだと考えました。そして私にできること、それは多くの人にブログを見てもらい馬鹿な自分を笑ってもらうことでした。できることなら多くの岩手、宮城、福島、青森の仲間の安否や状況を、知りたいと思いました。私も岩手出身です。現在、インターネット検索で “イモケン”と打つと一番初めに出てきます。これこそが遠い昔の仲間との連絡手段であり、更新し続けることで思い出のアルバムをめくった人が返信してもらえると期待していました。最後に残念な締めとなってしまいましたが、まだ連絡の無い気仙沼、宮古、釜石の仲間、そして東北、日本全土にいる仲間達にメッセージを送りたいと思います。

 

“また、逢ったらバカやりたいな!!それまでお互い笑顔でいような!”

 

これがニカラグアから最後の日本の仲間に向けたメッセージになります。

また、どこかでみなさんと合える日を楽しみにしています。

 

いつまでも素敵な笑顔で!!!   

 

今までご愛読ありがとうございました。

 

 

 

 

青年海外協力隊

ニカラグア共和国

22年度1次隊(平成22621日 赴任)

イモケン(岩手出身)

 

中米ニカラグアとの架け橋

2010620日連載開始~2011328日連載停止)


ニカラグアもマンゴーの季節になってきた。

2011-03-27 | 日記

ニカラグアでは、乾季の季節が到来したようだ。毎日じりじりとした暑さ。特にマナグアは、東京の暑さというよりもっと南の沖縄やバンコクのような暑さだ。最近よくマナグアにくるには、理由がある。任地のクアパでは水が無い。そのため、洗濯ができない。一週間の洗濯物を抱え、5時間ほどの通勤よう。もちろん、全て自腹。高い洗濯代だ。早く雨が降ってほしく思う。

ふと、見るとマンゴーの木がなっていた。ちょうど、私達が就任した時マンゴーが終わる時期だった。もうすぐで一年がたつのかと思うと少しさびしい気がする。このブログもつづけていけるといいな~


にからお会議、そしてサンバカーニバル

2011-03-26 | 日記

 朝、6時のバスに乗りマナグアに向かった。6時のバスというのにクアパからフィガルパ行きのバスは、満員電車のように込み合っていた。ニカラグアのバスのシステムは、日本とは違う。バスの運転手と乗務員が1人か2人いて乗務員が料金を取りにくる。その乗務員が一人ですべてのお客さんの乗り降りを監視している。たまに間違えることもあるみたいだが・・・。よく覚えていると感心させられる。フィガルパのバス停に行きお腹が好いたのでフルーツ盛をバスの中で食べた。たくさん載ってたったの10ペソ(40円)南国はフルーツが安いな~

マナグアに10時45分に着いた。タクシー乗り場に行くと見たことのある2人。それは、同じ隊次の庄ちゃんと愛ちゃんであった。二人とも同じタクシー運転手を待っていたようだ。そこで3人でついでに昼ごはんを食べることにした。場所は、連絡所から歩いて10分ほどのパン・デ・ビーノというお店。そこで、海老、サーモン、ルッコラがたくさん載ったピザ、スパゲティー、サラダを食べた。マナグアは、クアパに比べかなり暑い!

13時より連絡所につき、にからお会議が始まった。今日の議題は2名の奨学生候補から1人を決めることであった。先日の16日にJICA事務所の現地職員に頼んでいた面接レポートが届いた。二人ともいい子だったが一人しか今回はお金を用意できない。話は、難航したがパトルシアちゃんという方の奨学生がきまった。決まった方は話を進められるが、断るほうは気が引ける。・・・・今日中に連絡しよーーーっと。

夜は、サンバカーニバルが連絡所の近くで行なわれた。ちょっと覗いて見ようと言って見るとそこは、町中がディスコのようだった。大きな櫓が5キロぐらいにわたり立ち並ぶ。音楽も爆音というにふさわしい音が響き渡る。サンバが通る道はバリケードも張られコンサート会場そのもの!!サンバは夜中12時まで続いた。

 


ニカラグア家の設計図 完成

2011-03-25 | 日記

 昨日から必死になり描いていた図面もやっと承認が降りた。これで一安心。結局図面は仕上がったがどこの家の図面かは未だにわからないところが笑うところである。しかもこの図面には、給排水の設備が完備されていない。もちろんいらないと言われたので描いていないわけだが、トイレ等の設備は以前に描いたニカラグアの家のように外付けのトイレなのだろうか!?   

 今週は先週から旅行に行ったり、連絡所でだれていたり、仕事に追われたりとブログの更新が思うようにできなかった。一週間分の出来事を振り返りながら昨日の夜中3時ほどまでかかり仕上げた。毎日少しずつ書けばそれほど苦にならないブログも一気に書くとなるとかなり書き終わるまでの道のりが遠く感じた。まるで小学生の夏休みの日記を書いているような錯覚で必死になりブログの原稿に向かっていた。

 読むほうも大変でしょうが、ゆっくりとお付き合いください!!

 

同僚のオダニー君が携帯をなくしたらしい。せっかく買ったばかりの携帯だったがバイクにのっている時に落としてしまったということだ。携帯代250$、一ヶ月の給料の半分以上だ。ニカラグアでは、落し物は交番に届ける制度はない。盗まれたり落としたら諦めるしかない。私のカメラが見つかったのは奇跡に近いのかもしれない。

 


語学力があがらない!!

2011-03-24 | 日記

 最近は、語学力の壁にあたってきている。思うようにしゃべれない。仲間内の日常会話はなんとかなっているのだが、ビジネスの話になると思うように話す事ができない。特に会議中など何をいっているかさっぱり。・・・これではいけない。今日、ドン・フランと話していたが「ケンタは覚えるのが遅いな~」と言われた。分かっているだけにつらい現実である。喉の奥まで言葉が出てきていような気もしているが後一歩出てこない。もっとすんなりと覚えることができればな~と願うばかりだ。仕事でももっと、しゃべれることができればよりいいプロジェクトを組み立てたり、プレゼンをしたりすることができる。また、業者間との話ができるようになりビジネスとしての会話ができるようになる。もっとスペイン語にふれていかなければと気持ちは焦っている。

 今日の役所では、少しみんながピリピリしていた。というもの市長が怒っているからだという。原因は、私の2人のカウンターパートが役所のバイクを使用で使っている事が問題になったためだ。若い子達が総務部長のドン・フランと市長に話した事から物事が大きくなった。話は今年になり私用で使ったことのある話まで発展した。全員私の飲み仲間(笑)。

4人は、反省文と今年使った分のガソリン代を払う事になった。ここクアパも日本と同じように公用車の私用は禁止なようだ。あたりまえっちゃ、あたりまえだが・・・・。

 

 

※ちょっとへんだよ。電信柱。

 

クアパには、なんだか電信柱の横に旗立てのような二本の線がでている。始めは気にしなかったがよく見たら、地中に埋まっていて柱を支えているようだった。よく見るとそこらに同じような電信柱が立っていた。初めからもうちょい太い柱にしようよ!!