9月19日に後藤田正晴元衆議院議員が亡くなったことで各新聞社及び週刊誌はヨイショ記事で溢れているがはたしてそんなに素晴らしい人かいな。
後藤田氏は東大卒業後旧内務省へ高等文官試験に合格後エリートとして入省。
その後徴兵で台湾に赴き主計兵として楽な軍隊勤務で戦後内務省に復帰のち警察庁長官と最高位に上り詰め金権政治家田中派に入り徳島全県区より立候補、ここには田中角栄の宿敵三木武夫がおり「徳島戦争」と呼ばれる大変な金権選挙となり初回の挑戦は一敗地にまみれ尚且つ大量の選挙違反者をだす。2年後の1976年(昭和51年)の衆議院議員総選挙に同じ徳島全県区で6万8990票を獲得し、三木に続く二位当選を果たした。この頃、ヤクザの大親分である徳島S会の某会長を評して「O君は紳士だ」と警察官僚のトップにいた後藤田が発言したとして世間の顰蹙を買った。政界では金権田中派に所属し、当選回数が少ないにもかかわらず田中角栄の影響力で重職を歴任することとなる。
「後藤田五訓」として内閣官房長官の後藤田が、部下である内閣内政審議室、内閣外政審議室、内閣安全保障室、内閣広報官室、内閣情報調査室の各室長等に対して与えた訓示がある。
一、省益を忘れ、国益を想え
二、悪い本当の事実を報告せよ
三、勇気を以って意見具申せよ
四、自分の仕事でないと言うなかれ
五、決定が下ったら従い、命令は実行せよ
部下の心得として有名な名文であるが、佐々によれば官僚社会の現状は正反対 だという。
まあ表向きはいいがその内実はお金に潔白なふりをして田中角栄のカネを平気で使い、自分は何も知らなかったと白々しくいうような人間であり宇宙人のようだ。
警察庁のトップを務めた人間が与党自民党に属しながら人気取りのためかどうか知らないが野党に同調するような「護憲派」を自認しまた、親中派として中国ODN予算を牛耳りそのODNの環流資金の道筋をつけ引退に当たっては自分の孫を政治家の後継として国会議員とした。いま金権田中派は橋本派となっているが1億円のヤミ献金問題で橋本元総理が引退に追い込まれ、またさらに今現在15億円の使途不明金で揺れている。宇宙人後藤田正治にお金は関係なかったのだとでもいうのだろうか??
護憲、親中派 この2点を見てとても信頼するような政治家ではない。
極めて唾棄すべき政治家の一人ではないか。何はともあれ「護憲派」「親中派」の巨頭である後藤田氏が亡くなられたことにお悔やみをいうとともにこれからの日本及び台湾の国益を妨げる障害が多少なりとも減ったことに対してお祝いをしたい。
後藤田氏は東大卒業後旧内務省へ高等文官試験に合格後エリートとして入省。
その後徴兵で台湾に赴き主計兵として楽な軍隊勤務で戦後内務省に復帰のち警察庁長官と最高位に上り詰め金権政治家田中派に入り徳島全県区より立候補、ここには田中角栄の宿敵三木武夫がおり「徳島戦争」と呼ばれる大変な金権選挙となり初回の挑戦は一敗地にまみれ尚且つ大量の選挙違反者をだす。2年後の1976年(昭和51年)の衆議院議員総選挙に同じ徳島全県区で6万8990票を獲得し、三木に続く二位当選を果たした。この頃、ヤクザの大親分である徳島S会の某会長を評して「O君は紳士だ」と警察官僚のトップにいた後藤田が発言したとして世間の顰蹙を買った。政界では金権田中派に所属し、当選回数が少ないにもかかわらず田中角栄の影響力で重職を歴任することとなる。
「後藤田五訓」として内閣官房長官の後藤田が、部下である内閣内政審議室、内閣外政審議室、内閣安全保障室、内閣広報官室、内閣情報調査室の各室長等に対して与えた訓示がある。
一、省益を忘れ、国益を想え
二、悪い本当の事実を報告せよ
三、勇気を以って意見具申せよ
四、自分の仕事でないと言うなかれ
五、決定が下ったら従い、命令は実行せよ
部下の心得として有名な名文であるが、佐々によれば官僚社会の現状は正反対 だという。
まあ表向きはいいがその内実はお金に潔白なふりをして田中角栄のカネを平気で使い、自分は何も知らなかったと白々しくいうような人間であり宇宙人のようだ。
警察庁のトップを務めた人間が与党自民党に属しながら人気取りのためかどうか知らないが野党に同調するような「護憲派」を自認しまた、親中派として中国ODN予算を牛耳りそのODNの環流資金の道筋をつけ引退に当たっては自分の孫を政治家の後継として国会議員とした。いま金権田中派は橋本派となっているが1億円のヤミ献金問題で橋本元総理が引退に追い込まれ、またさらに今現在15億円の使途不明金で揺れている。宇宙人後藤田正治にお金は関係なかったのだとでもいうのだろうか??
護憲、親中派 この2点を見てとても信頼するような政治家ではない。
極めて唾棄すべき政治家の一人ではないか。何はともあれ「護憲派」「親中派」の巨頭である後藤田氏が亡くなられたことにお悔やみをいうとともにこれからの日本及び台湾の国益を妨げる障害が多少なりとも減ったことに対してお祝いをしたい。