過日、敬老の印として人生の先輩方へ
一口の茶菓を送りました。
そのうち、元気な方から近況の便りがありました。
印象に残った便りから、
Fご夫妻 広島、元・市立大学長
ドイツは日本と同じように敗戦国であるが
負の遺産を、現在から後世に現場、現物を
残す形で継承しようとしている。
例えば、東西ドイツの壁一部を赤錆びた鉄柵を
何十メートルに渡り立てて忘れないように、
アウシュビッツへ17000人を送ったプラットホームを
そのまま残し詳細に記述している、
東から西へ逃げようとして射殺された人の顔写真を
その現場に立てて記念碑として残している。
広島の原爆投下100年に向けて、原爆ドームや他の遺跡を
残す形で、負の遺産の継承を如何にしていくか平和研究所
として考えており、被曝都市として精神の一部に落とし
込めるようにしていきたいと。
Kご夫妻 郡山市、現役牧師
先日、定期検診を受けたが数値は全て正常であった。
ラストパートとして伝道を続けたい。
Nご夫妻 姫路、引退牧師
神と人に支えられ生かされていることを感謝します。
Tご夫妻 東京、上海時代の先輩(夫人)
この8月に6度目の心臓の手術をしたが、今回はあまり
経過が良くない。心臓の内側を焼く:アブレーションという
手術。私にとってはちょっと想像を絶する内容です。
S様 長野県原村、引退牧師 長年ブラジルで伝道
毎年、自分の誕生日には近隣の日系ブラジルや
日系ペルー人を呼んでBBQパーテイをするが
今回、コロナ禍のためやめた。私も2ー3回参加したが
毎年、肉を15Kgほど買うが、彼らの主食が肉類とあって
焼き方もうまいが食べる量も日本人とは違う。
今年初めに骨折、治りが良くて運転はできるから
いつこれるかと、雪が降る前に一度、訪ねたい。
S叔母 大阪、叔母の娘から電話
茶菓を敬老の日、9月21日に届くように発送したが
結果として19日に105歳の誕生日を迎えて
大往生でした、今、「葬式を終えました」と
電話をくれた。
M様 阿波、上海時代の先輩(夫人)
子供が全部ドクター、で孫もドクターに恵まれている
自分は腰の両側に金属を入れているため、あまり歩けなく
なったが、毎年、自分の畑でとれた新米を送ってくれた
今年は、まだ便りがない。
S叔父 春日部、W大の時、学徒出陣
私より一回り上、昨年末倒れて入院、見舞った。
賀状が戻ってこないので、筆不精になったかもしれぬ
茶菓よりハガキが先に着いている、それには
返事不要と書いたので、こなくても心配なし。
こんなイベントは私自身の子供時代、
中高生時代に世話になった、可愛がってもらった人へ
2009年から続けているが四人が天国へ旅立った。
人の命は誰が先で、誰が後かは神様の仕事、
頭が働くまで続けたい、ささやかな敬老の印です。