1970年代が子供時代でした。

昭和時代の虐待家庭記録など、自分の不幸についての告白です。

カルト、コミューン、そして豪華客船

2022-08-25 19:28:00 | 日記
親が偏っているといえば、最近では、安倍元総理暗殺事件をきっかけに統一教会騒ぎが起こり、「カルト二世の問題」なんていうのも話題に上ったりしました。「親が偏ってて人生めちゃくちゃにされたぜ!」という話です。(わたしは、今回の容疑者がチャチな手作り銃で人を殺せたということを信じていないし、統一教会に恨みがある容疑者なのになぜかターゲットを元総理に変えたという無理のあるストーリーも信じていない。マスコミが反統一教会の話題にめっちゃ集中して報道しているのは何か他に報道したくないことがあるからだということは信じている。…派なのですが、その話は今は関係ないので、置いておきます。)

「うちの子にうち流のしつけをして何が悪い!」という我が家の、というか父の考え方は、「うちは江保場の証人を信仰しているので、うちの子に輸血はさせません!」というのと同じ問題をはらんでいると思います。子供が自分で選択したのではないことを押し付ける、という点が共通しているではありませんか。
でも、そういうのを見かねた人が、仮に「偏った家庭環境はいけないね。もっと普通にしようよ。」と言ってくれたとしても、たぶんうちの父はムキになって「じゃあ、その『普通』って何だ? 戦後民主主義教育? 日本政府? GHQ? おじいちゃんの代からCIA?」みたいなことを言い返したかもしれません。

子供は、偏った個人が家庭に閉じ込めないで、いっそキブツみたいなところでみんなで育てようよ、という、これまた偏った考えもあるかもしれませんが、それはそれでディストピアでしょう。

小学校3、4年ぐらいの時、わたしはヒッピーのコミューンに憧れを抱きました。
父が文筆業だったので、うちにはしじゅう献本が送られてきていて、その中の一冊『地球の上に生きる』という絵入りの大判の本を、これあげるよ、とわたしは父にもらったのです。絵が入っているから子供向きだ、ぐらいに思って与えたのかもしれません。が、内容は、「全裸で暮らすコミューンの生活」! アリシアさんというヒッピーの方の作でした。
自給自足、なんでも手作り、お金はいらない、洋服などは物々交換、AUMと唱えて瞑想しましょう、土に穴を掘って排泄し、排泄物も自然に返し農業に役立てましょう、など…「こんな共同体が世の中にあるのか!」とわたしは驚きました。本の中には、全裸の大人と手を繋いだ小さな子供(やっぱり全裸)の姿も描かれていましたが、どこから見ても学校に通っているようには見えませんでした。
なんて自由そうな! 学校でいじめを受け、家庭では虐待を受け、と、どこにも逃げ場のないわたしは「親から離れて学校もやめて、こんなグループに入って、ギターを弾いたり歌を歌ったりして大勢で楽しく暮らしせたら」と本気で思いました。
それで、小学校で配られた「将来の夢」というアンケートに「ヒッピーになりたい。」と書いたら、担任に、赤字で大きなバツ印をつけられて返されてしまいました。
あれ? 「ヒッピー」は学校で怒られることだったの?

大人になってから、映画『イージーライダー』をビデオで見たら、ちょっとだけコミューンが出てくる場面がありました(これは裸ではなく服を着て生活しているところでした)が、貧乏くさいだけで少しも楽しそうではなく、なんだ、こういうのが実態だったんだ、と失望?しました。もちろん、コミューンといってもいろいろあったでしょうから、中には素晴らしい所もあったのかもしれませんが??

ここではないどこかに行きたい…
どこでもいい、家でも学校でもないどこかに行って暮らしたい…
それが、日々繰り返される、わたしの心の声でした。
ここから出ていきたい…

出ていけ!
と母の怒鳴り声。
実はしょっちゅう、家から追い出されていたわたし…。しかし、それはわたしが望んだ家出とは全然違う、いつもの「叱責のあげくの締め出し」でした。母に突き飛ばされ、ドアから押し出され、ガチャっと玄関の鍵を閉められてしまうのです。
マンションの廊下は誰が通るかわからないので、あまりみっともない騒ぎもできず、わたしは行き先もないのにマンションを出て、近所を歩きまわったり、公園に行ってみたりします。が、一人ぼっちではそう外での時間つぶしもできず、すごすごとマンションに戻ってきます。
家のピンポンを押すと、細くドアが開き、母の鬼の形相が半分だけ見えます。わたしはすかさず、
「ごめんなさい、今度から自分の頭で考えてハキハキ返事をして、言われる前に率先して物事を…」
反省の色なし!
母はそう怒鳴ると、またバタンとドアを閉め、鍵をかけます。
また締め出されたわたしは、マンションの廊下でただ立っているのもご近所の目があって恥ずかしいので、仕方なく、物置きから玄関掃除用のホウキを出して、廊下を掃くふりをしながら時間を潰していました。
マンションの同じ階の隣の隣に住む上品な老婦人が通ったので、ホウキを持ったわたしは、こんにちは、と挨拶しました。
「いつもお掃除をしていて、えらいわねえ。」
老婦人にわたしは、そう言われてしまいました。(この人は、私がいつも締め出されているのを承知で、わざとそう言っているのだろうか? それとも本気で掃除していると思い込んで褒めているのか? どっち?)とわたしは暗く考えこみました。

外掃除のふりも長続きせず、間が持たなくなると、わたしはマンションの屋上に行きました。
屋上も、実はいつ誰が来るかわからなかった(洗濯物干し場があった)ので、誰にも見つからないように、「クーリングタワー」というのか、ダクトだかなんかがある空間のてっぺんに登って、設備のはざまに隠れていました。
そこから遠くの風景を見ていたある晴れた日の午後、地平線のあたりに、急に、

青い海が見えました。
あっ、うちってこんなに海の近くだったんだ!
よく見ると、青い海に、豪華客船のようなものが停泊しているのが見えました。
すごい! すごい!

精神医学に詳しいわけでも何でもない素人のわたしですが、後年考えるに、この「マンションの屋上から海が見えた」件は、解離性障害の幻覚だったのではないかと思います。この時以外、あとにも先にも、屋上から海なんか見えた事はなく、地理的に考えても絶対に、現実に海がそこに存在するなんて有り得ない。白日夢とか幻覚とかいうことで間違いないでしょう。
絶望すると人間にはこんなことも起こる、という良い例かもしれません。
もっとも、わたしは人生でこの時以外に幻覚を見たことは一度もないので、本物の解離性障害ではないかも、です。